第65話 モウカの襲撃

「バルルさん、ありがとうございます。お陰で大切な事を思い出しました」

「ん?そうなのかい?よく分からないけど……まあ、頑張りな」

「はい!!」



リンはバルルに深々と頭を下げると、彼女は少し照れくさそうな表情を浮かべて依頼主に話を通してくる事を伝える。



「じゃあ、あたしはあんたらが馬を買う事を依頼主に伝えてくるよ。ここで待ってな、すぐに馬を連れてくるからね」

「はい、分かりました」

「う〜ん……まだ納得いかないけど、リン君がそれでいいなら止めない」

「クゥ〜ンッ」



ハルカはまだ完全には納得していない様子だが、馬を買わなければそもそも馬車を運ぶ事もできないため、ここで馬を買わなければならない。リンはバルルにお金を渡して馬を連れてきてもらおうとした時、不意にウルが何かに気付いたように振り返る。



「グルルルッ……!!」

「え?ウルちゃん?どうかしたの?」

「ウル?どうした?」

「急にどうしたんだい?」



ウルがリンが受け取った馬車に視線を向けて唸り声をあげ、彼の反応にリンとハルカは不思議に思う。バルルもウルの様子を見て馬車に視線を向けると、彼女はいち早く異変を察した。



(殺気!?)



馬車の裏側から何者かが殺気を放っている事に彼女は気が付き、咄嗟にバルルはリン達に視線を向けた。ハルカは何も気が付いていないが、リンの方も遅れて異変を感じ取る。



(この感覚……馬車の裏に誰か隠れている!?)



以前にも覚えのある感覚であり、リンは他人の魔力を感知する能力をイチノで身に着けていた。ハルカと訓練を行っていた時に偶然にもリンは「魔力感知」の能力が芽生え、他人の魔力を感じ取る事で視界に届かない範囲の人間の位置も掴めるようになった。


何者かが馬車の裏に隠れており、明確な殺意をリン達に向けていた。バルルは殺気を感じ取り、リンは魔力を感知して危険を察してハルカの腕を掴む。



「ハルカ、こっちに来て!!」

「わあっ!?」

「あんたらは下がってな!!おい、そこにいる奴!!隠れてないで出て来い!!」

「ウォオンッ!!」



バルルは馬車の後ろに隠れている人物に怒鳴りつけ、ウルも威嚇の雄叫びを上げた。しかし、相手は姿を現す様子はなく、リンはハルカを後ろに隠しながら武器を取り出す。



「ハルカ……これを持ってて」

「え?リ、リン君?」

「その盾を持っていればハルカを守ってくれるから」



リンは万が一のために反魔の盾をハルカに渡し、魔法使いである彼女ならば反魔の盾を使いこなせるはずだった。反魔の盾は所有者の魔力を吸い上げて能力を発揮し、あらゆる衝撃を跳ね返す盾となる。


反魔の盾無しで戦うとなるとリンも不利になるが、いざという時はリンは魔鎧で身を守る事もできる。彼は腰に差した魔力剣を握りしめながら馬車の様子を伺い、それを見たバルルは彼を手で制す。



「ここはあたしに任せな」

「バルルさん……」

「安心しな、あたしの本職は傭兵だよ。こんなこそこそと隠れているような臆病者に後れを取ったりしないよ」



バルルはリン達を下がらせると自分一人で馬車へ向かい、彼女は武器は所持していないが鍛え上げた肉体を持つ。彼女は街に集められた巨人族の中でも最も腕力に優れており、ボア程度の魔物ならば武器無しでも殴り倒せる力を誇る。



「とっとと姿を現しな!!いつまで隠れているつもりだい!?」



馬車の目前まで移動したバルルは挑発を行い、彼女の身長の高さならば馬車を上から覗き込む事もできた。彼女は馬車の裏側に隠れているはずの人物を確かめようとした瞬間、ウルが何かに気付いたように鳴き声を上げる。



