第4話恋以前に、人生は有意義でなくちゃ

大学でよくある講堂のような教室。


そこで私たち新入生は、担任の教師から入学の挨拶を聞いていた。




私の両脇の席には、先ほど私を助けてくれた男性と、三つ編みの子が座っている。


なんの成り行きなのかそうなってしまった。


本当はさっきのこともあるし、ちょっと気まずい。




とはいえ、助けてくれたことに感謝しなければ、と思っていたところ、男性の方から教師に聞かれぬようにヒソヒソ声で話しかけてきた。




「俺はヴェイン・ウォルター。よろしくな」




はっ……!


びっくりするくらいのイケメンさんだわ。


レッドブラウン色の髪。


キリっと整えられた眉。


切れ長の目。


少し面長の顔に、綺麗に通った鼻筋。


彼の、それらすべての顔のパーツは、まさに黄金比であるといえる。


思わず見惚れてしまうほどの、端正なお顔立ちなのだ……。


……はあー、ずっと見ていられるわ。




「どうしたんだ? 俺の顔をそんなにみて」 




「ああ、いえ、なんでもございません……。私はミシェル・ブラウンと申します。よろしくお願いします、ヴェインさん」




「気楽にヴェインでいいよ」




「じゃあ、ヴェイン。改めてこれからよろしくお願いします」




「ああ、こちらこそよろしく。俺も君のことミシェルって呼んでもいいかな?」




「ええ、私も堅苦しいのは苦手なので、気楽にそう呼んでくれると嬉しいです」




「じゃあ、よろしくミシェル」




ん?


そういえばヴェインって名前どこかで聞いた気がする。


それにこの顔もどこかで見た気が……。


……。


そうだ、この乙女ゲー世界の四人の攻略対象であるうちの一人だわ。




一週目は、王子と結ばれるルートしかまだプレイしていなかったら、王子の顔ばかりが印象に残りすぎていて、今の今まで思い出せなかったけど……。




ヴェイン・ウォルターという名前。


そしていかにも乙女ゲーに出てきそうなこのイケメン顔。


間違いないわ。


まさかこうした形で出会うことになるなんてね……。




「ところで、さっきは危ないところを助けてくれてありがとうございます」




「ああ、いえいえ。どういたしまして。それよりさっきのミシェル、すげえかっこよかったぜ。お貴族様相手に、あんなにはっきりと言ってるのみてて、正直スカッとしたぜ」




”お貴族様”なんて。


この言い方……。


何か引っ掛かる言い方ね。




「私の言いたいことを、ただそのまま言ったまでです。それに私も、その”お貴族様”ではありますよ」




「ん~、”君は特別だから”ね」




うう、まぶい……。


キラーンと、まぶしいイケメンオーラが見えた気がした。


漫画だったらきっと、キラキラトーンが貼ってあるような、映えるシーンになるでしょうね。




「君は特別だからね」


女の子だったら誰でも、コロッと落ちてしまいそうな甘いセリフ。


頭の中でエコーがかかったかのように、そのセリフが反芻される。


一体どういうつもりで言ったのだろう……。


こんな地味でモブな私が、イケメンの殿方からそんなことを言われてしまうなんて、これってもしかして……。


……私、弄ばれてるのかもっ!?




そうよ、きっとそうだわ。


だって本来ならヴェインは、この乙女ゲー世界の主人公であるソフィア・シルフィエットと結ばれるはず……。


いや、そのルートもあるはずだもの。


なら今のセリフも、本来なら私じゃなくて、主人公に対して言うものなはず。




それかきっと、ヴェインは女の子相手なら誰でもこういう態度のチャラ男なのよ。


そうやってだれかれ構わず女の子を誘惑して、はべらせるのだわ。


危ない危ない。


ついつい、イケメン顔に魅了されてしまって危うく引っ掛かるところだった。


きっとこのチャラ男は、女の子をガブッっといって、そのあとはポイっと捨てるような、最低クズ野郎に違いないんだわ。


いうならば、ディスコでウェーイする系のパリピギャル男よ。


いや、この例えはちょっと古いかもしれないわね……。




……正直、こういう輩は私の苦手なタイプである。


でも、イケメンの殿方からこうして接してくれることに、悪い気はしないのだった。


やっぱり私も女子だからなのだなと、そういう自分の浅はかさが憎く思えた。




イケメンって怖い……。


安易にイケメンだからというだけで、お近づきになろうとするのはやめておきましょう。




……でもユリウス王子は別だもんね!


