魔法使いじゃなくて魔力使いです

第23話 成長の成果

「ガアアッ！！」

「ギィアアッ！？」

ウルは疾風の如くゴブリンの元へ駆けつけると、凄まじい速度で牙を放ち、ゴブリンの喉元を切り裂く。白狼種の牙と爪の切れ味は魔獣の中でも一、二を誇り、彼等の牙は名工が磨き上げた刃物にも匹敵する。

白狼種の戦法は相手に噛みついて引きちぎるのではなく、相手に噛みついて切り裂く事を得意とする。そのために攻撃を受けたゴブリンは噛みつかれたというよりも鋭利な刃物で喉を切り裂かれたようにしか感じず、やがて白目を剥いて倒れ込む。

「ギィッ！？」

「ギギィッ！？」

「ガアアアッ！！」

仲間が再び倒れた姿を見てゴブリンの群れは戸惑うが、そんな彼等にウルは容赦せずに襲い掛かり、次々と敵の急所を適確に牙で切り裂いて仕留めていく。子供の頃のハクよりも素早く、敵を確実に仕留めていく姿にリンは感心する。

「凄いな、子供の頃のハクよりも強いかも……うわっ！？」

「ギギィッ！！」

ウルの戦いぶりばかり見ていたせいでリンは背後から接近してきたゴブリンに危うく襲われそうになり、咄嗟に光剣でゴブリンが振り下ろした鍬を受け止める。鍬は光剣に触れた途端に切り裂かれ、それを見たゴブリンは唖然とした。

「ギィアッ！？」

「離れろっ！！」

「グフゥッ！？」

反射的にリンは近づいてきたゴブリンの腹を蹴り飛ばすと、予想外の反撃を受けたゴブリンは後ろに転がり込む。それを見たリンは自分がまだ光剣を維持している事に気が付き、無駄な魔力の消費を抑えるために光剣を解除した。

(この程度の相手なら武器なんて必要ないか)

光剣を解除するとリンの手元には棒切れだけが残り、その棒切れさえも彼は地面に放り捨てる。自ら武器を捨てたリンの行動に彼の近くにいたゴブリン達は戸惑うが、敵が武器を手放した隙を逃さずに襲い掛かる。

「ギィイッ！！」

「ギギィッ！！」

「ふうっ……」

接近してくるゴブリンの群れに対してリンは心を落ち着かせるように一息吐き、彼は両手を力強く握りしめて拳を構える。そして正面から迫ってきたゴブリンに対して攻撃を繰り出す。

「だあっ！！」

「ッ――――！？」

「ギギィッ！？」

「ギィアッ！？」

顔面を殴りつけられたゴブリンは凄まじい勢いで吹き飛び、後方に立っていた２体のゴブリンを巻き込んで倒れ込む。ただの人間の少年が繰り出したとは思えないほどの強烈な一撃であり、まるで巨人族が殴りつけたような衝撃だった。

攻撃を受けたゴブリンは顔面が陥没し、リンの拳の跡が残っていた。巻き込まれた２体のゴブリンはそれを見て顔面蒼白し、その一方でリンは殴りつけた拳を抑えて呟く。

「まだ無駄が多いな……久しぶりの戦闘だから、勘を取り戻さないと」

「ギギィッ！？」

先ほどの攻撃にリンは満足していないのか、腕を振り回しながら他のゴブリンの元へ歩み寄る。それを見たゴブリン達は危機感を抱き、彼の近くに立っていたゴブリンは足元に落ちた石を拾い上げてリンに投げつけた。

「ギィイッ！！」

「うっ！？」

彼の顔面に目掛けて放たれた石は的中し、顔に衝撃を受けたリンは首を後ろにそらす。悪あがきに投げつけた石が当たった事にゴブリンは驚くが、すぐにリンは顔を戻す。

「何てね」

「ギギィッ！？」

石が当たったように思われたが、リンは顔面に白炎を纏わせていた。彼は石が当たる寸前に顔面を魔鎧で包み込み、石を防いでいた。軽い衝撃はあったが怪我はなく、顔面の魔鎧を解除すると投げつけられた石を拾い上げる。

