第70話 反省

「リン君、もう大丈夫だからね。すぐに治してあげるから……」

「うっ……」



倒れているリンに膝枕しながらハルカは回復魔法を発動させ、苦し気な表情を浮かべていたリンの顔が和らぐ。バルルは治療を受けているリンに近付き、先ほどモウカに短剣を突き刺された脇腹を確認する。



「あれ?怪我が消えているね……もう治しちまったのかい?」

「え?えっと……多分だけど、リン君が自力で治したと思う」

「自力で治したって……こいつも治癒魔術師なのかい?」

「ううん、リン君は魔法使いじゃなくて魔力使いだよ」

「は?ま、魔力使い?」

「何だそれ?」

「魔法使いとは違うのか?」



ハルカの説明にバルル達は首を傾げるが、リンが何者であろうと彼のお陰で凶悪な犯罪者を捕まえる事ができた。犯罪者のせいで被害は大きく、折角広場に集まっていた

人々も逃げ出してしまった。


気絶しているモウカの元にバルルは訪れ、本音を言えばここで止めを刺してやりたいところだが、流石に街中で殺すわけにはいかない。いくら相手が凶悪犯罪者であろうと人間の国にいる以上は裁きは人間の手で裁かなければならない。



「バルル、こいつは賞金首らしいぞ」

「しかも結構な額だ……どうする?俺達が捕まえた事にして賞金を受け取るか?」

「馬鹿言ってんじゃないよ!!恩人に仇を為すつもりかい!?こいつの賞金はその子達の物に決まってんだろ!!」

「お、怒るなよ……冗談で言ったんだよ」



金にがめつい仲間にバルルは呆れながらも気絶しているモウカを縛り上げようとしたとき、ようやく警備兵が駆けつけてきた。



「全員、動くな!!我々は警備兵だ!!ここに賞金首のモウカが現れたと聞いている!!」

「何だい、ようやく来たのかい……ほら、そいつならここにいるよ」



警備兵に対してバルルはリンに殴られて大怪我を負ったモウカを見せつけると、それを見た警備兵は驚愕した。彼等の中にはモウカの顔を知っている者も多く、兄のエンと同様に何度も煮え湯を飲まされた相手である。



「隊長!!間違いありません、モウカです!!」

「よし、捕まえろ!!」

「おい、嬢ちゃんはいるか!?坊ちゃんも無事か!?」

「あ、団長さん!?」



警備兵の後ろにはリン達の護衛役の団長の姿もあり、彼は慌てた様子で二人の元へ向かう。団長は二人が無事な事を知ると心底安堵した表情を浮かべた。



「たくっ、勝手に離れるなんて何を考えてるんだ!!こっちがどんだけ心配したと思ってるんですか!?」

「ご、ごめんなさい……」

「何だい?あんたはこの子達の保護者かい?」

「うおっ!?な、何だあんた等!?」



リン達の傍にいるバルル達に団長は驚き、どうして子供達の傍に巨人族がいるのかと混乱した。その一方で警備兵は引き渡されたモウカを確認し、再度本物である事を確認する。



「間違いありません!!やはりこの男はモウカです!!」

「ま、まさかこんな所で捕まえられるとは……しかし、この怪我はどうした?」

「ああ、それはこの気絶している坊主がやったんだよ」

「そいつを倒したのはこの坊主だ。俺達が証人になるぜ!!」

「そいつは賞金首なんだろ?だったらこの坊やにお金を渡してやりな」

「何だって!?坊ちゃん、また犯罪者を捕まえたのか!?」

「そうだよ〜凄く格好良かったんだから、ね?ウルちゃん?」

「ウォンッ!!」



気絶しているリンがモウカを一人で倒した事を知らせると、団長も警備兵も驚愕した。ただの子供にしか見えないリンがエンに続き、モウカを捕まえた事に動揺を隠せない。


エンとモウカはこの地方では名の知れた盗賊であり、ニノの警備兵だけではどうしようもない相手だった。そんな二人を若い少年が捕まえた事は後に街中の噂になる――






――その後、モウカは警備兵が連行して報奨金に関しては後日支払われる事が決まった。リンが目を覚まさない限りは報奨金を渡すわけにも行かず、気絶した彼は団長が背負ってハルカの父親の家へと運ぶ。


