第49話 武芸は素人

(やばい……ここまで来るのにかなり魔力を消耗した)



ハルカとウルを助けるためにリンは全速力で駆けつけ、そのせいで魔力だけではなく体力も消耗していた。現在も筋肉痛に耐えながらなんとか立っており、まずは身体を回復させなければならないのは分かっているが相手は待ってくれるはずがない。


男は剣を抜いてリンに近寄り、それを見たリンは咄嗟に魔力剣を抜こうとする。しかし、魔力剣を使うには魔力を消費しなければならず、今の状態で使えるか自信はなかった。



(これ以上に魔力を使うと気絶するかもしれない……けど、やるしかないんだ!!)



一か八かの賭けになるがリンは魔力剣を使用して戦おうとすると、後ろに立っていたハルカがリンの背中に両手を向けた。彼女は目を閉じて回復魔法を施す。



「ヒール!!」

「うわっ……ハルカ!?」

「うおっ!?な、何だ!?」



ハルカが回復魔法をリンに施すと彼の筋肉痛が一瞬にして和らぎ、しかもハルカの両手から放たれる光によって男の目が眩む。



「リン君、大丈夫?苦しそうに見えたから……」

「……ありがとう、お陰で万全に戦えるよ」

「くそっ……まさか回復魔法の使い手だとはな。だが、それなら尚更高く売れるぜ!!」



男はハルカの回復魔法が放つ光で一瞬だけ目が眩んだが、すぐに視力を取り戻して笑みを浮かべる。治癒魔術師は滅多にいないため、奴隷商人に高く買い取られる。そのため、男は何としてもハルカを連れ去ろうとした。


リンはハルカのお陰で肉体が回復し、嬉しい事に体力の方も戻った。彼女もリンと同じく魔法の練習を行い、先日に魔力の乱れをリンが改善した事で回復魔法の効果も上がっていた。



(これなら戦える!!)



魔力剣を抜いたリンは長剣ほどの大きさの光刃を生み出し、男に目掛けて正面から切りかかった。



「やああっ!!」

「うおっ!?」



光り輝く刃を見て男は焦った表情を浮かべ、慌てて後ろに下がってリンの攻撃を躱した。それに対してリンは何度か剣を振り払い、男はその攻撃を辛うじて躱す。



「ていっ、やあっ、このっ!!」

「はっ!?何だそのへっぴり腰は!?そんなので俺に勝てると思ってるのか!?」

「うぐっ!?」



男は完全にリンの動きを見切って刃を交わし、最初のうちは光り輝く刃を見て戸惑っていたが、冷静さを取り戻した男はリンの攻撃を簡単に躱して逆に蹴り飛ばす。


攻撃が簡単に避けられる事にリンは動揺するが、冷静に考えれば当たり前の事だった。なにしろリンはちゃんとした剣術は一度も学んではおらず、対人戦の経験もない。魔物が相手ならば全力で切りかかるだけで十分だったが、相手が人となると話は別だった。



(こいつ強い……戦い慣れている)



リンと対峙した男は悪党ではあるが本物の剣士であり、対人戦の経験も豊富だった。本当の剣士はリンのような剣の素人の攻撃を見切るなど容易く、魔力剣も相手に当たらなければ意味はない。



「驚かせやがって……だが、変わった武器を持っているな。そいつは魔道具か?ならそれも俺が頂いてやる!!」

「リン君!?危ない!!」

「くっ!?」



剣を振りかざしてきた男に対して咄嗟にリンは背中を向けると、男はリンの方から背中を見せてきた事に驚く。だが、リンの背中には反魔の盾が存在し、男の剣が触れた途端に反魔の盾は衝撃波を出して吹き飛ばす。



「吹き飛べっ!!」

「ぐああっ!?」

「きゃあっ!?」

「ウォンッ!?」



路地裏に衝撃波が発生し、男の剣は弾かれてしまう。衝撃波の余波でハルカのスカートが捲れ上がり、慌てて彼女はスカートを抑えた。一方でリンの方は魔力剣を手放し、隙を見せた男に対して踏み込む。



(武器さえなければ!!)



