第7話特別なもの

集中してキャンパスを眺めている緑の髪をした彼。


その彼の横顔を食い入るように見つめる私。




彼がどんな絵を描いているのかと興味が沸いた。


こっそり覗いてみようと思い、彼のほうに静かに近づく。




でも、足元にあった何かに軽く足を躓かせてしまった。


その時の物音で彼がこっちに気付いた。




「ん? 大丈夫かい?」




「え、ええ大丈夫です」




「ああ、ごめんね。今まで君に気付かなくて。もしかして僕になにかようかい?」




集中していたところを邪魔されたというのに、彼は優しい口調で聞いてくれた。




「すみません、お邪魔してしまって。たまたまこの教室に入ったら、あなたが絵を描いているのが目に入って、それでどんな絵を描いているのかなって思ったので、その絵を見てみたくて」




「僕の絵で良ければいくらでも見ていってよ。ああ別に、お金はとったりしないから安心してね」




冗談混じりにそう言ってくれた彼。




「ふふ、ありがとうございます。太っ腹な方なんですね。私はミシェル・ブラウンと申します」




「僕はグウェン・フォード。よろしくね、ミシェルさん」




名前といいこの顔といい、どこかで見たことがあると思ったら、やっぱりこの乙女ゲー世界の攻略対象の四人のうちの一人だったわ。




ああ、なんて優しそうなイケメンなの。


でも、どこか天然そうでもある印象もうける。




グウェンとの挨拶もそこそこに、早速私はどんな絵が描かれているのかと、キャンバスと対面をする。




一目見たその瞬間、「綺麗……」と思わず口に出してしまった。




青い鳥を追いかける幼い少年と、その少年を、優しく微笑んで見つめる男性と女性という構図の絵。


青い鳥は幸せを意味していて、その幸せを追いかけている少年を、優しく微笑んで見守っているのが両親なのだろう。


とても美しい色使いで描かれている。


なんて繊細で優しく、素敵な絵なのでしょう。




私はその絵に一目惚れしてしまった。




「とっても素敵な絵をありがとう、グウェン」




「そう言って貰えると嬉しいよ。けど、なんだか恥ずかしいな」




「恥ずかしがることなんてありませんわ。だってグウェンは、こんなに素晴らしい絵を描けるんだもの。むしろ誇って良いはずです」




「……ありがとうミシェルさん」




どこか困惑とした表情の彼。


そんな彼に、私は率直な疑問を投げかける。




「グウェンは将来、画家になるのでしょう?」




「どうかな……。僕はただ好きで絵を描いてるだけだし。それに……」




「それに?」




「騎士である僕の父さんからは、『お前は騎士になれ』って言われてるんだ。だからまあ、僕は多分、父さんの言う通り騎士になるんじゃ……」




「そんなのダメよ!」




私は、彼のその言葉を突っぱねるように言い放った。




「ダメ?」




「ええそうよ。だって貴方には才能がある。誰もが才能に恵まれて生まれてこられる訳じゃないのよ。それなのにあなたはその才能を発揮しようとしないだなんて。そんなの絶対ダメよ! だって、こんなに素敵な絵が描けるのだから……。だって、あなたは特別なんだから……」




私には優れた才能や個性なんて持ち合わせていない。


地味で平凡なだけが取り柄。


特別な部分なんて何一つとしてない。




私には分かる。


特別な存在は、生まれたときから特別なのだと。


それは自分にはない、いわば神様からの贈り物。


自分が欲しかった特別なものを持っているのに、それを活かさないのは、宝の持ち腐れでしかない。




「だから、あなたは画家になるべきよ!」




私のそんな思いの丈を、ぶつけるようにして言った言葉。


なんなら嫉妬も多少は含まれていたかもしれない。




私のそんな言葉を聞いて、何か意表を突かれた、というような顔をしたグウェン。




そして、「ありがとうミシェルさん……。僕、本当は画家になりたかったんだ。今それが分かった。君のかおかげだよミシェル」




うるうるとした目のグウェン。




「グウェンならきっと画家になれますよ。大丈夫です。自信を持って。それに、お父様ともちゃんとお話し合えばきっと伝わりますよ。自分がどれだけ画家を志しているのかという、その熱意が……。本当は泣いてしまうほどに、本気で画家になりたいのだと」




私は、グウェンの頬を伝う涙を優しく撫でるように拭う。




頬に添えた私の手を握ってから、彼はこう言った。




「また君と会えたりしないかな? 今みたいにこうして、君の手に触れていると、思い出すんだ」




「思い出す? 何をです?」




「あの人のことを……」




ぎこちなくはにかんだ顔をしながら、彼は教室の窓から、外の夕日を見ていた。


教室に差し込む夕日の光は、まるで私たちを、優しく微笑んで見守ってくれているかのように見えたのでした……。

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