第三章 第61話 我慢

 カンッ! クルッ、ゴンッ! ボゴォッ!

 カンッ! クルッ、ゴンゴンッ! ボガッ!


「すげえ……マジかよ」

「びっくりだね、これ」

「どう? 結構簡単だろう?」


 ここは、いわゆる「東の森」の入り口周辺。

 新たに実行班所属となったメンバーのうち、瓜生うりゅう蓮司れんじが小学六年生の男子――いや、この四月でこよみの上では進学したことになるので、新中学一年生と呼ぶべき天方あまかた聖斗せいと神代かみしろ朝陽あさひを連れて、まき割りに来ていた。


 新体制となるまでは、旧開拓班の面々――朝霧あさぎり彰吾しょうごかがみ龍之介りゅうのすけ、瓜生蓮司、壬生みぶ魁人かいとの四人がおもになって、時々手のいた加藤かとう七瀬ななせ諏訪すわいつきが参加しておこなっていた、まきの調達作業。


 新体制後は、上述の三人がその役目を負うことになったのだ。

 ちなみに彼らは、八乙女やおとめ涼介りょうすけが残していった車を使っている。


「先生、俺もやってみたい」

「僕も!」


 聖斗と朝陽は、蓮司の手際てぎわの良さを目の当たりにして、目を輝かせていた。

 木を切ったり割ったりする作業は、当初は用具室にあったのこぎり二挺にちょうおこなっていたので、なかなかに大変だった。

 しかし、ザハドとの交流が始まると、森で働く人たちシルヴェスタたちが使っているバルタスほか道具トルメンを入手できるようになったのだ。


 聖斗と朝陽は、蓮司がやっていた手順をなぞる。


「まずは、『たま』を薪割り台の上に置くんだよな?」

「聖斗、ちゃんと名前を覚えたじゃん」

「おう。切り倒して枝を払って、使える長さに切った丸太のこと、だろ?」

「うん」


 次に聖斗は、振りかぶった右手の斧を、に向かって振り下ろす。

 カッという音と共に、斧が丸太に食い込んだ。


「次は……こいつをひっくり返すんだっけ」

「そうだよ。バランス悪くなるから、左手で抑えながらのほうがいいね」


 蓮司のアドバイスに従って、聖斗は斧の食い込んだ丸太をくるっとひっくり返した――実際は少年一人の片手には余る重さなので、くるっとではなく「よいしょ」という感じだが。

 すると斧の上に丸太が乗っかるような形になる。


 そして、聖斗は下に斧がくっついたままの丸太を、薪割り台に力一杯叩きつけた。

 その瞬間、丸太はいとも簡単に半分に割れ、片方が朝陽の足下にすっ飛んで来た。


「おっと、危ないじゃんか! 聖斗」

「おう、わりわりい。しかしすげえなこの方法。本当に簡単に割れちまうんだなあ」

「そうだね。今が『半割り』にした状態だから、半分になったやつを後二、三回割ってみよう」

「今度は僕がやりたい!」


 こんな風に、いわばキャンプハックとでも言うべき技を駆使しながら、三人は薪割りと言うなかなかの重労働をを楽しむ。

 斧は三人分あるので、見る見るうちにまきが積みあがっていった。


    ◇


 出来上がった薪をすべて車の後部トランクに積み込んで、三人の仕事は終了。

 あとは学校に持ち帰って、所定の場所に運ぶだけだ。

 時刻は、もうあと五分ほどで正午と言ったところ。


 三人は学校に戻る前に、水路の横に座ってひと休みしていた。

 少し離れたところに、新しく出来た製材所が見える。

 作業を終えたあとの彼らを、涼やかな風が優しくでていく。


「薪もこうして割って作ることは、減っていくかも知れないね……」

「え、何で? 先生」


 蓮司れんじつぶやきに、聖斗せいとが驚いて反応する。

 代わりに答えたのは、朝陽あさひだった。

 製材所を指さしている。


「あれですよね、先生」

「そうだね」

「……あー、なるほど」


 製材所で出た端材はざいが使われるようになると言う答えに、聖斗も思い至ったらしい。

 少しつまらなそうに口をとがらせる。


「せっかくを覚えたってのになあ」

「残念だよね。僕、薪割りなんて初めてだったけど、面白かった」

「だよな。大体俺、勉強も嫌いじゃないけど、どっちかって言うとこんな風に身体を動かしている方が好きなんだよ」


 そう言うと、聖斗は座っている地面をバンバンと両手で叩いた。


「この道だって、この水路だって、俺たちが作ったんだよな……」

「うん……」


 思い出に浸りながら会話を続ける二人の声を、蓮司は遠くの山々を眺めながら聞くともなしに聞いていた。

 今の様子を見る限り、少し前まで険悪な状態だったのが嘘のように思える。


共通の敵・・・・を見つけて、わだかまりをかかえている場合じゃないって気付いたんだ。全くさとい子たちだよ……)


 かつての施設管理維持しせつかんりいじ班――カイジ班が中心になって作り上げたこの道と水路。

 そのメンバーには、二人の少年の他に朝霧あさぎり校長や壬生みぶ魁人かいともいた。

 当時の記憶を掘り返しながら、この子たちは何を思うのか――――

 

