第2話期待と不安

私、田中花子は突然の不幸な事故(自転車にはねられた)によって、


乙女ゲーである「聖ヴァレンシュタイン学院パラダイス」の世界に、


なんとびっくり来てしまいました!






前世での私は、どこを切り取っても地味で平凡なだけが取り柄の22歳女社会人。


自慢じゃないですが、地味子とあだ名がつくくらいには地味要素しかないオタク女子。


そのせいで、周囲の人間から邪険にされまくりのハード人生な日々を送ってきました。




そんな私はこの世界でも、ななななんとー、


地味なモブ女子であるミシェル・ブラウンに転生するのでした……。






……と、ざっくりとここまでが大まかな流れね。






うーむ、こうして改めて状況を整理してみると精神的にダメージがくるわね……。


だって私は、前世では地味子と呼ばれ、この世界ではモブ子なのだ。


こんなのさながら、同じ箇所に2連続でボディブローされてるようなものじゃない?


それにそれに、この状況からどうやって抜けだせばいいっていうのよーーー!?






……。


まあ、焦ってもしょうがないし、明日はどうやら入学式のようだから今日はもう寝るとしましょう。




私は明日にそなえてベッドに潜り、朝を待った。






翌朝、日の出とともに目が覚める。


部屋にあった時計を見ると、時間は六時半を指していた。




さて、これからどうしようかな?


まずは、この乙女ゲー世界での今後の方針をまとめましょう。






イケメンの殿方をたくさんたぶらかして、最後には王子と結ばれる。


題して「イケメンとたくさんにゃんにゃんした後、王子とハッピーウエディング計画!」


(長いので「イケハピ計画」と呼ぶことにする)




とにかくこの計画を実現するのが、最優先目標といったところかな。




というか、むしろこれ以上に実現すべきことなんてあるかしら?




ないわね。


うん、ないない。




とにかく恋よ。


恋しかないのよ。




イケメンの殿方たちに囲まれる夢のような逆ハーレム状態。


それは情熱的であり、ロマンティックであり、そして時に危なげな恋のバーニング状態。




もしかしたら、あんなことやこんなことなんかもしちゃったりなんかしちゃったりしてー!?




ぐへ、ぐへへへ。


想像しただけでよだれが止まらん。






とは言え、具体的にどうしたら良いのだろう?