なんていったって王子だもの。


女子の憧れよ。


王子と結婚したくない女子なんて絶対いるはずないわ。


そのくらい特別な存在。


それが王子!




でも女子の憧れである王子は、その分倍率が高いのもまた事実。


あれ? 


ということは……。


私、もしかして、王子以外のイケメンとにゃんにゃんしてる暇などないのでは!?


完全に頭から抜け落ちていた。


まずいわ。


非常にまずいわ。


私のイケハピ計画、早くも破綻の予感……。






――――


担任の教師からの挨拶が終わったところ。




「あのう……」




「は、はい!? なんでしょう?」




突然、私の横にいる三つ編みメガネ女子から話しかけられ、驚いてギョッとした。




「私はリコ……。リコ・ヘンデルと申します。よろしく願いします」




「ああ、はい。私はミシェルです。よろしくお願いします」




突然話しかけられ何事かと思ったけれど、ただの挨拶だったようね。




「……さっきは助けて頂いてありがとうございました」




律儀にも今朝のお礼をリコから言われてしまった。




「ああ、いえ、困った時はお互い様です。それに、私の短絡的な発言のせいで、むしろ私のほうが危ない目にあうところだったし。その点、悔しいけどヴェインにはやっぱり感謝しなくてはね」




「ん? 呼んだか?」




私の横で、聞き耳を立てていたのであろうヴェインが、ニョキっと顔を私に向ける。




「別に、パリピイケメンさんは呼んでませんよー」




「なんだそのパリ……なんとかイケメン? よくわからんが、なんとなく褒められてはなさそうだな」




「はい、その通りです。褒めてないです。今は、リコさんとお話していますので、どこかにいっててくださいませんかー?」




そういうと、ヴェインは明かにシュンとしたような顔になった。


……まるで耳を垂らして落ち込む子犬のように。


ぐ……そんなヴェインの顔もまた絵になってしまう。


これだからイケメンは、ズルいのよね。


ヴェインはなにやら考えているような様子をみせ。




「よし、じゃあ俺もその会話に混ぜてくれ!」




先ほどまでのシュンとしていたヴェインはどこへやら。


キラキラと顔を明るくして、何を言い出したかと思えば「俺もその会話に混ぜて」ですと……。


この人は、私の言っていたことを聞いていたのでしょうか?




「私の話を聞いていましたか? リコさんとお話しするからどこかへいって欲しいと……。いや、というかどっかいけ! 私たち女の園に入ってこないでください!」




私はギイーと、歯を立ててパリピイケメンを威嚇する。




「そういうつっけんどんなミシェルもいいな~」




なんなのこの人……。


何を考えているのかさっぱりわからない。


なんかわからないけど、ムカついてきたんですけど!




「あのう……、お二人ってすごく仲が良いみたいですね」




リコが何の気なさそうに言う。




「ああ、やっぱり分かる?」




さも当然といった顔でヴェインが言い放つ。




「どこがですかっ!」




私はおもわず強い口調で反論してしまった。




「うう……。ごめんなさい……」




リコが顔を俯かせて、こっちを見てくれなくなってしまった……。


やってしまった……。


リコに謝らなければ。




「ああいや、ごめんなさいリコさん。傷つけるつもりはなかったんです。でも、本当にヴェインとはそれほど仲良くないんですよ。学院にきて初めてお会いしましたし。そうですよねヴェイン?」




