第66話 炎斧

「やああっ!!」

「何!?」



魔力剣の刀身が伸びてくるとは思わなかったモウカは迫りくる光刃に目を見開き、横薙ぎに振り払われた光刃に対して反応が遅れた。だが、相手を切りつける寸前でリンは光刃が岩を切り裂いた事の出来事を思い出す。



(まずい!?)



このまま全力で振り払えばモウカの肉体を切断する恐れがあり、その迷いがリンの攻撃を遅らせてしまった。何故か途中で光刃の攻撃速度が落ちた事により、咄嗟にモウカは炎斧を振り抜いて刃を防ぐ。



「ふんっ!!」

「くぅっ!?」



炎斧によって刀身を伸ばした魔力剣は弾かれてしまい、慌ててリンは刀身を元へ戻す。刀身を長くしたままだとリンも戦いにくく、それに一度見られた以上は同じ手は通用しない。


思いもよらぬ攻撃を繰り出してきたリンに対してモウカは焦りを抱いたが、攻撃の寸前で彼の動作が鈍った事に勘付く。モウカは改めてリンの姿を確認し、まだ子供である事を知る。



「なるほど、そういう事か……小僧、人を殺した事はないのか?」

「っ……!?」



モウカの言葉にリンは顔色を変え、相手の言う通りにリンはこれまで一度も人を殺してはいない。先日に戦った盗賊やイチノで誘拐犯と戦った時もリンは誰一人として殺しはしていない。



「ふん、優れた魔道具を持っているようだが使い手が腰抜けだと宝の持ち腐れだな」

「な、何だと……!?」

「だが、俺はお前とは違う。相手が女子供だろうと……容赦はせん!!」



モウカは炎斧を高く振りかざすと、距離が離れているにも関わらずに全力で振り下ろす。リンはそれを見て嫌な予感を抱き、咄嗟に魔鎧を発動して全身を守る。



「ハルカ!!伏せろ!!」

「えっ!?」

「ぬんっ!!」



ハルカに注意しながらリンは彼女の前へ移動すると、モウカは直後に地面に炎斧を叩きつけた。その直後に炎斧に纏っていた炎が拡散し、派手な爆発を引き起こす。


熱斧と違って炎斧の場合は刃に纏う炎に衝撃を与えると「爆炎」と化し、衝撃が強ければ強いほどに爆発の威力も高まる。モウカが炎斧を地面に叩きつけた事で爆炎が土砂を吹き飛ばし、無数の石礫がリン達へと襲い掛かる。



「ぐぅっ!?」

「わああっ!?」



リンがハルカの盾となった事で石礫から彼女を守ろうとしたが、魔鎧を纏っても石礫を受ける度に衝撃が走る。直撃は避けられても衝撃までは防ぎ切れず、リンはハルカを巻き込んで倒れてしまう。



「いたたた……リ、リン君、大丈夫?」

「……な、何とか」



石礫から守る事はできたがリンはハルカを下敷きにして倒れる形となり、彼女はリンを抱き起こす。リンはハルカに何とか立たせてもらい、魔鎧を解除すると一気に疲労感が襲い掛かる。



(くっ……魔力がもう残り少ない)



限界強化の影響がまだ残っていたらしく、先ほどの綱引きの際にリンは魔力を大量に消費してしまった。残された魔力はせいぜいが3、4割ほどであり、体力の方も限界が近い。


万全の状態ならば魔鎧を盾の形に変形させて石礫を完全に防ぐ事もできたが、今は残された魔力を上手く応用して戦うしかない。リンは爆発が起きた場所に視線を向けると、爆発の際に発生した黒煙の中からモウカが姿を現す。



「まだ生きていたか……しぶといガキ共だ」

「っ……!?」



爆発の中心地にいたにも関わらず、モウカは怪我どころか身に着けている衣服も燃えていなかった。炎斧を叩きつけた際に確かにモウカの身体は爆炎に包み込まれたはずだが、どうして無事なのか理由が分からない。しかし、意外な事にモウカの無事な理由を見抜いたのはリンを支えるハルカだった。



