第69話 真剣勝負
「うおおおおおっ!!」
「死ねぇえええっ!!」
正面から駆けつけてきたリンに対してモウカは両手で炎斧を掲げ、刃に炎を纏わせた。炎斧は衝撃を受けると刃に纏う火属性の魔力が爆炎と化し、触れた相手を爆破させる事ができる。
これまでの戦闘で炎斧の性質を見抜いたリンだが、敢えて危険を覚悟で正面から向かう。モウカはリンに対して炎斧を叩き込むつもりだが、仮にリンが攻撃を寸前で避けたとしてもモウカは勝利を確信していた。
(避けれるなら避けてみろ!!)
炎斧の最大火力で爆破させた場合、周囲一帯に爆炎が燃え広がる。仮にリンが炎斧を避けたとしても地面に刃が叩きつけられた瞬間、爆炎が周囲に燃え広がってリンの身体を飲み込む。
当然ながらにモウカもそれに巻き込まれてしまい、しかも彼は自らサンドワームの皮マントを捨ててしまった。マントがなければモウカも爆炎を防ぐ手段を失い、十中八九は死んでしまう。しかし、それでもモウカは躊躇せずに炎斧を振り下ろす。
(こいつを殺せるなら……命など惜しくない!!)
モウカはリンを道連れにできるのであれば自分の命さえも惜しまず、仮にマントを身に着けていたとしても無事である保証はない。モウカはマントを捨てて自分を窮地に追い詰める事で逆に覚悟を固め、リンとの真剣勝負に挑む。
敵が命を懸けて向かってくるのであれば自分も命を懸けて戦うのが真剣勝負の醍醐味だと考え、モウカは自分の命を懸けてリンと勝負を仕掛けた。
「くたばれぇっ!!」
「っ――!!」
目前にまで迫ったリンに目掛けてモウカは全身の力を込めて炎斧を振り下ろすと、それを見たリンは魔鎧を纏った右手を繰り出す。彼の右手とモウカの炎斧が接近し、仮にこの二つが衝突したらリンの敗北は確定する。
――今現在のリンが作り出せる魔鎧の強度は鋼鉄よりも少し上程度だが、もしも炎斧を受けた場合は刃は防ぐ事ができたとしても、その直後に引き起こされる爆発の威力には耐えられない。正確に言えば万全な状態のリンならば全身に魔鎧を纏って爆発を防ぐ事もできるかもしれないが、今のリンは右手に魔力を送り込むのが精いっぱいだった。
炎斧に触れて爆発が起きた場合、リンは右手以外の箇所を守る程の魔力は残されていない。それでも彼は敢えて右腕を繰り出し、最後の賭けに出た。
(ここだっ!!)
炎斧が振り下ろされた瞬間、リンは右手の魔力に纏った魔鎧を変化させた。リンの魔鎧は彼の意志に応じて形状を自由自在に変形させる事ができる。それを利用し、右手に纏った魔力を腕手甲から別の形へと変化させた。
――リンが右手の魔鎧を変形させて作り出したのは二股の槍であり、振り下ろされる炎斧の柄の部分に光槍を放つ。先端部が二股に分かれた光槍は炎斧を抑え込み、モウカの攻撃を止めた。
攻撃を防がれたモウカは何が起きたのか理解が追いつかず、自分の炎斧が止められた事に愕然とした。その一方で炎斧を抑え込んだリンは笑みを浮かべる。
「ば、馬鹿なっ!?」
「……やっぱり、その斧は刃にさえ触れなければ爆発はしない」
ここまでの戦闘からリンは炎斧が爆発する際、必ず刃に衝撃を与えていた事を知る。それならば刃以外の箇所に触れても問題ないのではないかと考え、見事に予想は的中した。
右手で造り出した光槍を利用し、炎斧の柄を抑えつけたリンはモウカの攻撃を防いだ。身体強化を発動したリンの方がモウカよりも力が上なのは先ほど彼を抑えつけた時に証明され、炎斧を封じられたモウカはリンへの対抗手段を失う。
「おのれぇっ!!このガキがぁっ!!」
「これで、終わりだ!!」
炎斧を抑えられたモウカはリンに対して拳を振りかざすが、その前にリンは左拳をモウカの顎に叩き込む。モウカは顎を下から打ち抜かれて派手に吹き飛ぶ。
