第28話 ボアとの戦闘

「――フゴォオオオッ!!」

「うわぁああっ!?」

「ウォンウォンッ!?」



リンとウルは野生の猪の倍以上の大きさを誇る巨大猪に追い掛け回されていた。この巨大猪は「ボア」と呼ばれる魔獣であり、本来は山に生息する魔物だが最近では草原にも出現するようになった魔獣である。


ボアが普通の猪と異なる点は大きさだけではなく、その牙の形と長さだった。通常の猪の牙は曲がっているが、ボアの場合は槍のように刃先が尖った状態で生えている。そのため、突進の際に敵を槍のような牙で貫く。



(こ、こんな大きい魔物までいるなんて……!?)



外の世界には危険に満ちている事は知っていたが、まさか森を出て二日目にしてとんでもない魔獣と遭遇した事にリンは焦る。既に身体強化を発動させて逃げているが、一向に逃げ切れる気配がない。



(まずい!!このままだと身体強化が切れて動けなくなる!?)



身体強化の効果が切れると反動でリンはしばらくは動けなくなり、そうなる前にボアを何とかしなければならなかった。リンは覚悟を決めてドルトンから受け取った反魔の盾を背中から腕に装着し、迫りくるボアに向けて構えた。



「こ、来いっ!!」

「ウォンッ!?」

「フゴォオオッ!!」



唐突に立ち止まって盾を構えたリンにウルは驚き、迫りくるボアに対してリンは怖気づきながらも反魔の盾を構えた。ドルトンの話によれば反魔の盾はあらゆる衝撃を跳ね返す盾であり、ボアの鋭い牙だろうと正面から跳ね返せるはずだった。


但し、反魔の盾は正確には所有者の魔力を利用して効果を発揮するため、もしもボアの突進力が強すぎてリンの残存魔力だけでは抑えきれなかった場合、反魔の盾は効果を発揮せずにリンはまともに突進攻撃を受ける事になる。しかし、逃げた所でいずれは追いつかれて吹き飛ばされるのは目に見えており、彼は覚悟を決めて盾を構えた。



「勝負だ!!」

「フゴォオオオッ!!」



全力疾走で駆けつけてきたボアに対してリンは反魔の盾を構えると、ボアの牙が盾に衝突した。次の瞬間、盾から強烈な衝撃波が発生してボアの巨体が吹き飛ぶ。



「フガァッ!?」

「うわぁっ!?」

「キャインッ!?」



反魔の盾から発生した衝撃波によってボアは弾き飛ばされ、自分の突進力と全く同じ衝撃を受けて倒れる。リンはボアを弾き飛ばした際に後ろに倒れ込み、ウルも巻き込んで地面に倒れた。



「いててっ……ウル、大丈夫?」

「クゥ〜ンッ……」



ウルがクッションになってくれたお陰でリンは怪我をしないで済んだが、彼は吹き飛ばしたボアの確認を行う。ボアは衝撃波を受けた際に意識を失ったらしく、目を回した状態で地面に倒れていた。



「フガァッ……!?」

「気絶してる……のかな?」

「クゥンッ」



ボアは倒れたまま動かず、その様子を見てリンとウルは安堵した。今が逃げる好機だが、リンも身体強化が切れて筋肉痛に襲われる。



「いててっ……まずは身体を治さないと」



筋肉痛に襲われてまともに身体が動けなくなったリンは座り込み、全身に魔力を巡らせて回復に励む。身体強化の際は全身の筋肉を強化させるのに対し、回復の場合は肉体の再生機能の強化を行う。


身体強化も回復も全身の魔力を利用するという点は一緒だが、その分に魔力消費量も大きい。しかし、森で過ごしていた間もリンは毎日魔力の限界量を伸ばす訓練はしており、今の彼の魔力は最初の頃と比べて100倍以上は誇る。



「よし、治った。これぐらいならまだ平気だな」

「ウォンッ?」

「え?こいつをどうするかって?」



リンが回復するとウルは倒れたボアをどうするのか問いかけ、リンとしては折角倒した獲物だから素材は持ち帰りたいと思ったが、問題なのは持ち帰る手段だった。



「ここで止めを刺して素材を剥ぎ取るのもいいけど……まだ街に辿り着いていないし、僕達だけで持ち帰る量も限界がある。それにこんな場所で解体なんてしてたら血の臭いを嗅ぎ取った他の魔物に襲われるよ」

