第12話 魔力強化

「グギィイイイッ!!」

「うわぁあああっ!?」



後方から聞こえてくる鳴き声と足音を耳にしてリンは悲鳴を上げ、振り返らずともホブゴブリンが迫っている事が分かった。彼は全速力で逃げ出すが、ホブゴブリンは簡単に追いつく。


大樹を沿うよう駆け抜けていたリンに対し、ホブゴブリンは棍棒を振りかざして全力で叩きつけようとした。上から振り下ろすのではなく、横薙ぎに棍棒を振り払う。



「グギィッ!!」

「くぅっ……ああああっ!!」



振り返ったリンはホブゴブリンが自分に目掛けて棍棒を振り払おうとしている事に気が付き、咄嗟に両腕を前に出して魔力を集めた。両手から白炎が生み出されると、大きな盾の形に変化させて棍棒を受け止めようとした。



(避け切れないなら……)



ホブゴブリンが振り翳す棍棒を見てリンは防御の体勢を取ると、棍棒は魔力の盾に衝突した。この時にリンは人生で一番強烈な衝撃を味わう羽目になり、彼は地面に背中から転ぶ。



「グギィッ!?」

「がはぁっ!?」



攻撃を受ける寸前にリンは魔力の盾を斜めに構え、そのお陰で棍棒を受け流す事に成功した。真正面から受けていたらいくら盾があろうと耐え切れずに吹き飛ばされていたが、盾を斜めに構えて攻撃を反らす事で生き延びた。


ホブゴブリンの棍棒は勢い止まらずに大樹に衝突し、強烈な衝撃が大樹に広がった。その影響で大樹に実っていた大量の木の実が降り注ぎ、その木の実を浴びたホブゴブリンは怯む。



「グギャッ……!?」

「はあっ、はあっ……」



木の実を頭から浴びて怯んだホブゴブリンが視界に入り、今ならば逃げる好機だと思ったリンだったが、先ほど攻撃を受けた時の影響で身体がまともに動かない。どうにかホブゴブリンの攻撃を受け流す事に成功したが、盾を構えていた両腕は折れていた。


いくらリンが作り出す魔力の盾が鋼鉄程の硬度を誇っていたとしても、ホブゴブリンの怪力から繰り出される一撃を受けて無事なはずがない。盾越しでも相当な衝撃を受けたリンは両腕の骨が折れてしまい、身体も痺れてまともに動けない。



(か、身体が動かない……)



あまりの痛みに悲鳴を上げる事もできず、身体が麻痺して上手く動かない。それでもここで動かなければ殺される事は分かり切っており、リンは全身に魔力を流し込む。



(回復するんだ……)



怪我をした時は魔力を包み込めば回復速度を格段に高めるため、全身に魔力を纏って麻痺した身体を治そうとした。この時にリンは折れた両腕に魔力を纏うが、ここで彼はいつもとは違うやり方を行う。


これまでは身体の表面に魔力を纏ってばかりいたが、今回の場合は骨が折れているので体内に魔力を集中させる。両腕の折れた箇所に魔力を集中させ、折れた骨を治そうとした時に彼の身体に異変が起きる。



(何だこれ……!?)



両腕に奇妙な感覚を抱いたリンは目を見開くと、いつの間にかホブゴブリンが自分の元に迫っている事に気が付く。ホブゴブリンはリンに目掛けて棍棒を振りかざし、今度は上から叩き潰そうとしてきた。



「グギィイイイッ!!」

「わああああっ!?」



ホブゴブリンが棍棒を叩きつけようとした瞬間、リンは側に落ちていた大樹が落とした木の実を掴み、それをで握りしめて投げつける。ホブゴブリンの顔面に木の実が衝突した瞬間、木の実は粉々に砕け散ってホブゴブリンは怯む。



「グギャッ!?」

「えっ!?」



反射的に投げつけた木の実がホブゴブリンの顔面に衝突して砕け散る光景を見てリンは驚き、彼は右腕が普通に動く事に気が付く。先ほどまでは確かに折れていたはずの骨が治っており、それどころか不思議と身体が軽かった。


体内に魔力を送り込んだお陰で両腕の骨は完治し、ホブゴブリンに反撃を喰らわせる事もできた。この時にリンは自分の右手に視線を向け、ある事に気が付く。



(もしかしたら……!?)