「ほら、返すよ！！」

「ギィアアアッ！？」

拾い上げた石をリンはゴブリンに投げ返すと、頭部に的中したゴブリンは悲鳴を上げて倒れ込む。それを見たリンは鼻を鳴らし、改めて残りのゴブリンに振り返った。

「どうする？まだ戦う？」

「ギィイッ……！？」

「ギギィッ……！？」

既に半数近くのゴブリンはリンとウルによって仕留められ、生き残ったゴブリン達は一か所に集まる。武器を構えた状態でリンとウルを睨みつけるが、どう考えても彼等に勝ち目はない。

ゴブリン達は武器を構えてリン達を睨みつけるが、先ほどまでと違って身体が震えていた。完全にゴブリン達はリン達の力に怯えており、そんな彼等を見てリンは告げる。

「このまま逃げるなら追いかけはしない。だけど、もしもまた僕達の前に現れたら……次は容赦しないぞ！！」

「ウォオオンッ！！」

『ギィッ……！？』

リンの言葉とウルの雄叫びを耳にしたゴブリン達は恐怖の表情を浮かべ、知能が高いだけにゴブリン達は自分達よりも強い存在を前にすると恐怖心を抱く。これが他の魔物ならば最後までリン達と戦おうとするだろうが、ゴブリン達は逃げ出してしまう。

――ギィイイイッ！？

悲鳴を上げながらゴブリンの群れは一目散に逃げ出し、それを見たリンは拳を下ろす。その気になればゴブリンを全滅させる事もできたが、そうすると余計に魔力を消費してしまう。魔力を消費すると体力も消耗するため、これ以上の戦闘は避けたかった。

「ふうっ……やったね、ウル」

「ウォンッ！！」

無事にゴブリンを撃退できた事にリンは安心し、相棒の頭を撫でる。子供と言えどもウルは十分に戦力となる事が証明され、これからの旅の心強い相棒になるとリンは確信した。

ゴブリンの群れを追い払った後、リンは自分達が倒したゴブリンの死骸を確認する。この村の人間達から奪ったと思われる衣服や道具を見て、リンはこの村が変わり果てた理由はゴブリンの仕業なのかと考える。

(あのゴブリン達がこの村を襲ったのか？けど、幾らなんでもあれだけの数のゴブリンだけでこの村をここまで荒れ果てさせる事なんてできるのか？)

村が滅びた原因はゴブリンの仕業なのかとリンは思ったが、倒壊した建物を見て不審に抱く。あれだけの数のゴブリンならばこの村の人間だけでも対処できたのではないかと思うが、もしかしたらゴブリンの他に村を襲った存在がいるのかもしれない。

「あの数のゴブリンだけでこの村をここまで酷い状態にしたとは思えない。そう考えるともしかしたら……」

「ウォンッ！？」

「ウル？どうした？」

ゴブリンの群れが逃げた方角にウルは突然に振り返り、それを見たリンは何事かと視線を向けた。すると暗闇の中から先ほど逃げ出したゴブリンの悲鳴が響き渡り、リン達の元に全身が傷だらけのゴブリンが飛んできた。

「ギィアアアアッ！？」

「うわっ！？」

「ウォンッ！？」

自分達の足元に転がり込んできたゴブリンを見てリンとウルは驚き、何があったのか全身が血塗れの状態だった。地面に転がり込んだゴブリンはリンに助けを求めるように腕を伸ばすが、途中で力尽きて動かなくなった。

「ギィアッ……」

「こ、これは……」

「グルルルッ……！！」

力尽きたゴブリンを見てリンとウルはゴブリンが飛んできた方向に視線を向けると、そこには身長が２メートルを超える巨大なゴブリンが存在した。そのゴブリンには見覚えがあり、かつてリンは森の中で遭遇したホブゴブリンと呼ばれるゴブリンの上位種で間違いなかった。

ホブゴブリンの手には先ほどリン達に見逃されたゴブリンの死骸が握りしめられ、どうやら獲物を前にして逃げ出したゴブリン達を始末したらしい。恐らくはゴブリンの群れを率いていたのはこのホブゴブリンだと思われるが、逃げ出そうとした部下を始末してリン達の前に現れる。

「グギィイイッ……！！」

「こいつ、自分の仲間を！？」

「ウォオンッ！！」

自分の配下であるはずのゴブリンを殺して現れたホブゴブリンにリンは驚き、ウルは怒りを抱く。白狼種は仲間意識が強く、決して仲間が危機に陥っても見捨てはしない。だが、目の前のホブゴブリンは逃げ帰ってきた自分の配下を始末し、更にその死骸を利用してリン達に投げつけた。