「ああまあ、そうだな。だが、俺たちの出会いはまるで……。そう、運命の赤い糸で結ばれた……」




ダメだ。


完全に一人の世界に入ってしまっている。


もういいわ、一人で喋らせておきましょう。


まったくこの人は……。


本当変な人だこと。


私はリコさんとお話してましょう。




「ねえリコさん。よかったら私たちお友達になりませんか?」




リコが俯いていた顔をこちらに向ける。




「え? そんな良いんですか? 私なんか、何も面白みもない人間ですよ」




「面白いとか、面白くないとかそういうことは抜きにして。私がリコさんと、仲良くなりたいと、そう思ったからそうしたいんです」




本当いうと、私と同じ境遇に晒されているこの子を放ってはおけなかったからだ。


そんな私のエゴともいえる気持ちから、仲良くしようと言ったのだった。


余計なおせっかいかもしれない。


けど、この子が今朝みたいに、またロザリーからいじめられたりしないためにもなるはず。


そのためにも、一人でも多く、この子の味方が側にいるほうがいい。


なにより、前世での私が欲しかったものだ。


周りには誰も味方がおらず、張り裂けそうなくらい孤独な日々だったから……。




「ミシェルさん……、ありがとうございます。私、今までお友達と呼べるような人がいなくて。ミシェルさんが、その……、お友達になってくれるのなら私とても嬉しいです!」




リコは今にも泣き出しそうな声を出している。


勇気を出してそう言ってくれたのが分かった。




「じゃあ、お近づきの印にこれからはリコって呼ぶわね」




リコの顔がぱあっと明るくなる。




「はい! じゃあ、私もミシェルって呼ばせてください!」




「ええ勿論」




今朝の様子から察するに、きっとこの子は今までロザリーから散々酷い扱いを受けていたのでしょうね……。


うぅ……、想像するだけで胸が痛い。


だからこそ、私から友達になろうと言われてとても嬉しかったはず。


私もずっと友達が欲しかったから……。


リコとこうしてお友達になれて本当に良かった。




「俺はヴェイン。なあ、俺も君のことリコって呼んでいいかな?」




チャラい笑顔を向けて、ヴェインが私たちの話に割り込んできた。


どうやらヴェインは、聞き耳を立てるのがお上手なようで。


正直この人にはもう黙っていて欲しい……。


というか、ヴェインはやっぱり女の子相手ならみんなこうしてチャラチャラした態度なのね。


ふん、すけこましな人ですこと!




「ああ、あの、えと……。はい、リコでいいです。ヴェインさん」




「俺のこともヴェインでいいぜ」




「はい……じゃあヴェインで」




あ、リコのこの感じ……。


これ照れてるやつだは!


あああ、ダメよリコ。


このイケメンの皮に騙されてはいけないわ。


これの本性は「妖怪食い捨て男」よ。


なんて邪悪な存在なのかしら。




――そんなこんなで、無事にお友達が一人出来ました。


とりあえず一安心。


あとの男のことは、どういう扱いになるのか私も知りません。




その二人で、他愛もなく話し合っていると……「ふん! ブス同士仲良くするのがお似合いみたいね!」と、ロザリーのいる側の席から声がした。


それもかなり大きな声で。


声のしたほうを向くと、案の定ロザリーとその取り巻きたちが、うすら笑いを浮かべながらこちらをみていた。




私、カッチーンきちゃいました!


もうなんなのよこの人!


自分が美人だからって、人の容姿ばかり貶すことしか出来ないわけ!?


今朝の一件からまだ懲りてないみたいね。


いいわ。


そっちがその気なら、こっちだってやり返させて貰いますわよ。オーホホホホ!




「どこぞの誰かさんの容姿は確かに良いようですが、少々お口の悪い、性格不美人な方のようですこと。少しは内面の美しさを磨いた方がよろしいのではないかしら」




私は、教室中に聞こえるようにわざと大きな声で言い返した。




「なんですって!?」




「おやー? 私はどこぞの誰かさんといっただけで、別にロザリーさんのことを指していったわけではありませんよー。もしや、ご自分が性格不美人であるご自覚がお有りで?」




ロザリーがなにか言いかけたその時……。




「ぷっ、あはははははっ!」




ヴェインが、大袈裟だと思えるくらい吹き出して笑う。


こんなに笑う人なんだ……。


無邪気に笑っているその姿がすごく愛らしく見えた。




「なによっ! なにがそんなに可笑しいっていうのよ!」




「いや、悪い悪い。だってあまりにもミシェルの言う通り過ぎて……。ふっ、ぷはははは『性格不美人』って。くはははっ!」




その場にいた他クラスメイトたちも、ヴェインのその笑いにつられて笑い始めた。


これはちょっと……なんだかロザリーが気の毒に思えてきた。


まあ、自業自得なのでしょうけど……。




「ぐぬぬぬぬっ……」




「なあ、これに懲りたら、もう人のことを貶すようなことはするなよな『性格不美人』さん」




そのヴェインの言葉が決めてとなり、ロザリーが顔を真っ赤にしながら「ふん」と鼻を鳴らして、取り巻きたちを連れそそくさと教室を出て行った。




「あー、笑った笑ったー。ミシェルって本当おもしれー女だな」




はーーー!


リアルおもしれ―女いただきましたー!!!




