第9話 修行の成果と薬の調合
――魔力を伸ばす修行を開始してから1年後、遂にリンは全身に魔力を宿す事に成功した。1年前と比べて彼の魔力は格段に伸びており、しかも現在も修行を続けているので魔力は増加し続けていた。
「ふうっ……よし、やるか」
夜中にリンは家を出ると意識を集中して全身を魔力で包み込む。傍から見れば彼の身体が半透明の白色の炎に包まれた様に見えるが、リン自身が火傷を負う事はない。彼の白炎の魔力は本物の炎のような熱はないが、実体はあるので触れる事はできる。
「ようやくここまで来たか……次はあれだな」
全身に纏った魔力を元に戻すと、今度は右手に魔力を集中させる。そして彼は掌に白炎を纏うと、その状態から魔力を硬質化させて形を変化させる。
何も持っていなかったはずのリンの手に剣の形を模した魔力の刃が握りしめられ、1年前の時は短剣の刃程度の大きさの刃物しか作り出せなかったが、この1年の修行のお陰でリンは長剣の刃ぐらいの大きさの光刃を作り出せるようになっていた。
「魔力剣……いや、それだと安直だな。光刃剣、魔光剣……光剣と名付けようかな」
自分の手で作り上げた魔力の剣を見てリンは頷き、今後は「光剣」と名付ける事にした。これまでは短剣や木の枝を触媒にして魔力を纏い、武器を作り上げていたが今回は純粋に自分の魔力だけで作り上げた。
試しにリンは光剣を振り払い、本物の剣と違ってリンが作り出した光剣には重量はない。だが、本物の金属の刃ほどの硬度は誇り、試しにリンは家から離れた場所にある岩に目掛けて振り下ろす。
「やああっ!!」
岩に光剣を叩き込むと表面に僅かに罅割れし、もしも鉄製の剣で同じ真似をしていたら刃毀れを起こすか、最悪の場合は刃が折れただろう。だが、リンの光剣は形は全く変わっておらず、折れる事も刃毀れする様子もない。
「……し、痺れたぁっ」
しかし、攻撃を仕掛けたリンは光剣を岩に叩き込んだ際に衝撃を受け、光剣を維持できずに掻き消す。硬い岩に光剣を叩きつけただけでリンの両腕は痺れてしまい、いくら優れた武器を持っていても彼自身の筋力では岩を壊す事などできなかった。
「はあっ、ようやく身を守れる武器が作れると思ったのに……」
「ウォンッ!!」
「うわっ!?びっくりした……ハクか、驚かせるなよ」
何時の間にかハクがリンの背後に座り込んでおり、家から抜け出した彼に気付いて追いかけてきたらしい。リンはハクの頭を撫でようとしたが、この1年の間に彼は更に大きくなっていた。
「ハク、少し前まであんなに小さかったのに……」
「クゥ〜ンッ」
1年前と比べてハクは倍近く大きくなっており、明らかに普通の狼の大きさではない。マリアによればハクは白狼種という珍しい魔獣らしく、一定の年齢を重ねると急速的に成長するらしい。
大きくなってもハクは甘えん坊であり、リンの事を主人であるマリアよりも懐いていた。彼はリンの身体に擦り寄り、家へ帰らせようとした。
「ウォンッ」
「わわっ!?ちょ、ちょっと待ってよ。ちゃんと帰るから押さないでよ……」
ハクに連れられてリンは仕方なく家に戻るが、この時に彼は気付いていなかった近くの茂みにリンとハクを見つめる生物の姿があった。
「……ギィッ」
その生物は人型の姿をしており、奇怪な鳴き声を上げながらその場を去った――
――12才になってからリンは家の仕事以外にもする事が増えていた。それは薬の調合であり、マリアの指導でリンは薬草を素材とした回復薬の調合方法を学ぶ。
「いいかい、薬草はしっかりと磨り潰すんだよ」
「は、はい!!」
「外の世界じゃ回復薬はまずいとよく言われてるけど、それは誤った調合法で作った薬だからだよ。ちゃんと手順を守ってしっかりと作れば普通に飲める薬が作れるようになる」
「分かりました!!」