「ウォンッ!?ウォオンッ!!」

「ウル!?」

「ウルちゃん!?」



バルルが馬車の裏側を覗き込もうとした瞬間、ウルは危険を察知して彼女の元に駆け出す。そんなウルを見てリンとハルカは慌てて止めようとした瞬間、馬車に異変が起きた。




――馬車が突如として爆発し、間近に立っていたバルルは爆発に巻き込まれてしまう。ウルは彼女を助けようとしたが間に合わず、彼の後を追いかけたリン達も爆発の余波で吹き飛ぶ。




至近距離で爆発を受けたバルルは地面に倒れ込み、吹き飛んだウルも意識を失ったのか動かない。リンも同様に吹き飛んでしまったが、ハルカだけは盾を構えた状態で立尻餅をついていた。



「えっ……な、何!?何が起きたの!?」

「……ほう、生き残りがいたか」



反魔の盾のお陰で爆発を防ぐ事が成功したハルカだが、状況が理解できずに大声をあげてしまう。そして爆発した馬車の残骸を踏みつけながら現れたのは炎を纏った斧を持つ男だった。


この男こそがリン達が昨夜に捕まえた盗賊団の頭の弟である「モウカ」であり、彼が手に持っているのは兄のエンの「熱斧」と同じく火属性の魔力を宿す魔道具「炎斧」だった。



「だ、誰!?」

「ガキか……だが、その盾は魔道具だな」



ハルカだけが無事な事に気付いたモウカは彼女が所持する反魔の盾を確認し、形状からただの盾ではないと見抜いて魔道具だと認識する。モウカは炎斧を握りしめ、ゆっくりと彼女の元へ近づく。



「ち、近寄らないで!?あっちに行ってよ!!」

「……死ね」

「させるか!!」



止めを刺そうとモウカはハルカに対して炎斧を構えるが、倒れていたはずのリンが起き上がってモウカの元へ向かう。モウカは自分に迫りくるリンを見て驚き、既に彼は魔力剣を手にしていた。



「やああっ!!」

「ちぃっ!?」

「リン君!?」



魔力剣から光刃を生み出したリンはモウカへ目掛けて切りつけようとすると、光り輝く刃を見てモウカは驚愕し、咄嗟に後ろに引いて彼の攻撃を躱す。得体のしれない武器を扱うリンにモウカは警戒し、一方でリンは魔力剣を構えながら汗を流す。



「リン君!!良かった、無事だったんだね!?」

「……どうにかね」

「なるほど、お前が兄を捕まえたガキか……」



リンの容姿を確認してモウカは兄の部下から聞いた少年の特徴を思い出し、彼が兄を捕まえたのだと知る。リンの正体を知るとモウカは一段と殺気を滲ませ、それを感じたリンは冷や汗を流す。


先ほどの爆発が起きた際にどうしてリンは無事だったのかと言うと、爆発が発生した瞬間にリンは無意識のうちに全身に魔鎧を纏い、そのお陰で吹き飛んだ際に身を防ぐ事ができた。しかし、いくら爆発の直撃を避けられたとしても吹き飛ばされた時に身体を痛め、どうにか再生を発動して痛みを和らげる。



(訓練のお陰で前よりも怪我の治りが早くなった。けど、こいつの武器は一撃でも受けたらまずい気がする……!!)



モウカが所持する炎斧に視線を向け、リンは昨夜に倒したエンが所有していた熱斧を思い出す。熱斧の場合は斧の刃に高熱を纏うが、目の前の男の斧は高熱どころか炎その物を宿している。


大抵の怪我は再生で治す事はできるが、前にリンは火傷を負った時は完治するまでに時間が掛かった。回復魔法の類は火傷などの傷の場合は完全に治るまで時間が掛かってしまい、もしも炎斧を受けて火傷を負えば厄介な事になる。



(こいつ、いったい何が目的なんだ?どうやら僕の事を狙っているらしいけど……いや、今は考えるよりも先に身体を動かせ!!)



モウカが仕掛ける前にリンは自ら動き、魔力剣を振りかざす。モウカは距離が離れているにも関わらずに魔力剣を振り払おうとするリンに訝しむが、リンは昨夜のエンを倒した時のように魔力剣の刀身を伸ばして攻撃を行う。

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