「クゥ〜ンッ……」

「そんなに落ち込まないで、街に着いたらご馳走を食べさせてあげるから」

「ウォンッ!!」



ボアを見逃す事にウルは残念そうな表情を浮かべるが、リンはそんな彼を励ましながら街がある方角を確認する。ボアから逃げ回ったので自分達の現在位置を再確認し、この調子で進めば予定よりも早く辿りつけると思われた。



(この調子で進めば思ったよりも早く辿り着けるかな。こまめに身体強化を発動させて移動すれば明日の昼ぐらいには辿り着けるかもしれない)



普通の人間と違ってリンは身体強化を発動させれば移動も早く、当初の到着時間を大幅に削れる事ができる。しかし、あまりに身体強化を発動させると魔力を消費して動けなくなってしまう可能性があるため、ほどほどにしておかなければならない。



「よし、先を急ごう」

「ウォンッ!!」



ボアが目覚める前にリンはウルと共に歩もうとした時、後方から物音が聞えた。嫌な予感がしたリンとウルは振り返ると、そこには気絶したはずのボアが立ち上がる姿があった。



「フゴォオッ……!!」

「えっ!?」

「ウォンッ!?」



予想よりも早く気絶から回復したボアはリンとウルを見て怒りの表情を抱き、まさかこんなにも早く目を覚ますとは思わなかったリンは呆気に取られる。魔獣は野生の動物よりも生命力が高いため、怪我を負っても致命傷でなければ回復は早い。


目を覚ましたボアは自分を吹き飛ばしたリンに怒りを抱き、都合よく自分に近付いてきた彼に目掛けて牙を繰り出そうとした。それを見たウルは咄嗟にリンの身体に体当たりして彼を守る。



「フガァッ!!」

「ウォンッ!!」

「うわっ!?」



ウルに突き飛ばされたお陰でリンは間一髪にボアの突進を避ける事ができたが、その代わりにウルがボアの突進を受けて吹き飛ばされる。



「ギャインッ!?」

「ウル!?」

「フゴォッ!?」



ボアの鼻頭に衝突したウルは地面に転がり込み、狙いが外れたボアは驚愕の表情を浮かべる。その一方でウルが吹き飛ばされた光景を見てリンは激しい怒りを抱き、腰に差していた魔力剣を抜く。



「この野郎!!」

「フゴォッ……!?」



柄を抜いた瞬間に光刃が露わになり、リンはボアに目掛けて魔力剣を振りかざす。怒りのままにリンは魔力剣に自身の魔力を注ぎ込み、刀身を伸ばしながらボアの頭に目掛けて振り下ろす。


普通の剣と違って魔力剣は魔力を込めれば込める程に刃の強度が上がり、更に形状を自由に変化させる事ができる。リンは剣の腕前は素人だが、限界まで高めた魔力の刃の一撃によってボアの頭部は切断された。




「ッ――――!?」

「あああああっ!!」




断末魔の悲鳴を上げる暇もなく、ボアの頭は切り落とされて地面に転がり込む。残された胴体はしばらくの間は立ち尽くしていたが、やがて力を失くして地面に倒れ込む。それを見届けたリンは魔力剣を構成していた光刃を消散させると、倒れているウルの元へ向かう。



「ウル!?大丈夫!?」

「ク、クゥンッ……」



ウルは意識を保っており、怪我自体はそれほどひどくはなかった。ボアの突進で身体は痛めた様子だが、幸いにもボアの牙ではなく鼻頭に当たって吹き飛ばされた事で大怪我は負っていなかった。


すぐにリンはウルの身体に掌を押し当てて魔力を送り込み、彼の治療を行う。魔獣であるウルの回復力は人間の比ではなく、すぐにウルは元気を取り戻す。



「すぐに治してあげるからな……」

「ウォンッ……」



リンの治療のお陰でウルは瞬く間に怪我を治して元気を取り戻し、すぐに立ち上がった。それを見たリンは安堵するが、改めて自分が倒したボアを見て考え込む。

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