第50話 ニノの街へ
「……じゃあ、旅に出るまでの間は一緒に居てくれる?」
「うん、それは大丈夫だと思う。カイさんからハルカの事を守るように頼まれてるし……」
「お祖父ちゃんに?」
ハルカはカイが自分を守るようにリンに頼んでいた事を初めて知り、もしかしてリンが自分を助けてくれたのはカイが頼みごとをしていたからなのかと不安に思う。
「……リン君が今日、私の事を必死に助けてくれたのはお祖父ちゃんに言われたから?」
「そんなはずないだろ!!」
「ふえっ!?」
「あ、ごめん……でも、違うよ」
リンは珍しくハルカの言葉に本気で怒ったが、彼女の驚いた顔を見て否定した。自分がハルカを助けたのはカイに護衛を任されていたからではなく、本気でハルカの事を心配したからだと伝える。
「ハルカを助けたのは僕にとってハルカが……」
「僕にとって……な、何?」
「……えっと、初めてできた人間の友達だから」
ハルカはリンに期待するような表情を浮かべたが、リンは気恥ずかしそうに彼女の事を「友達」と告げた。リンはずっと森の中で暮らしてきたため、人間の友達などずっといなかった。
幼い頃はリンも両親と共に田舎の村で暮らしていたが、生憎とリンと同世代の子供はいなかった。だから友達と呼べるような存在はおらず、ハルカはリンにとって初めてできた大切な友達だった。しかし、ハルカはリンの友達という言葉に少し落胆する。
「と、友達……そっか、友達かぁっ」
「あ、ごめん……もしかして僕と友達だって嫌だった?」
「ううん、そんな事ないよ!?でも、私としては友達よりも……」
「え?」
「……やっぱり何でもない」
期待していただけにハルカはリンの言葉に残念に思ったが、気を取り直して彼女はリンの腕に抱きつく。
「えへへ……私、リン君の初めての友達なんだ」
「そ、そうだけど……な、何で抱きつくの?」
「え〜?友達ならこれぐらい普通だよ」
「……そういう物なの?」
親し気にハルカはリンに擦り寄り、彼女の行動にリンは頬を赤らめる。その日は二人は夜遅くまで話し込む――
――翌日、遂にリン達はニノへ向かう馬車に乗り込む。ニノに到着するのは二日後であり、今回は護衛として傭兵も雇っている。傭兵が乗る馬車が先行し、その後にハルカとリンを乗せた馬車が後に続く。
「カイさん、色々とお世話になりました」
「いえいえ、こちらもリン殿のお陰で儲けさせてもらいましたからな。どうかお気になさらずに……それとハルカの事は宜しくお願い致します」
「はい、任せてください。必ずハルカは守ります」
「リンく〜んっ!!早く乗ろうよ〜!!」
先にハルカは馬車に乗ってリンを手招きし、そんな彼女を見てリンは苦笑いを浮かべた。彼はハルカの元へ向かう前に最後にカイに頭を下げた。
「今までお世話になりました」
「……お気をつけて」
カイはリンの肩に手を置いて微笑み、最後の別れを告げるとリンは馬車に乗り込む。彼が乗り込むと先頭を走る馬車が動き出し、ニノへ向けて出発した。
「お祖父ちゃん!!またね〜!!」
「さようなら!!」
「ええ、また会いましょう」
リンとハルカは馬車の中から手を振りながらカイに別れを告げると、彼も馬車が見えなくなるまで見送りした――
――イチノからニノまでの道のりは広大な草原が続き、途中で大きな川を渡る事になる。川を渡るには橋を利用しなければならないのだが、ここで問題が起きた。
「ん?おい、なんだあれ?」
「橋の前に人だかりができてるな……」
イチノを出発してから翌日、リン達を乗せた馬車の先頭を走っていた馬車が停止し、何事か起きたのかとリンは様子を確認すると、どうやら川に架けられている橋の前で大勢の人間が集まっている事に気付く。
「どうかしたんですか?」
「ああ、坊ちゃん……実は橋の前でなんでか人が集まってるんでこのままだと進めないんですよ」
「ちょっと俺達が様子を見てきますから、ここで待っていてください」
護衛として雇われた傭兵はリンの事を「坊ちゃん」と呼び、彼等はカイが雇った傭兵でどうやらカイは出発前にリンに無礼な態度を取らないように注意したらしい。だから傭兵はリンに気遣い、決して横柄な態度は取らない。
傭兵の何人かが橋の前に集まっている人だかりに向かい、何が起きているのか状況を確かめに向かう。それからしばらくすると焦った表情を浮かべた傭兵達が駆けつけてきた。
「団長!!大変です、橋の上に魔物が居るみたいです!!」
「何だと!?ちっ……それであいつらは橋を渡ろうとしないのか」
「魔物?」
「えっ!?魔物さんが橋の上に?」
「ウォンッ?」
話を聞きつけたハルカとウルも馬車から降りると、様子見してきた傭兵は非常に焦った様子で橋の状況を説明する。
「橋の上は大変な事になってるんですよ!!橋に魔物が現れたせいで兵士が橋を封鎖して渡れないんです!!」
「何だと?魔物なんてさっさと追い払えばいいだけだろうが、その兵士共は何で封鎖なんてしてんだ?」
「それが橋の上にいる魔物がとんでもなくやばい奴なんです!!」
「やばい奴?いいからさっさと答えろ!!」
傭兵団の団長を務める男が様子見してきた連中にどんな魔物が現れたのかを問い質すと、彼等は顔色を青ざめながら橋を占拠した魔物の名前を告げた。
「こ、黒狼種です……馬鹿でかい黒狼種が橋の上にいるんです!!」
「な、何だと!?そんな馬鹿なっ!!」
「……黒狼種?」
「ウォンッ?」
黒狼種という言葉を聞いた団長は慌てふためき、他の傭兵も驚愕の表情を浮かべた。しかし、リンは黒狼種なる存在は知らず、傍に居たウルも首を傾げた。ウルは「白狼種」と呼ばれる魔獣ではあるが、黒狼種という名前の響きからリンは白狼種と何か関わりがあるのかと思う。
「ハルカ、黒狼種って知ってるの?」
「えっ!?リン君、知らないの?」
「知らないから教えて欲しいんだけど……」
ハルカの反応からどうやら黒狼種は有名な存在らしく、この中でリン以外に知らない者はいないらしい。彼女によれば黒狼種は白狼種と双璧を為す程にこの地方では有名な存在らしく、非常に恐れられていた――
――黒狼種は名前の通りに全身が黒色の毛皮で覆われた狼のような魔獣であり、元々は白狼種は黒狼種の中でも突然変異で生まれた種であると言われている。つまりは黒狼種は白狼種の原種であり、その力は白狼種にも決して引けを取らない。
白狼種は希少種であり、イチノ地方にしか存在を発見されていない。しかし、黒狼種の場合はニノ地方を生息圏にしており、群れを率いて行動する。黒狼種はファングと比べて高い戦闘力を誇り、しかも常に集団で行動するため非常に厄介な存在だった。
過去に黒狼種の群れがいくつもの人間の村を襲撃して滅ぼしたという記録もあり、黒狼種のせいで大勢の人間が死んだ。そのため、数十年前に国は軍隊を派遣して黒狼種の殲滅を行う。
黒狼種を仕留めるために大勢の兵士が犠牲となったが、そのお陰で黒狼種の大量殲滅に成功した。そして今の時代では黒狼種は絶滅危惧種として指定されているが、その黒狼種が橋の上に現れたという事で大騒ぎになっていた。
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