第10話 人型の魔物

「――おかしいな、ここにも生えてないや」

「ウォンッ……」



薬草探しを開始してから1時間ほど経過したが、リンとハクは未だに薬草を見つけられないでいた。いつも薬草が生えている場所を探しても見つからず、まるで誰かが先に薬草を根こそぎ採取したかのように一向に見つからない。


回復薬の調合には薬草が必要不可欠のため、取ってこれなければ調合を行う事ができない。それにマリアが作り出す回復薬は森の近くに存在する村に定期的に売りに向かい、そのお金で彼女は生活必需品を揃えている。だから生活を維持するためにも薬草を見つけなければならないのだが、何処を探しても薬草は見当たらない。



「う〜ん……僕達以外に誰かが薬草を採っているのかな?でも、こんな森の奥まで来る人なんて滅多にいないと思うけど」

「ウォンッ」



薬草が見つからない事にリンは不思議に思い、自分達以外に誰かが森に入って薬草を手あたり次第に採取しているのではないかと考える。しかし、村の人間は滅多に森には訪れず、しかも最近は魔獣が現れるようになったので近付きもしないはずだった。



「とりあえず、もう少し探してみようか」

「クゥ〜ンッ」

「大丈夫だよ、まだ時間はあるんだから……」



森の奥にさらに進む事にハクは心配するが、このまま薬草を手に入らずに戻る事はできないと思ったリンは彼と共にさらに森の奥へ進む。


家から大分離れてしまったが時間は余裕があり、周囲を警戒しながら森の中を歩いていると、大きな川が流れている場所に辿り着く。この川から先はリンは一度も踏み入れた事はなく、川はそれほど深くはないので通り抜ける事はできる。



「あっちの方に生えてるかもしれない。ハク、ちょっと濡れるかもしれないけど行ってみよう」

「ウォンッ」



ハクは言われるがままに川の中に足を踏み入れ、彼の背中に乗ったままリンは川を渡ろうとした。だが、この時に二人の後方から近づくが存在し、ハクの背中に乗るリンを睨みつける。



「ギィイイッ!!」

「ウォンッ!?」

「えっ!?」



今までに聞いた事もない鳴き声を耳にしたリンとハクは振り返ると、川岸に人型の魔物が立っている事に気が付く。身長は1メートル程度であり、全身が緑色の皮膚で覆われ、鬼のように恐ろしい風貌の魔物が立っていた。



(あれはまさか……ゴブリン!?)



リンは家にある本棚の中で魔物に関する図鑑を見た事もあり、その中でゴブリンという名前の魔物を記憶していた。ゴブリンは魔物の中では力は弱いが反面に知能は高く、人間のように武器を扱い、獲物を罠に嵌める狡猾な生き物だと記されていた。


どうやらゴブリンはリン達の後を付けていたらしく、彼等が川を渡ろうと水の中に入ったのを狙って現れたらしい。川の中に入っているせいで流石のハクも素早く動く事はできず、その隙を逃さずにゴブリンは落ちていた石を拾い上げてハクの背中に乗るリンに投げ放つ。



「ギィイッ!!」

「うわっ!?」

「ウォンッ!?」



頭に目掛けて石を投げつけてきたゴブリンに対してリンは咄嗟に身を守ろうとするが、投げつけられた石を防ごうとして頭の前に腕をやる。すると腕に石が当たって衝撃が広がり、彼は痛みを堪える。



(痛っ!?)



魔物の中では比較的に力は弱いと言っても、ゴブリンは並の人間の大人よりも力があるらしく、投げつけられた石を受けただけでリンの左腕の骨に罅が入る。腕を抑えてうずくまるリンを見てゴブリンは楽し気にはしゃぐ。