「――先生」


 突然、朝陽が蓮司に声を掛けた。


「ん? 何だい?」


 朝陽は視線を水路の流れに落としたまま、言った。


「……いつまでこうしていればいいんですか?」

「え?」


 朝陽の言わんとするところが、すぐに飲み込めない蓮司。

 少しおいて、今こうして休んでいる時間のことだと考えて、答えた。


「それじゃあ、そろそろ休憩、終わりにして帰ろうか」

「そうじゃないです」

「……え?」


 朝陽はくるりと蓮司に顔を向けると、視線を彼の瞳にしっかりと固定した。

 何となく嫌な予感がする蓮司だが、朝陽の目に何らかの意志を感じざるを得ない。


「いつまで――いつまで鏡先生のしたで我慢し続けなくちゃいけないんですか?」

神代かみしろ君……」

「先生、俺も同じ気持ちです。朝陽と」

「……天方あまかた君もかい」


 蓮司は大きくため息をいた。


「俺、今でも許せねえ。八乙女先生を追放したこと――いや、あいつらは八乙女先生を殺そうとしてた」


「あの時はああするしかなかったって、僕も分かります。でも、そもそもおかしいです。どうしてちゃんと他の人のことも調べないで、初めから八乙女先生を犯人に仕立てたんですか?」


「うーん……」


「大体、八乙女先生が校長先生を殺す理由なんて、どう考えたってねえのに……」

「僕、思うんです、瓜生うりゅう先生」

「……何をだい?」


「校長先生も八乙女先生も、められたんだって。きっと何か、あいつらにとって不都合なことを知ってて、それで罠にかけられたんじゃないかなって」


「何か証拠でもつかんでるのかい?」


 くやしさをにじませて、朝陽は答えた。


「いえ、何もないです。ただ、論理的に考えてみただけです」

「でも俺も、おんなじように思ってるんです。って言うか、他に考えられないし……」


 蓮司は考える。

 実際のところ、彼も同様の推測をしているのだ。

 そもそも、一連の流れの手際てぎわが良すぎる。

 朝霧校長の死から、間髪入れずに職員室裁判。

 まるで他に選択肢がないかのように思いこまされ、八乙女涼介を追放。

 先日の組織改編と、鏡龍之介のリーダー就任。


 長屋計画の進み方だって、異様に早いように感じる。

 掘っ立て小屋を立てようってのとは訳が違う。

 各方面への手続きと根回し――要するにザハドとの交渉事だが、こうまでスムーズに進むには相当前から周到に準備していたと考えるべきだろう。


 ――完全に先手を取られて、今は反抗しようにも常に王手をかけられているような状態だと言える。


「じゃあ、事実が君たちが思っている通りだとして、これからどうしたいと思ってるんだい?」


 問い掛けながら、少し卑怯かな……と蓮司は思った。

 本来ならそれは、大人である自分たちこそが考えるべきことだからだ。

 だから、現状が嫌でただ逃げたいと言うような曖昧あいまいな答えを二人が出してきても、否定せずにいようと彼は思った。


 しかし、案に相違して少年たちは明快に答えた。


「鏡先生は、自分をリーダーだと認めない者は去れと言いました。だから、僕は学校を出ようと思います」

「俺もです、先生」


「……学校を去って、どうするの?」

「ザハドで働こうと思います」

「ちゃんと働けるって言う見通しは立ってるのかい?」

「まだ立ってません」

「見通しもなく出て行く、ということ?」

「違います。見通しが立つまではここにいます。立ったら出て行くんです」

「ふーむ……」


 子どもが一人ひとり――いや、二人だとしても、独立して生きていけると思っているのは、少々甘い……と思った蓮司は、少し意地悪な質問を投げかけることにした。


「それが許される、と?」

「逆にお聞きしますが、誰の許可が必要なんですか?」

「む……」


「さっきも言いましたけど、鏡先生は嫌なら出ていけと言ったんです。それに、えーっと……『面従腹背めんじゅうふくはい』はよくないとも言いました。だから僕は堂々と『リーダーと認めないので出て行きます』って言うつもりです」


「瓜生先生、俺たちがどうしても全員一緒にいなきゃならない理由って、何かあります?」

「どうだろうね……確かに、必ずしもそうじゃないと僕は思うよ」


 蓮司は、黒瀬くろせ真白ましろに、子どもたちを導いてやって欲しいと八乙女やおとめ涼介りょうすけから託されたと言う話を思い出した。

 しかしそれは、あくまで大人の側からの視点ではあるのだ。


「それに、先生。これ、初めて話すんですけど」


 そう言う朝陽の声音こわねが少し変わったように、蓮司は思った。


「僕……いじめられてたんですよ」

「……え? いじめ? 誰にだい?」


 朝陽は自嘲気味に笑った。

 十二歳の男子らしからぬ、かげのある笑みだった。


エレディールこっちに転移してからじゃなくて、もっとずっと前から――普通に今岡小に通っているころから、いじめられてました」


「…………」


 呆気に取られている蓮司の返事を待たず、朝陽は続けた。


「僕をいじめていたのは中学生とか、知らないお兄さんとかでした。だから学校の中の話じゃないです」


「え?」


「原因は何だって思いますよね? 僕だって分かりません。でもある時、ある人が教えてくれたんです。僕をいじめるように仕向けている人のことを」


「仕向けている?」


「はい。それが――――鏡先生なんです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る