第3話陰湿伯爵令嬢
家柄がその人の人格を作るのではなく、その人の人柄こそが人格を形作る。
その校訓をモットーに掲げ、代々伝統のある学院。
それが「聖ヴァレンシュタイン学院」である。
ゲームでは、この学院でのキャラ達の生活の様子を描いていくことによって、主にストーリー展開がされていく。
この学院は、貴族や平民を問わずに通える学院だ。
そのため、個性豊かで、多様な生徒たちが入り交じるような学院となっている。
そしてなにより、この国の王子であるユリウス・クラネル様が通っていたりもする。
ゲームの設定上では、ユリウスさまは二年生。
つまり、私の一つ上の学年に位置している。
そういえば、この乙女ゲー世界の攻略対象である王子と結ばれる主人公も、私と同じ学年のはず。
主人公とは、侯爵令嬢であるソフィア・シルフィエットという子だ。
この子は侯爵令嬢であるがゆえに、学院では周りの人間から嫉妬や妬みの対象となり、酷いいじめを受け始める。
その主人公を、ユリウスさまが助けたことがきっかけで、徐々に二人は距離を近づけるようになる。
大雑把にいえばそんな感じの話だ。
でもまだ一週目しかプレイしていない。
だから、王子ルートしか知らないのよね。
他のルートのイケメン殿方とは、どういう展開になるのか分からない。
等と、思い出せる限りのゲームの情報を整理しながら、学院の近くの停留所で降りた私は、そこから徒歩で学院へと向かう。
桜の花びらが舞う道を、私と同じ新入生であろう男女が、学院に向かって歩いている。
皆、自信にみなぎった表情をしているように見えた。
私とは正反対の表情だな。私は俯いた顔でつま先をじっと見つめた。
はあーと、深い溜息を私はつく。
なんだか急に不安になってきた。
上手く学院生活を送れるだろうか。
王子と結ばれるだろうか。
そもそも恋愛自体出来るのだろうか。
頭の中に霧がかかったように、それらの考えは私の思考を曇らせる。
いくら生まれ変わったとはいえ、私は本当にやり直せるのだろうか。
前世で地味子だった私は、人付き合いなど全くといっていいほどしていない。
にも関わらず、やれ恋愛だの王子と結婚だのと、胸を張っていえる口なのだろうか。
まあ、今更ここまできてそんなことを考えても、どうにもなる訳でもないか。
今はとにかくあまりごちゃごちゃと考えずに、ものは試しで、当たって砕けるでいきましょう。
……。
――それは、突然のこと。
学院の校門をくぐり、校舎の玄関前まで私がきた時。
どこからか、意地のわるそうな女性の声が聞こえてきたのでした。
「あなたみたいなブスな子は、この伝統ある格式高い『聖ヴァレンシュタイン学院』に、相応しくなくってよ。オーホホホホ」
その声は、金髪立て髪ロールのいかにもお嬢様ふうの女のものだった。
顔立ちはとても美人なのに、顔の表情に現れているそれが、性格が陰湿そうできつそうな印象を与えている。
この人を仮に『陰湿美人』と呼ぶとして、その陰湿美人の傍らに、取り巻きの者たちらしき二人の女性がいた。
なるほど。
類は友を呼ぶとはこのことで、その二人の女も美人な方ではあるが、陰湿美人に負けず劣らず性格が悪そうである。
その三人の女たちの眼前で、縮こまったような姿勢で俯いている女性がいた。
黒髪で三つ編みおさげが地味な印象を与えている。
おまけにメガネまでかけているから、余計にそう感じてしまう。
私も人のことはいえないのだけれど……。
「そうですね……、ロザリーさんの言う通りかもしれません……」
三つ編みメガネの子が小さく同意する。
あの陰湿美人はロザリーという名前なのね。
「えー? なんですって声が小さくて聞こえませんわー。よろしければもう一度言ってくださるかしらー? ブスに生まれてきてしまってごめんなさい。こんなブスな私は、もう二度とこの学院に姿を現わしませんとね。オーホホホホ」
ロザリーは、周りの人に聞こえるようにわざと大きな声で、毒を吐いていた。
ロザリーの取り巻きの女たちは、ニヤニヤとした笑みを浮かべ、「そうよそうよ、ブスな子は、人前にその顔を見せるだけで不快なのよ」と、ロザリーに口を合わせている。
