第六章 第36話 星祭り 最終日 ―7―

   星祭りアステロマ 最終日クォラディーナ ―7―


 星祭りの最終日を、代官屋敷宿泊組も大いに満喫まんきつしていた。


 そんな中での、加藤かとう七瀬ななせの話。


    ◇


 ふう。

 ちょっとは疲れが取れたみたい。


 ここは代官屋敷。

 私に割り当てられた部屋の中。


 時刻は……午後五時くらいかな。


 窓の外は青からオレンジのなめらかなグラデーション。

 マジックアワーってやつ?


 日の入りはもうちょっと先みたいけど、空のいち部分を切り抜いて下敷きにしたいくらい綺麗きれいだ。

 地上のあちこちに光の玉が波みたいに見える。

 すごい。


 昨日までめちゃくちゃひまだったのに、今日は午前中からいろいろあった。


 まずは、小麦でお団子だんごを作って変なむらさきの石をめ込んだやつ、「グラトラステ」とかいうのをお屋敷周辺にぽちぽち置いた。


 それから、町中が仮装行列でひぎわうからに行こうって、みんなで出掛けた。


 この星祭りがどんなものなのか一通ひととおりのことは聞いてたから、やれあの人はミラド様だとか、あの女の子はネリス様だとか、なかなか楽しかった。


 私は、最近の日本のハロウィーンみたいにド派手なコスプレも嫌いじゃないけど、こういう宗教色をびた、ちょっとだけ派手で何となくおごそかな感じが結構気に入った。


 何と言うか……ふんする対象に敬意を感じられるところが、いい。


 屋台もあっちこっちで出てたので、結構つまんだ。

 ありがたいことに、お小遣こづかいもたっぷりもらっている。


 私たちは宿泊しているあいだ、毎食ちゃんと食べさせてもらってたけど、本当は星祭りの期間中はあんまり食べられない決まりらしい。


 夜になったら領主様の大盤振おおばんぶいで無料ただになるってのに――多分我慢出来なかったんだろうな――どの屋台も混みこみだった。


 昨日の演劇の時は別として、とにかくずっと閑散かんさんとしてたのがうそみたいな人出ひとでで、どこもかしこも現在進行形で人があふれてる。


 大道芸もよかった。

 見たことあるようなのも、初めて見たようなのも、どこも黒山の人だかりだった。


 正直、ここが地球じゃないなんて、今でも信じられない。

 どっかの外国の街に、お祭りシーズンをねらって旅行に来てるようにしか思えない。


 でも八乙女先生や瓜生先生なんかは、ここが地球なのかそうじゃないのか分からないって言ってる。

 わたし的には、魔法なんてものが出てきた時点で異世界だと思うけど。


 ――そうしてお祭り気分を満喫まんきつしてきた私たちは、休憩きゅうけいのために一旦いったんお屋敷に戻ってきたのだ。

 私も部屋に戻るやいなや、ベッドに飛び込んでそのまましばらく爆睡ばくすいしてた。


 午後六時頃から本格的な夜の部が始まるらしいから、そろそろ行こうかな。

 他のみんなは、どうしてるんだろ。

 私は様子見ようすみに、ドアを開けた。


「あ、加藤せんせー」


 あれ、諏訪すわさん。

 何してんの?

 ドアの反対側の壁にもたれて立ってるけど。


「どうしたの? 諏訪さん」

「いや、まあ」

「え、何? みんなは?」

「もうとっくに出掛けたっすよ」

「え! うそ!」


 私、置いてかれちゃったの?

 ひどくない?


「そんな、起こしてくれればよかったのに……」

「何回もノックしたけど起きないって、如月きsらぎせんせーが」

「え……」

「しょーがないから、僕が伝言役に残ったっす」

「ええ!?」

「『一応広場の辺りにいると思うけど、人出ひとですごそうだから見つからなくても楽しんで』だそうすよ。じゃあ伝えたんで、僕はこれで」


 そう言って諏訪さんは歩き去ろうとした。


「ちょ、ちょっと待って!」

「はい?」

 首だけ振り返って立ち止まる、諏訪さん。


 え? どーいうこと?

 いやいや、どういうこと? じゃないない。

 諏訪さん、私が起きるの、待っててくれたってこと?

 いやいや、そう言ってるじゃん。

 もしかして、ずっとドアの前で?

 いつ起きるかも分かんないのに?

 だって、言ってたじゃん。

 この団子が光って空に浮くとか、アガるっすねーって。

 下手へたしたら見られなくなってたかも知れないのに?

 そんな……いやいやでもでも。

 そう言えばお団子が浮かび上がるのって、まだだよね。

 まだ間に合う!


「あ、あのっ!」

「はい」

 きょとんとしてる。


「あ、あの、私、舌んじゃって」

「……はあ?」

「こ、こここここって、シャワーみたいなのがあるでしょ?」

「? まあ、あるっすね」

「あれびてる時、私、舌んじゃって」

「シャワー中に舌嚙むって、どういうことすか?」

「あるんですよー、浴びながら顔をこすってる時とか」

「はあ……」

「何なら、洗顔せんがん中に小指が入ることだってありますし!」

「入るって、どこにすか?」

「鼻の穴とか」

「……」

「……」

「……」

「ほ、ホントなんですよ! それで鼻血はなぢ出たことだってあるんですから!」

「いや、別にうたがってるわけじゃないんすけど……」


 そして、とうとう諏訪さんは吹き出した。


「わはは、相変わらずのわけわかんない人っぷりっすねー」

「何よ、訳わかんないって。失礼でしょ?」

「まあ今更いまさらっすけどね……ところで加藤せんせー」

「な、何?」

「時間もあれですし、外、見に行きません?」

「え?」

「いや、何かこれからクライマックスみたいじゃないすか。加藤せんせー起きてくれたんで間に合いそうっすから、一緒にどーです?」

「一緒にって……え、ええっ!?」

いやなら僕一人で行くっすけど」

「べ、別に嫌じゃないけど……」

「よし、それじゃあ行きましょう。支度したく、出来てます?」

「あ」


 よく考えたら私、さっき起きてそのまんま……!


「ちょ、ちょーっと待ってて。五分! 五分で終わらせるから!」

まったく……しょーがないっすね」


 そう言って諏訪さんは、腕を組むとまた壁にもたれかかった。

「なるはやで頼むっすよー」

「う、うん、分かった」

 と言ったところで、私は大事なことを忘れてたことに気付いた。


「諏訪さん!」

「はい?」

「そ、その……あ、ありがと」


 諏訪さんは破顔はがんして言った。


「どーいたしましてっす」

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