「あ、あのマント……思い出したよ、サンドワームの皮で作られたマントだよ!!」

「サ、サンドワーム?」

「うん、前にお父さんの店で見た事がある。サンドワームは砂漠地方に生息する魔物で熱に対して凄く強いの。前にお父さんの店でサンドワームの皮で作ったマントが売られてたんだけど、一年ぐらい前に盗まれたって……」

「ほう、まさかとは思ったが……やはり、お前はあの商人の娘か」



ハルカの父親はニノの街で商売を営んでおり、彼女の父親の店で販売されていたはずの特別なマントをモウカは身に着けていた。ハルカによればサンドワームの皮で作られたマントは非常に熱に対して強い耐性を持っているらしく、そのお陰でモウカは爆炎から身を纏ったらしい。


モウカが身に着けているマントは炎斧の爆炎さえも防ぐ事ができるらしく、だから至近距離で爆発が起きたとしてもモウカがマントで身を包めば防ぐ事はできる。リンはモウカのマントに視線を向け、あのマントがある限りは迂闊に近づけない。



(あのマントさえ何とかすれば……)



マントをどうにか破るか、あるいは奪えばモウカは爆発を防ぐ手段を失う。そうすれば不用意に爆発を引き起こす事もできずに勝機が生まれる。リンはモウカのマントをどうにかできないのか考えていると、騒ぎを聞きつけたのか人が集まってきた。



「な、なんだ今の爆発は!?」

「おい、そこで何をしている!!」

「バ、バルル!?おい、しっかりしろ!!」

「ちっ……」



最初に駆けつけてきたのはバルルと共にニノに訪れた巨人族の三人であり、彼等は倒れているバルルを発見すると慌てて抱き起す。彼女は馬車がモウカに爆破された時に巻き込まれ、酷い火傷を負っていた。それでも辛うじて生きていたらしく、呻き声を上げる。



「うっ……」

「バルル!!しっかりしろ!?」

「おい、早く医者を呼んで来い!!」

「馬鹿、それよりも回復薬だ!!早く飲ませないと死んじまうぞ!!」

「おい、何があったんだ!?」

「あ、あそこにいるのは……モ、モウカ!?賞金首のモウカだ!?」



巨人族以外の人間も集まり始め、その中にはモウカの顔を知る人も多かった。モウカはこの地方で有名な犯罪者であり、手配書も配布されている。だから集まった人々はモウカを見て悲鳴を上げた。


人が集まってきた事でモウカは忌まわしい表情を浮かべ、それを見たリンは彼の注意が他の人間に向いている隙に攻撃を仕掛ける好機が生まれた。リンは魔力剣を握りしめながらモウカの元へ向かう。



「うおおおっ!!」

「何!?」

「リン君!?駄目!!」



雄叫びを上げながら駆けつけてきたリンにモウカは驚き、すぐに彼は炎斧を振りかざす。それを見たハルカはリンを止めようとしたが、彼は魔力剣を振りかざす前に声を上げる。



「ウル、咬みつけ!!」

「ガアアッ!!」

「ぐあっ!?」



先ほど馬車の爆発に巻き込まれて吹き飛んで気絶したと思われるウルが駆けつけ、リンの合図を聞いて後ろからモウカの右肩に咬みついた。不意を突かれたモウカは反応が遅れ、そんな彼に目掛けてリンは魔力剣を振り切る。



(斬るしかないんだ!!)



最初に攻撃を仕掛けた時はリンはモウカの身を案じたが、もしもここで仕留めきれなければ大勢の人間に命の危険が及ぶ。リンは魔力剣を握りしめ、石像を切った時のように全力で振りかざす。


ウルに噛みつかれたせいで隙が生まれたモウカは魔力剣の一撃を避け切る事ができず、それでも彼は身に着けているマントを掴んで全身を覆い込む。その結果、リンの振り払った魔力剣の光刃はマントを切りつけた。



「だああっ!!」

「うぐぅっ!?」

「ガウッ!!」



リンが魔力剣を振り切るとモウカは苦痛の声を上げて後退する。この際にモウカの右肩に噛みついていたウルも離れ、急いでリンの元へ戻る。

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