「ギィイッ♪」

「こ、このっ……」

「ガアアッ!!」



怪我をしたリンを見て嬉し気な鳴き声を上げたゴブリンにハクは怒り、急いで川岸に戻ろうとした。だが、それを見たゴブリンは慌てて川岸から離れて森の中に逃げ込む。



「ギィイッ!!」

「ウォンッ!!」

「ハク、待って!!僕は大丈夫だから……くぅっ!?」



川から上がったハクは怒り心頭でゴブリンを追いかけようとしたが、慌ててリンはそれを止める。しかし、左腕に痛みを覚えた彼はハクの背中から降りると、鞄の中から回復薬を取り出す。


少し勿体ないがリンは腫れ上がった左腕に回復薬を注ぐと、腫れていた箇所が徐々に元に戻り、10秒ほどで治ってしまう。罅が入ったはずの骨の方も痛みはなくなり、問題なく動かす事ができるのを確かめる。



「ふうっ……治った。やっぱり師匠の回復薬は凄いな」

「クゥ〜ンッ……」

「大丈夫だよ。それにしても何だったんだ、さっきの奴は……」



心配そうに見つめてくるハクにリンは安心させるために彼の頭を撫で、いきなり襲い掛かってきたゴブリンの事を思い出す。ゴブリンは森の中に逃げ込んだので姿は見えないが、ハクはこのまま逃がすつもりはないのか鼻を引くつかせて移動を行う。



「スンスンッ……ウォンッ!!」

「ハク?臭いでさっきの奴の居場所が分かるの?」

「ガウッ!!」

「あ、ちょっと!?」



リンを傷つけたゴブリンに対してハクは我慢ができず、臭いを辿って追いかける。そんな彼に慌ててリンは後を追いかけ、薬草探しは中断してゴブリンの追跡を行う――






――数分後、リンはハクの後を追って森の中を歩み、今まで一度も足を踏み入れた事がない場所まで辿り着いてしまった。二人の視界には巨大な大樹が存在し、恐らくはこの森に生えている樹木の中でも最も大きく、樹齢を重ねていると思われた。



「で、でかい……こんな大きな樹、見た事ないよ」

「ウォンッ……」



リンとハクは信じられない程の高さを誇る大樹を見て愕然とするが、この場所にゴブリンが逃げ込んだのは間違いない。ハクは鼻を鳴らしてゴブリンが何処へ逃げたのかを確かめると、大樹の方に近付く。


大樹に近寄ると改めて大きさに圧倒され、リンは樹皮に触れてみると岩のように硬い事に気が付く。こんな大樹がこの森に生えている事などリンは初めて知り、神聖な雰囲気も感じ取った。



(この大樹、普通の植物とは思えない……不思議な気分だ)



ゴブリンの事など忘れてリンは大樹の圧倒的な存在感に呆然とするが、ハクはその間にも臭いを辿って移動を行う。そして彼は大樹を見上げると、何かに気付いたように声を上げた。



「ウォンッ!!」

「えっ、どうしたの?」

「ガアアッ!!」



ハクは空を見上げて鳴き声を上げ、それに気づいたリンは上を見上げると、そこには大樹の枝の上に立つゴブリンの姿があった。ゴブリンはまるでリン達が来る事を予測していたかのように待ち構え、その手には石斧が握りしめられていた。


ゴブリンは武器を扱う知能はあると図鑑に描かれていたが、どうやらリン達の前に現れたゴブリンは木の枝と蔓と石を使って自分で石斧を製作したらしく、枝の上からリン達を待ち構えていたらしい。ゴブリンの狙いはリンであり、大樹に近付いた彼の頭上に目掛けて飛び掛かる。



「ギィイイッ!!」

「うわぁっ!?」

「ウォンッ!?」



自分に目掛けて飛び下りてきたゴブリンに対し、咄嗟にリンは両腕を交差して振り下ろされた石斧を受け止めようとした。ゴブリンは全体重を乗せた一撃をリンに放ち、普通ならば彼の両腕の骨は石斧によって砕かれていただろう。




――だが、現実で壊れたのは石斧の方だった。ゴブリンの振り下ろした石斧はリンの両腕に衝突した瞬間、まるで金属の塊に当たったかのように弾かれてしまう。この際に蔓が千切れて石と木の枝が空中に吹き飛び、それを見たゴブリンは目を見開く。

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