イケハピ計画。


この計画自体はとっても素晴らしく、完璧な計画だ。




でも、それを実現するためには果たしてどうすればいいのか……。




努力するにしたって結局は限界があるし、そもそも努力以外の要素だって必要なはずだ。


そう、例えば外見であるとか……。




私は姿見の前に立ち、自分を舐めまわすように自分を見つめた。




そこに映った姿は、


茶色の髪に少し長めのボブ。


やぼったいくらいに伸びた前髪。


そして極めつけは、どんよりと暗い雰囲気を漂わせるひどい猫背。




うん、いかにもモブらしい印象だ。


うーん、まあ、前世の私に比べればまだマシな方なのかもしれない。




問題は、ここからどうやってモテる女になれるかって話なのよね。


まずはわかりやすく外見から直していこうかしらね。




イケハピ計画ならぬ、外見改造計画っといったところかな。




そうね……、手始めにこのやぼったい前髪をなんとかしたいところではあるけど。


いや、やめておこう。




素人の私が前髪をいじるのはリスクがある。


昔、試しに自分で前髪を切ったら悲惨なことになったのが、脳裏を過ぎった。


あの時の二の舞は御免である。




今はとりあえず、姿勢を正すことを意識しながらこの猫背を直すとしましょう。


あとのことは追々考えていきましょう。




それより今は、学院に行く準備をしなければ。


私は着ていた寝巻を脱ぎ、制服へと着替えた。




制服は茶色を基調としていて、スカートは黒のチェック柄が入っているものだ。


ちなみに制服はクローゼットを探していたら見つかった。




その後、私はおそるおそる自室から出て階段を下りた。


そして階段から続いているリビングへと向かう。




「あら、おはようミシェル」




「おはようミシェル」




それぞれ中年の女性と男性の二人から挨拶を受けた。


女性の方は、昨晩私の部屋にきた人だ。


多分この二人が私の両親なのでしょうね。




「お父様、お母様お二人ともおはようございます」




私はなるべく貴族っぽい話し言葉で挨拶をした。


確か、この乙女ゲー世界でのミシェルは、


下級貴族の一人娘という設定だった気がする。


そのため慣れない貴族っぽい言葉遣いをして、両親から変に思われように気を付けたのだ。




「入学初日から学院に遅れないように、早く朝食を済ませなさい」




「はい、ではいただきます」






――私は当たり障りのない会話を両親としながら、テーブルに並べてあった朝食を食べたのだった。




両親二人は、とても温厚そうで優しい人柄なようで安心した。


話していくうちにそう感じた。




前世での私の両親は、何かにつけて私をサンドバック代わりに罵声を浴びせてきた。


中々耐え難い思いを味わったが、それでもまだ暴力を振るわれないだけマシなのだと思っていた。




けれどこの世界では違う。


恵まれた両親のもとで私は生きている。


それだけで何よりも幸せなことだ。




……段々と思い出してきた。




幼少期から今までのミシェルの生い立ち、家族との思い出から何まで、


全部思い出した。




……どうやらこの世界での私(ミシェル)は、両親からとても愛されているみたいね。






――――




「それではお父さま、お母さま行ってきますね」




「ああ、楽しんで行ってきなさい。」




「ええ、気を付けて行ってらっしゃい」




「はい。お二人ともお見送りありがとうございます」




姿勢を真っすぐに意識しながら、私は出来るだけ明るい返事を返した。


きびきびとしていて、なんか出来る女な感じを出すために。




「あら、今日はなんだかいつもより少し雰囲気が違うわねミシェル」




二コリとした顔でお母さまが言う。




「そうですか?」




「ええ、自信たっぷりの、大人な女性の雰囲気が出ている感じがするわ」




早速姿勢を意識した効果が出始めているのかしら。




「私ももう十六になる年ですから、もう立派なレディになったということですかね」




「うふふ、言うようになりましたねミシェル」




そのお母さまの表情は、微笑ましいといったふうに私には見えた。




「そうかあんなに小さかったミシェルも、もう十六になるのか。いやはや、我が子の成長


とは実に早いものだな」




お父様は、目に涙を浮かべながら私を見ている。




え、なんで泣いてるの?


私はたまらず「急にお泣きになられて、どうしたのですかお父さま?」と聞いてしまった。




「今は分からないだろうが、お前にもいつか、娘を想う親の気持ちが分かる時がくるだろう」




お父様に親心を説かれ、「そうね、あなたにもわかる時がきっとくるはずよ」


と、お母さまがそれに同意する。




「はあ……、そういうものですか」




二人揃ってどうしたと言うのだろう。


もしかしたら、親の愛というものはこういうものをいうのだろうか。


私自身、前世の親から愛を注がれていた記憶はない。




だから普通の親心というものが私にはわからないのだった。




「ミシェル、生まれてきてありがとう。ミシェルが生まれてからずっと、私達は幸せだったよ」




突然二人からそう告げられた。


その瞬間、今までの私の人生で感じたことのないような温もりを心に感じた。




凄く温かい。


そしてとても心地良い。


ああ、これが親の愛というものなのだろう。


前世では味わえなかった、親の愛と優しさを、二人はくれた気がした。




「こちらこそ、お二人が私の両親でいてくれて私もとても幸せです」




それは本心からのものだった。


私の前世がどうであれ、二人はこの世界ではわたしのかけがえのない両親だ。


優しいその二人のもとに私は生まれ変わった。


そのことに感謝の気持ちでいっぱいになる。




気付けば、私はいつの間にか泣いていた。




「ミシェル、お前は私の自慢の娘だー」と叫びながら、まるで滝のようにお父様はわんわんと泣き、「ああ、我ながらなんて出来た娘なのー」と、これまたお母さまは泣き叫ぶのであった。




そして「もし、ミシェルに男なんて出来りたりしたら私は死ぬぞー!!」と、お父様が宣った声を上げる。




うーむ……。


娘を大事に思ってくれるのは嬉しいけど……。


さすがに、ちょっと大げさな気もする……。






――――


両親からの見送りを得て、家の玄関前に停車していた馬車に私は乗った。


この馬車は学院に向かうためのものなようだ。




その馬車に揺られながら、どんな学院生活になるのかと思いをはせ、胸を高鳴らせながら私は学院へと向かう。


少しばかりの期待と不安も入り交じる。


でも、何故だかきっと全部上手くいくという、根拠もない自信だけは抱いていたのだった。




まさか入学初日からひと騒動起こす事になるなんて、この時は思いもよらずに。


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