「がはぁっ!?」
「おっと……」
モウカを殴り飛ばす際にリンは彼が手放した炎斧を掴み取り、決して落とさないように持ち上げる。炎斧は所有者から離れた事が原因なのか、刃に纏っていた炎は消えてしまう。
顎を殴りつけられたモウカは地面に倒れ込み、今度こそ気絶したのか身体を痙攣しながら白目を剥く。その様子を見届けると、リンは炎斧を下ろして膝を着く。
「……勝った」
「リン君!!大丈夫!?」
最後に一言だけ言葉を搾り出すとリンは地面に倒れそうになったが、慌ててハルカが駆けつけようとした。しかし、その前にウルが駆けつけてリンの頭が地面に衝突する前に自分の身体を滑り込ませる。
「ウォンッ!!」
「……ウル」
ウルが滑り込んだお陰でリンは頭を怪我せずに済み、彼の柔らかな毛皮に包まれた事で安心して意識を失う――
――リンが意識を失った後、彼の元にハルカと他の巨人族も訪れる。気絶したリンをハルカは涙目で抱きつき、彼が無事に生き延びた事を喜ぶ。
「ううっ……良かった。本当に良かった!!リン君、もう大丈夫だからね!!」
「お、おいおい……そんなに抱きしめると苦しいだろ」
「それより嬢ちゃん、あんた治癒魔術師なんだろ?だったらうちのバルルの怪我を早く治してくれよ」
「その必要ないよ。もうあたしの怪我は治ってる」
「えっ!?嘘だろおい!?」
巨人族はリンを心配するハルカに先にバルルの怪我を治すように頼むが、既にバルルの怪我は完治していた。本来であれば回復魔法の類でも火傷などの怪我は治療するのに相当な時間が掛かる。しかし、ハルカは初級の回復魔法しか扱えないはずなのに見事にバルルの火傷を治した。
バルルは自分の火傷が完璧に治った事を確認し、改めてリンとハルカの正体が気になった。片方は油断していたとはいえ自分を戦闘不能に追い詰めた危険な犯罪者をたった一人で倒し、もう一人は並の治癒魔術師よりも効果が高い回復魔法を扱う少女、どう考えても二人とも普通の人間ではない。
「お嬢ちゃん。あんたは何者だい?もしかして治癒魔術師じゃなくて治癒魔導士だったりするのかい?」
「え!?ち、違うよ〜……私はまだ治癒魔術師だよ」
「……そうかい」
ハルカが治癒魔術師の上の職業である治癒魔導士ならば彼女の回復魔法の腕も納得できるのだが、本人に否定された事で増々謎が深まる。しかし、これ以上に詮索する事をバルルは止める事にした。二人が何者であろうと命の恩人である事に変わりはない。
「ともかく、あんた達のお陰で助かったよ。この借りは必ず返すよ」
「あ、それなら……リン君の馬車、壊されちゃったから何とかしてくれないかな?リン君、凄く馬車を欲しがってたのにあんな事になっちゃって」
「クゥ〜ンッ」
バルルの言葉を聞いてハルカはリンが貰うはずだった馬車があった場所に視線を向けると、そこには無惨にも馬車の残骸だけが残っていた。モウカが襲撃した際に馬車を爆破し、そのせいでリンが受け取るはずの馬車は失われてしまう。
馬車は原型が留めていない程に吹き飛んでしまい、とてもではないが修理できる状態ではない。バルルはハルカの言葉に困った表情を浮かべ、そもそも彼女はリンから馬車を動かすのに必要な馬の代金も受け取っている。
「そ、そうだね……馬車の方はあたしが依頼主に掛け合って何とかしてみるよ」
「本当に!?良かった〜……リン君も目を覚ましたら喜ぶよ〜」
「ウォンッ!!」
壊された馬車に関してはバルルがなんとか新しいのを用意する事を約束し、それを聞いたハルカは安堵した。彼女はリンが意識を失っている間、回復魔法で治療を行う。
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