おもしれ―女。


それはあらゆる乙女ゲーで必ずといっていいほど出てくる定番のセリフ。


このセリフは、もはや乙女ゲーのノルマになっている。


これを言われた女子はひとたまりもない。


ましてやイケメンに言われたらなおのこと。




イケメン顔のヴェインから放たれたそのセリフに、思わず頬を赤くしてしまう。


落ち着きなさい私。


相手はヴェインよ。


必ずなにか裏があって、女子の喜ぶセリフを敢えて言っているに違いない。


冷静になりなさい。


冷静に……。


――ふと、さきほどのロザリーとの一件が頭を過ぎった。




「……私、ちょっとやり過ぎたかしらね……」




「ん? そう気にするなよミシェル。今のはどう考えてもあいつらが悪いよ」




「そうだけど……。やり返すことで、私が逆にロザリーをいじめる側になってしまってる気がして……。そんなのやっていることはロザリーと一緒だわ。それじゃなんの解決にもならない」




「ミシェルは優しいんだな……。君みたいな子とは初めて出会うタイプだよ」




ヴェインは目を細めて、優し気な目で私を見つめてくる。


はわわわっ!


またそんなイケメンにしか許されない、イケメンムーブをかまされてしまった……。




「ロザリーさん、昔はあんな子じゃなかったんですけどね……」




さきほどまで黙っていたリコが、暗い表情をしながらボソリと呟いた。




「それってどういうこと?」




「……私、ロザリーさんとは家が近所で、小さいころはよく遊んでいたんです。その時はとても優しい子でした。でもある時から、人が変わってしまったように、今のような人になってしまって……」




……どうやら彼女がああなってしまったのには、なにか事情があるようね。




「彼女がああなってしまった理由に何か心当たりはある?」




「……その、少し言いづらいことですが……。ロザリーさんのご両親は、権力ばかりにしか興味がなくて。そのせいでロザリーさんは、多分ご両親から、あまり愛されてこられなかったのだと思います。自分が両親から愛されていないことで、次第に心を病んだようにあのような態度になっていったのだと思います」




なるほど。


なんとなく事情は察した。


でも、そうはいっても彼女のやっていることはあまり褒められるようなことではない。


なんとかならないものかしら。




「なんとかロザリーを改心させることは出来ないかしらね」




「あいつのことなんかほっとけよミシェル。ああいう類いの奴は、自分で一回痛い目をみないと分からないのさ」




「それはそうかもしれないけど……」




う~ん……。


なにか引っ掛かる。


この上手く言葉に出来ない感じ。


すごくもどかしい……。




ロザリーは確かに好ましくはない人ではあるけれど、決して悪い人だとも思えない。


だって、彼女自身もまた傷ついた心の持ち主なはずだから。


彼女の行いこそ褒められるようなものではない。


けど、その行いは彼女なりのSOSの発信の仕方なのだと思う。


親から愛情を注いで貰えずに育った子が、不良になるというのはよくあるベタなこと。


そうであるというのなら、原因が彼女だけにあるわけじゃないはず。




彼女のしていることを止めるためにも、なんとかして彼女を救える方法はないものかしら。


誰であろうとも、傷ついた心を癒すのには時間が掛かるものだ……。


まあ、散々人から傷つけられていた側の私がいうのも、変な話なのかもしれない。


傷つけられることには慣れっこだ……。


そのおかげで、タフなメンタルを持てるようになったとも、今ならそう思える。




「家柄がその人の人格を作るのではなく、その人の人柄こそが人格を形作る……か」




ふとその言葉が脳裏を過ぎり、つい口ずさんでしまった。




「なにかいったかミシェル?」




「ああ、いえ……。なんでもないわ」




「そうか。ならいいけど」




私も、家柄とか表面上のもだけで、その人のことを判断していたりするのかも……。


私はしっかりと、その人のことを見ていられているのかな?


なにより、自分自身のことも、ちゃんと見ていられているのだろうか?


外面と内面。


その両方を。




その人のことをもっと分かってあげたい。


そして、自分のことであってももっと分かってあげたい。


だって、どうせならみんなと仲良くしていたいもの。


例えどんな人であろうともね。


そのためには、互いに分かり合うことは必要なことだと思う。




私はこの世界で恋愛したい。


けど私は、それより先に人生そのもをやり直したいとも思う。


前世では、踏んだり蹴ったりな人生ではあったけど。


この世界での人生は、後悔ばかりの無駄なものにしたくない。


有意義な生き方をしなくては。


私はきっとそのために、この世界にきたのだ。


今日から私、そう思って生きていくって決めたわ!


でないと前世の私が浮かばれないもの……。

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