第11話 魔力の鎧
何が起きたのかゴブリンは理解できず、地面に着地するとゴブリンの手には折れた木の枝だけが握りしめられていた。どうして自分の石斧の方が壊れてしまったのかとゴブリンは混乱する中、頭を守るために両腕を構えていたリンは冷や汗を流す。
(今のはやばかった……けど、間に合った!!)
石斧をを受ける寸前、リンは両腕に魔力を集中させて白炎を纏わせていた。そのお陰で石斧の攻撃を防ぐ事には成功し、致命傷を避ける所か相手の武器を破壊した。
魔力を両腕に集めた状態で硬質化させたお陰でリンは石斧を受けても無事でいられた。身に纏った魔力を鎧のように利用する事からリンはこの防御法を「魔鎧」と呼ぶ。
(もしも反応が遅れていたらやばかった)
魔鎧を両腕に発動させるのが一瞬でも遅れていたら、リンはゴブリンの振り下ろした石斧を防ぎ切れずに頭を叩き潰されていたかもしれない。どうにか命の危機を退けたリンだったが、全く損傷を受けていないわけではない
(う、腕が痺れて動かせない……!?)
両腕に魔鎧をまとう事で石斧の直撃は防げたが、衝突の際の衝撃までは無効化する事はできず、両腕どころか身体全体が痺れてしまう。怪我は避けられても身体の痺れはどうする事もできず、この状態で襲われたらひとたまりもない。
「ハ、ハク!!」
「ガアアッ!!」
「ギィアッ!?」
ゴブリンが呆けている隙にリンはハクに声をかけ、即座にハクはリンの目の前で立ち尽くすゴブリンに噛みついた。隙を突かれたゴブリンは逃げる暇もなく、ハクに首元を噛み付かれて持ち上げられる。
必死にゴブリンは逃げようとするが、成長して大きくなったハクの力は並の狼とは比べ物にならず、噛みついた状態のまま振り回す。ゴブリンの首筋から血が滲むと、ハクはゴブリンを口から離す。
「ガウッ!!」
「ギィアアアッ!?」
「うわっ……」
地面に倒れたゴブリンは首から血を流しながら苦しみもがき、その状態からハクは更に前脚を振り下ろしてゴブリンを抑えつける。ゴブリンは必死に逃げようとするがハクの前脚を振り払う事ができず、暴れれば暴れる程に首から血を流してしまう。
しばらくの間は苦しんでいたが、やがて血が流れ過ぎたのか動かなくなった。それを確認したハクは鼻を鳴らし、口元に血をこびり付けながらリンの元に戻る。
「クゥ〜ンッ……」
「よ、よしよし……助けてくれてありがとう」
「ウォンッ♪」
口元に血をべったりとこびり付けた状態で近寄ってきたハクにリンは苦笑いを浮かべ、まだ痺れは抜けきっていないがどうにかハクの頭を撫でて褒める。改めてハクが魔獣である事を思い知り、戦闘になれば敵に容赦はしない事を思い知らされる。
「それにしてもなんでこんな所にゴブリンが……図巻だと山岳地帯にしか生息しないと書いてあったのに」
リンはハクが仕留めたゴブリンに視線を向け、どうして森の中にゴブリンが住み着いていたのかと不思議に思う。魔物図鑑によればゴブリンは山岳地帯に生息する魔物で滅多に平地には降りてこないと書かれていたが、何故かこのゴブリンは森に住み着いていた。
いきなり襲い掛かってきたゴブリンに不審に思いながらもリンは帰ろうとした時、突如としてハクは耳を立てる。彼は何かに気付いたかのように振り返り、唸り声をあげた。
「グルルルッ……!!」
「ハク?どうかした……何だ?」
異変に気付いたのはハクだけではなく、リンは地面が僅かに揺れている事に気が付く。嫌な予感がしたリンはハクが睨みつける方向に視線を向けると、そこには木々を潜り抜けて現れる緑の巨人の姿があった。