ハルカの父親の家に運ばれたリンはとりあえずは客室に連れ込まれ、ベッドの上に寝かせられる。怪我の方はハルカが完璧に治したはずだが、体力と魔力の消耗が激しかったのか彼が次に目を覚ましたのは深夜だった。



「うっ……こ、ここは?」

「ウォンッ!!」

「う〜ん、むにゃむにゃっ……」



リンは目を覚ますと最初に見えたのはベッドに寄りそうハルカとウルの姿であり、二人ともずっと見守っていたらしい。ハルカは疲れて眠ってしまったが、ウルはずっと起きてリンの事を心配していたらしい。


目を覚ましたリンは身体を起き上げると、頭痛に襲われて頭を抑える。魔力切れを引き起こした後は毎回気絶し、目を覚ましてもしばらくの間は頭痛に襲われるのはいつもの事だった。



「いたた……ちょっと無理をし過ぎたかな」

「クゥ〜ンッ……」



気絶する前の出来事を思い出したリンはため息を吐き出し、どうやら今回も無事に生き残れたようだが、流石に自分でも無理をし過ぎた事は自覚していた。



(巨人族の女傭兵さんに限界強化は使わないように注意されてたのに、結局使う羽目になっちゃったよ)



バルルから限界強化は不用意に使うなと言われたばかりなのにリンはモウカとの戦闘で使用してしまい、結果から言えば命は助かった。だが、よくよく思い返すとリンは限界強化を無理に使う必要はあったのかと考えてしまう。



(あの男……別に力は強いわけじゃなかった)



モウカと戦っていた時は相手が凶悪な犯罪者で、しかも恐ろしい魔道具を持っているという事で常にリンは緊張していた。しかし、冷静に考えると魔物と違ってモウカはあくまでも人間であり、決して身体能力が高いわけではない。


実際に通常の身体強化を発揮した状態のリンでもモウカを抑え込む事はできた。脇腹を突き刺された時にリンは咄嗟に限界強化を発動させてモウカを投げ飛ばしたが、今から考えれば限界強化など発動しなくても十分に勝てる相手だった気がする。



(近付いた時に抑え込むんじゃなくて、首を絞めつけて気絶させればよかったんだ。いや、それよりも殴っていれば一発で終わったかもしれない)



岩を破壊する程の力を持つリンならば手加減した拳でも人間一人を気絶させる事など容易い。それなのにリンはモウカとの戦闘では冷静に考えて戦うことができず、自分がモウカに怯えていた事を自覚する。



「あいつ、怖かったな……」

「ウォンッ?」



モウカと対峙した時の事を思い出すだけでリンは身体が震え、兄のエン以上にモウカはリンに対して殺気と威圧を放っていた。今までにも何度もリンは命を懸けて魔物と戦ってきたが、人間を相手に殺し合いをした事などない。


魔物よりも人間は非力な存在なのは分かっているが、それでも相手が人間となるとリンは躊躇してしまう。もしも自分が本気で戦えば相手を殺すかもしれない、そんな考えがあるからこそ冷静に対処できず、予想外の大苦戦を強いられた。



(このままじゃ駄目だ、もっと強くならないといけない)



頬を力強く叩いてリンは気合を入れると、ベッドの近くの机の上に魔力剣と反魔の盾が置かれている事に気が付く。どうやらハルカが気絶した自分の代わりに回収してくれたらしく、彼女に感謝しながらリンは手を伸ばす。



「…………」



しかし、魔力剣を手にしようとした時にリンは何かを思いついたように手を止めた。モウカとの戦闘を思い出し、魔力剣を失った事でリンは焦ってまともな判断ができなかった事を思い出す。

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