剣の腕では到底敵わないと判断したリンは男に対して踏み込むと、右拳に魔鎧を纏わせた。森で暮らしていた時の修行の日々を思い出し、男に目掛けてリンは拳を繰り出す。



「だああっ!!」

「ぐふぅっ!?」



腹部を殴りつけられた男は悲鳴を漏らし、あまりの衝撃に肋骨が何本か折れた。男はその場で腹部を抑えて膝を着き、それを見たリンは少しやり過ぎたかと思う。


剣と同様に格闘義も学んでいないリンだったが、彼は身体強化と魔鎧を組み合わせた一撃で大岩を破壊した事もある。今回の場合は身体強化無しで殴りつけたが、それでも人間相手ならば十分な効果はあった。



「て、てめえっ……ぶ、ぶっ殺してやる」

「そんな状態でよく喋れるね……ふんっ!!」

「ぐはぁっ!?」



腹を抑えながら悪態を吐く男にリンは顔面に蹴りを放つと、男は鼻血を噴き出しながら倒れ込む。遂に三人の男を倒したリンは疲れた表情で振り返ると、そこには自分に目掛けて駆け寄るハルカの姿があった。



「リンく〜んっ!!」

「うわっ!?」



感極まったハルカはリンに抱きつき、彼女の柔らかな身体の感触をリンは味わう。慌ててリンはハルカから離れようとするが、彼女の身体が震えている事に気付く。



「う、ううっ……本当に怖かったよ」

「ハルカ……ごめんね、もう大丈夫だから」

「……うん」



見ず知らずの人間に襲われていた彼女の気持ちを思うとリンはハルカを引き剥がす事はできず、彼女が落ち着くまではリンは優しく抱きしめる事にした――






――その後、リンは街の警備兵に自分達を襲った男達を引き渡す。警備兵に倒した男達を引き渡す際に非常に驚かれ、どうやら彼等はこの街でも有名な悪党だったらしく、最後に倒した男は懸賞金も掛けられていた。


男を引き渡す際にリンは懸賞金も受け取り、旅に出る前に予想外の大金を得られた。これで旅に出てもしばらくの間は金に困る事は亡くなったが、その日の夜にリンはハルカに旅に出る事を告げる。



「え〜!?ニノの街に向かったらここへは戻ってこないの!?」

「うん……ニノの街に着いたら馬を買って旅に出ようと思う」

「そ、そんな〜……」



ハルカはリンがイチノから出て行く事を知って動揺ショックを隠せず、彼女はもっとリンがイチノに滞在すると思っていた。しかし、リンは夢を叶えるためにもっと旅をして自分の腕を磨く必要があると思った。



「今日、分かった事があるんだ。僕は今まで魔力を極める修行ばっかりをやってきたけど、それだけじゃ駄目だって」

「え?」

「……ハルカを襲った男と戦った時、僕の攻撃は簡単に避けられた。だからこのままじゃ駄目なんだ、魔力だけを磨くんじゃなくて僕自身も強くならないといけないって」

「リン君……」



これまでのリンは魔力操作の技術ばかりを鍛えてきたが、今回の対人戦でリンは肉体も鍛える必要があると気付いた。これまでも身体を鍛える事はしてきたが、ちゃんとした剣術や格闘技などは習っていない。


もしもリンが格闘技や剣術を学んでいたら今日のように苦戦する事もなく男を倒せていたかもしれない。リンは考えを改め、これからは肉体と魔力も鍛えていく事を決める。



「ニノの街に着いたら馬を買って、馬を乗り越せなる練習もしないといけないからすぐには旅に出ないと思う。でも、馬が乗れるようになったら旅に出ようと思う」

「で、でもまたイチノに戻ってくるんだよね!?」

「うん……だけど、いつ戻ってこれるかは分からない。一年か二年か、もしかしたらもっと掛かるかもしれない」

「そ、そんな……」



ハルカはリンがニノの街から旅立てば今度はいつ戻ってくるか分からないと知り、あからさまに落ち込んでしまう。しかし、ニノの街までは一緒に居られると知った彼女は考えを改め直す。

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