マリアの指示通りにリンは薬草を使用した回復薬の調合を行い、彼女が用意してくれた素材と調合器具を使って作り出す。分量を少しでも間違えるだけで失敗し、最初の頃は上手くできずにリンは一口飲むだけで吐き気を催してしまう。
「よし、できあがったね。さあ、飲んでみるんだよ」
「は、はい……」
「何を怖がってるんだい、自分で作った物なんだから自信を持って飲みな!!」
できあがった回復薬が入ったコップをリンは震える手で掴み、勇気を振り絞って一気に飲み干す。しばらくの間はリンはコップを掴んだまま動かず、様子を見ていたマリアは気分を尋ねる。
「どうだい?」
「……うえっ、す、凄く苦いけど……飲めなくはないです」
「あははははっ!!ようやく飲めるもんを作れるようになったのかい!!まあ、これで一歩前進だね!!」
中身を一滴も残さずに飲み干したリンを見てマリアは笑い声をあげ、実は最初の頃はリンは自分が作った薬を飲み切れずに吐き出した事もあった。それほどまでに回復薬の調合は難しく、失敗すれば酷い味の回復薬ができあがる。
回復薬の調合は半年前からリンも行っているが、最近になってようやく苦いが飲めるだけの回復薬を作れるようになった。ちなみに師匠であるマリアが作り出す回復薬は非常に飲みやすく、冷たいお茶のようで美味しい。しかもリンの作った回復薬よりも効果は高く、一口飲むだけで身体の疲れが吹き飛ぶ。
「さてと、薬草もそろそろ無くなって来たね……あたしが採取してくるからあんたは残っている薬草で調合の練習を行いな」
「師匠、薬草の採取なら僕が……」
「駄目だね、最近はこの森も危険になってきた。あんた一人で行かせたら何に襲われるか分かったもんじゃないからね」
「それならハクと一緒に行きます。ねえ、ハク?」
「ウォンッ?」
窓の外にリンは声を掛けると、外で寝そべっていたハクが窓の外から覗き込む。それを見たマリアは腕を組み、仕方ない風にため息を吐き出す。
「まあ、それならあんた等に任せるよ。但し、遅くなる前に帰ってくるんだよ」
「はい!!」
「ウォンッ!!」
最近はずっと家の中で回復薬の調合を行っていたのでリンは久々に日中に外に出れる事が嬉しく、急いで準備を整えて家を出る。その様子をマリアは少し心配そうに見つめ、彼女はリン達が出かける前に自分の作った薬を渡す。
「こいつを持って行きな。もしも怪我をした時はこれを使うんだよ」
「あ、ありがとうございます」
「いいかい、前みたいに魔物に見つかったら戦わずに逃げるんだよ。ハクより足の速い奴なんていないからね、落とされないようにしっかりとしがみつくんだよ」
「もう、分かってますって……ハク!!」
「ウォンッ!!」
ハクは身体を伏せるとリンはその背中に乗り込み、1年の間に大きく成長したハクは現在はリンを乗せて移動する事ができた。ハクは森の中でも木々を避けて巧みに走り抜けるため、普通の馬よりも頼りになる。
「じゃあ、行ってきます!!日が暮れる前に戻ってきます!!」
「……気をつけるんだよ」
「ウォンッ!!」
籠を背負ったリンを乗せたハクは駆け出し、森の中へと消えていく。その様子をマリアは見送り、彼女は不安を抱いた。最近の森は以前と比べて魔獣も住み着くようになり、本当ならばリンを家の外に出すのは危険だった。
だが、子供はいつか成長して親元を離れる事は決まっており、いつまでも彼を守って生きていくわけにはいかない。マリアは家の中に戻る途中、足腰の痛みを感じてため息を吐き出す。
「……私もそろそろお迎えが近いね」
マリアは最近は歩くだけでも辛く、もしもリンとハクが森の中で魔物に襲われていても彼女は助けに向かう事はできなかった。だが、マリアは今の二人ならば大丈夫だと信じて家で二人の帰りを待つ――
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