三つ編みの子はじっと平静を装っているようだった。
でも心では泣いている。
その子の、表情にも声にも出ていない悲痛なメッセージ。
『助けて』と声なき声が聞こえてくる気がした。
一連のことを見ていた周りの者たちは、見て見ぬふりをしていた。
面倒ごとに巻き込まれないよう、関わらないでいるつもりなのでしょう。
……。
なんだか私を見ているみたい……。
三つ編みのあの子をみていると、勝手ながらも、同情の気持ちをもってしまった。
前世の私も、あんなふうに人から酷い扱いを受けていたものだ。
そう思うと同時に、彼女を助けなくてはという正義感に、私は駆られていた。
私は勇気を出してこう言った。
「そんなことをしていて、人として、恥ずかしいとは思わないのですか?」
ロザリーに向かって、私はあくまでも冷静にそう言ってのける。
本当はものすごく腹立たしい気持ちではあるけど。
「なんですって!? この伯爵令嬢であるわたくしにむかって、なんという口の聞き方をするんですの? あなた一体何者ですの?」
「私はミシェル・ブラウンと申します」
「ブラウン……。ああー、あの下級貴族の名ですわね。その下級貴族の娘が、このわたくしに無礼な口を聞くなんて……。あなたよほど身の程しらずのようね。オーホホホホ」
その、オーホホホホっていうのなんなの?
というか、身分がなんだっていうのよ?
だからって人を傷つけていいとでも思っているの?
この子、前世の私の歳からしたら年下よね?
もう頭にきたわ!
この子に年上の怖さを思い知らせてやろうじゃない!
「ええ、確かにあなたの身分は高いようですね。ですが、それがなんだというのでしょうか? 身分が高ければ人を傷つけるようなことを言ってもいいというのでしょうか?」
「そ、それは……」
「そもそも人とは元来、天は人の上に人を作らず、また人の下に人を作らないもの。そう、人は生まれながらにしてみな平等なのです。そんな当たり前のことも知らずに、”伯爵令嬢様”は今まで呑気に生きておいでだったのですか? だとしたらあなたは、余程無知な方であり、伯爵令嬢とはなばかりの、恥知らずで礼儀知らずの”小娘”も同じことです」
私は理路整然とした口調で言ってのけた。
怖くなかったといえば嘘になる。
身分を鼻に掛けているロザリーのこと。
身分が下の私に、あとから報復をしてくるかもしれない。
でも、私は自分を傷つけられることは許せても、誰かが傷つけられているのは絶対に許せない。
その自分の正義を貫くためなら、どんな報復だって私は恐れはしない。
「こ、このわたくしを小娘呼ばわりするなんて……、許せない!」
ロザリーは私に向かって手を振り上げた。
ビンタの一つや二つ、貰うだけならなんてことはない。
私は覚悟を決めて目を閉じる。
まさに、私の頬にビンタが振るわれようとしたその矢先、「おいおい、伯爵令嬢様はとんだじゃじゃうま小娘みたいだな」と、男性の声がした。
その男性が、ロザリーの腕を済んでんのところで掴んでくれたおかげで、私はビンタを逃れられた。
「でも暴力はいけないぜ。伯爵令嬢様よ……」
男性は、ロザリーを一喝するようにそう言い放ち、睨みのきいた鋭い視線をロザリーに向けていた。
「なっ、なんなのよあなた!? 部外者は引っ込んでなさい!」
「暴力にさらされている女の子を助けるのに、部外者もへったくれもあるかよ」
「ぐぬぬ……」
「君たち何してるんだ!」
――ことの騒ぎはいつの間にやら大事になっていて、誰かが呼んだのであろう教員の者が、仲裁に入る形で、一連の幕は閉じた……。
のだったら良かったのだけれど……。
……件のロザリーと、三つ編みのメガネの子、そして私を助けてくれた男性と……。
私たちはなんと、同じクラスになってしまったのでした……。
うー……、なんかロザリーのいるほうから、なにやらどす黒い視線を感じる気がする。
どうしよう……。
すごく気まずい。
私、このまま無事に何事もなく、学院生活を送れるのかしら……。
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