右手で投げつけた木の実が簡単に砕けた事を思い出し、ある考えがリンは思いつく。だが、そんな彼に対してホブゴブリンは棍棒を振りかざす。



「グギィイイイッ!!」

「ひぃっ!?」



木の実が当たって一瞬だけ怯んでいたホブゴブリンだったが、怒りを露わにして今度こそ棍棒を振り下ろしてリンを殺そうとした。それに気が付いたリンは考えている暇もなく、両足を動かす。



(やるしかない!!)



棍棒が自分に衝突する前にリンは両足のに魔力を注ぎ込み、全力で地面を蹴飛ばす。すると普段のリンならば考えられない程の力で地面を蹴り飛ばし、彼の身体は後方へ吹き飛ぶ。



「うわぁっ!?」

「グギィッ!?」



思いもよらぬ脚力を発揮してリンはホブゴブリンの振り下ろした棍棒を回避すると、ホブゴブリンは信じられない表情を浮かべた。自分の攻撃を立て続けに回避するリンに動揺し、その一方でリン自身も混乱していた。



(何だ今の力……まさか、そういう事か!?)



大樹を背にしたリンは右手と両足を交互に見つめ、ここにきてある事に気が付く。それは魔力を体内に送り込めば筋力を一時的に強化し、身体能力を強化できる事だった。




――厳密に言えば魔力は常に体内に流れているため、魔力を体内に流し込むという表現は正しくはない。正確に言えば体内の魔力を活性化させ、筋肉を一時的に強化すると言った方が正しい。


これまでのリンは魔力を肉体の表面に纏う事しかやってこなかったが、今回の場合は体内の魔力を活性化させ、内側から肉体を強化している。この方法だと体内に存在する骨が折れても瞬く間に完治し、更に筋力を強化して普段以上の力を引き出す事ができる。


要するに骨が治ったのは肉体の再生能力をし、ホブゴブリンの攻撃を避けられたのは筋肉をしたからである。今回の出来事は単なる偶然だが、リンはこの状況下で新しい魔力の使い方を学ぶ。



(これなら……逃げ切れる!!)



両足に魔力を集中させて脚力を強化したリンは駆け出すと、先ほどとは信じられない程の速度で移動を行う。地面を駆け抜けるというよりは跳躍を繰り返すという表現が正しく、一歩踏む事にリンは前方に跳躍して距離を稼ぐ。



「うわわっ!?」

「グギィッ!?」



急に足が速くなったせいでリンは戸惑うが、ホブゴブリンから距離を離す事に成功した。ホブゴブリンからすればいきなりリンが素早く動けるようになったとしか思えず、彼の後を追いかけようとする。



(よし、これなら逃げ切れ……危ないっ!?)



両足の筋力を強化しながら逃げ出そうとしたリンだったが、前方に生えている樹木に気付いて慌てて避けようとした。だが、避けた先にも樹木が生えており、彼は勢いあまって樹木に衝突してしまう。



「あいたぁっ!?」



移動速度が早過ぎてリンは上手く操作できず、自分から樹木にぶつかってしまう。森の中は至る所に木々が生えているため、下手に両足を強化して走り出すと上手く動けずにぶつかってしまう。


自分から樹木に突っ込んでしまったリンは痛みを堪え、どうにか立ち上がる事に成功した。だが、衝突の際に両足に集中させていた魔力が元に戻った瞬間、唐突に両足が重くなって動けなくなった。



「うわっ!?な、何だこれ……あ、足がっ!?」



急に動かなくなった足にリンは驚き、激しい運動の後に起きる筋肉痛でも引き起こしたかのようにまともに足が動かせない。どうやら先ほどの魔力によって強化した反動で両足は酷い筋肉痛を引き起こしたらしい。



(そんなっ!?この状況で……)



両足が動けなくなったリンはホブゴブリンの方に視線を向けると、既に相手は10メートルの距離まで迫っていた。このままではホブゴブリンに殺されるのは確実であり、どうにかリンは魔力を両足に再び集中させて逃げ出そうとした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る