第三章 第61話 我慢
カンッ! クルッ、ゴンッ! ボゴォッ!
カンッ! クルッ、ゴンゴンッ! ボガッ!
「すげえ……マジかよ」
「びっくりだね、これ」
「どう? 結構簡単だろう?」
ここは、いわゆる「東の森」の入り口周辺。
新たに実行班所属となったメンバーのうち、
新体制となるまでは、旧開拓班の面々――
新体制後は、上述の三人がその役目を負うことになったのだ。
ちなみに彼らは、
「先生、俺もやってみたい」
「僕も!」
聖斗と朝陽は、蓮司の
木を切ったり割ったりする作業は、当初は用具室にあったのこぎり
しかし、ザハドとの交流が始まると、
聖斗と朝陽は、蓮司がやっていた手順をなぞる。
「まずは、『
「聖斗、ちゃんと名前を覚えたじゃん」
「おう。切り倒して枝を払って、使える長さに切った丸太のこと、だろ?」
「うん」
次に聖斗は、振りかぶった右手の斧を、
カッという音と共に、斧が丸太に食い込んだ。
「次は……こいつをひっくり返すんだっけ」
「そうだよ。バランス悪くなるから、左手で抑えながらの
蓮司のアドバイスに従って、聖斗は斧の食い込んだ丸太をくるっとひっくり返した――実際は少年一人の片手には余る重さなので、くるっとではなく「よいしょ」という感じだが。
すると斧の上に丸太が乗っかるような形になる。
そして、聖斗は下に斧がくっついたままの丸太を、薪割り台に力一杯叩きつけた。
その瞬間、丸太はいとも簡単に半分に割れ、片方が朝陽の足下にすっ飛んで来た。
「おっと、危ないじゃんか! 聖斗」
「おう、
「そうだね。今が『半割り』にした状態だから、半分になったやつを後二、三回割ってみよう」
「今度は僕がやりたい!」
こんな風に、いわばキャンプハックとでも言うべき技を駆使しながら、三人は薪割りと言うなかなかの重労働をを楽しむ。
斧は三人分あるので、見る見るうちに
◇
出来上がった薪をすべて車の後部トランクに積み込んで、三人の仕事は終了。
あとは学校に持ち帰って、所定の場所に運ぶだけだ。
時刻は、もうあと五分ほどで正午と言ったところ。
三人は学校に戻る前に、水路の横に座って
少し離れたところに、新しく出来た製材所が見える。
作業を終えたあとの彼らを、涼やかな風が優しく
「薪もこうして割って作ることは、減っていくかも知れないね……」
「え、何で? 先生」
代わりに答えたのは、
製材所を指さしている。
「あれですよね、先生」
「そうだね」
「……あー、なるほど」
製材所で出た
少しつまらなそうに口を
「せっかく
「残念だよね。僕、薪割りなんて初めてだったけど、面白かった」
「だよな。大体俺、勉強も嫌いじゃないけど、どっちかって言うとこんな風に身体を動かしている方が好きなんだよ」
そう言うと、聖斗は座っている地面をバンバンと両手で叩いた。
「この道だって、この水路だって、俺たちが作ったんだよな……」
「うん……」
思い出に浸りながら会話を続ける二人の声を、蓮司は遠くの山々を眺めながら聞くともなしに聞いていた。
今の様子を見る限り、少し前まで険悪な状態だったのが嘘のように思える。
(
かつての
そのメンバーには、二人の少年の他に
当時の記憶を掘り返しながら、この子たちは何を思うのか――――
「――先生」
突然、朝陽が蓮司に声を掛けた。
「ん? 何だい?」
朝陽は視線を水路の流れに落としたまま、言った。
「……いつまでこうしていればいいんですか?」
「え?」
朝陽の言わんとするところが、すぐに飲み込めない蓮司。
少しおいて、今こうして休んでいる時間のことだと考えて、答えた。
「それじゃあ、そろそろ休憩、終わりにして帰ろうか」
「そうじゃないです」
「……え?」
朝陽はくるりと蓮司に顔を向けると、視線を彼の瞳にしっかりと固定した。
何となく嫌な予感がする蓮司だが、朝陽の目に何らかの意志を感じざるを得ない。
「いつまで――いつまで鏡先生の
「
「先生、俺も同じ気持ちです。朝陽と」
「……
蓮司は大きくため息を
「俺、今でも許せねえ。八乙女先生を追放したこと――いや、あいつらは八乙女先生を殺そうとしてた」
「あの時はああするしかなかったって、僕も分かります。でも、そもそもおかしいです。どうしてちゃんと他の人のことも調べないで、初めから八乙女先生を犯人に仕立てたんですか?」
「うーん……」
「大体、八乙女先生が校長先生を殺す理由なんて、どう考えたってねえのに……」
「僕、思うんです、
「……何をだい?」
「校長先生も八乙女先生も、
「何か証拠でも
「いえ、何もないです。ただ、論理的に考えてみただけです」
「でも俺も、
蓮司は考える。
実際のところ、彼も同様の推測をしているのだ。
そもそも、一連の流れの
朝霧校長の死から、間髪入れずに職員室裁判。
まるで他に選択肢がないかのように思いこまされ、八乙女涼介を追放。
先日の組織改編と、鏡龍之介のリーダー就任。
長屋計画の進み方だって、異様に早いように感じる。
掘っ立て小屋を立てようってのとは訳が違う。
各方面への手続きと根回し――要するにザハドとの交渉事だが、こうまでスムーズに進むには相当前から周到に準備していたと考えるべきだろう。
――完全に先手を取られて、今は反抗しようにも常に王手をかけられているような状態だと言える。
「じゃあ、事実が君たちが思っている通りだとして、これからどうしたいと思ってるんだい?」
問い掛けながら、少し卑怯かな……と蓮司は思った。
本来ならそれは、大人である自分たちこそが考えるべきことだからだ。
だから、現状が嫌でただ逃げたいと言うような
しかし、案に相違して少年たちは明快に答えた。
「鏡先生は、自分をリーダーだと認めない者は去れと言いました。だから、僕は学校を出ようと思います」
「俺もです、先生」
「……学校を去って、どうするの?」
「ザハドで働こうと思います」
「ちゃんと働けるって言う見通しは立ってるのかい?」
「まだ立ってません」
「見通しもなく出て行く、ということ?」
「違います。見通しが立つまではここにいます。立ったら出て行くんです」
「ふーむ……」
子どもが
「それが許される、と?」
「逆にお聞きしますが、誰の許可が必要なんですか?」
「む……」
「さっきも言いましたけど、鏡先生は嫌なら出ていけと言ったんです。それに、えーっと……『
「瓜生先生、俺たちがどうしても全員一緒にいなきゃならない理由って、何かあります?」
「どうだろうね……確かに、必ずしもそうじゃないと僕は思うよ」
蓮司は、
しかしそれは、あくまで大人の側からの視点ではあるのだ。
「それに、先生。これ、初めて話すんですけど」
そう言う朝陽の
「僕……いじめられてたんですよ」
「……え? いじめ? 誰にだい?」
朝陽は自嘲気味に笑った。
十二歳の男子らしからぬ、
「
「…………」
呆気に取られている蓮司の返事を待たず、朝陽は続けた。
「僕をいじめていたのは中学生とか、知らないお兄さんとかでした。だから学校の中の話じゃないです」
「え?」
「原因は何だって思いますよね? 僕だって分かりません。でもある時、ある人が教えてくれたんです。僕をいじめるように仕向けている人のことを」
「仕向けている?」
「はい。それが――――鏡先生なんです」
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