――リンの視界に映し出されたのは体長が2メートルを超える人型の魔物であり、外見はゴブリンとよく似ているが、先ほど倒したゴブリンは痩せ細っているのに対してこちらの巨人は筋骨隆々の体型だった。しかもその手には棍棒が握りしめられ、更に腰には蔓で結んだ大量の薬草をぶら下げていた。
いきなり現れたゴブリンと酷似した巨人にリンは唖然と見上げ、彼の記憶の中でゴブリンと同じく図鑑に記されていた魔物の名前が思い出される。この魔物の正体は「ホブゴブリン」と呼ばれるゴブリンの上位種であり、その力は並のゴブリンを遥かに凌駕する。
魔物の中には環境に適応して進化を行う種が存在し、ゴブリンの場合はホブゴブリンと呼ばれる存在に進化を果たす。ホブゴブリンと化したゴブリンは進化前と比べて体長が2倍近くも大きくなり、更に強靭な筋力を手にすると図鑑には書かれていた。
「ホ、ホブゴブリン……どうしてこんな場所に!?」
「グルルルッ……!!」
ハクはリンを庇うように前に立つが、その一方でホブゴブリンの方は倒れているゴブリンの元へ向かう。血塗れの状態で倒れているゴブリンを見つめ、次にリンとハクを伺う。この時にハクの口元に血を流している事に気が付き、ホブゴブリンはゴブリンを殺したのが彼だと知ると怒りの咆哮を放つ。
――グギィイイイイッ!!
森中に響き渡るのではないかという程の大音量の鳴き声が響き渡り、あまりの声の大きさに近くの木に止まっていた鳥たちが驚いて飛び立ってしまう。リンもあまりの声の大きさに両耳を塞ぎ、全身の震えが止まらない。
(や、やばい……逃げないと!!)
見た目だけでゴブリンよりも遥かに恐ろしい存在だと認識したリンは、ハクに逃げるように促そうとした。
「ハク!!逃げるぞ!!」
「……ウォンッ?」
「ハク!?」
リンはハクを呼びかけるが何故か彼は身体をふらつかせ、立っているのがやっとの様子だった。それを見たリンは先ほどのホブゴブリンの雄叫びのせいだと気が付く。
白狼種のハクは人間よりも聴覚に優れ、ホブゴブリンの大音量の鳴き声を聞いた事で耳がおかしくなったらしい。今のハクはリンの声が届いておらず、しかも眩暈と身体がふらついていた。
(ハクの様子がおかしい!!あいつの鳴き声のせいか……いや、呑気に考えている場合じゃない!!)
ホブゴブリンは倒れたゴブリンを抱きかかえ、どうやらこの場所はゴブリンとホブゴブリンの住処だったらしく、仲間を殺したリン達に対して憎しみの表情を浮かべていた。リンはそれを見て背筋が凍り、このままでは殺されると思った。
(ど、どうにかして逃げないと……けど、どうすればいいんだ!?)
ふらついているハクではリンを背中に乗せて逃げる事はできず、かといってリン一人で逃げ出すわけにはいかない。しかし、戦って勝てる相手とも思えず、どうにかリンはハクが正気を取り戻すまでの時間を稼ぐ必要があった。
(ハクが動けるようになれば逃げ切れるはず……それまではあいつの注意を引くんだ)
ハクが立ち直るまでの間はリンは自分一人でホブゴブリンの注意を引き、時間を稼ぐ事を決めた。他に二人が生き残る術はなく、彼は鞄を下ろして上着を脱いで少しでも動きやすい格好になる。
「グギィイイイッ!!」
「うっ……お、お前なんか怖くないぞ!!」
「ウォンッ……!?」
鳴き声を再度上げて威嚇を行うホブゴブリンに対し、怖気づきながらもリンは勇気を奮い立たせて大声を上げる。リンの行動にハクは驚愕の表情を浮かべるが、リンは覚悟を決めて駆け出す。
ホブゴブリンを挑発しながらリンは大樹を回り込むように駆け出すと、それを見たホブゴブリンはハクよりも先に逃げ出した
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