第8話 魔力を伸ばす

――翌日の朝、マリアは朝食の時間なのにリンが部屋から出てこない事に疑問を抱き、彼の部屋に向かうとベッドで呻き声を上げながら眠りこけるリンを発見した。



「リン!!朝だよ、さっさと起きないかい!!」

「ううっ……あ、師匠……おはようございます」

「ど、どうしたんだいあんた!?何だか気分が悪そうだけど……風邪かい?」

「いや、なんでもありません」



目を覚ましたリンを見てマリアは動揺し、彼は酷く疲れた様子だった。彼は頭を抑えながらも立ち上がり、ふらつきながらも部屋を出て行く。そんな彼を見てマリアは心配そうに声を掛ける。



「あ、あんた昨日の疲れが残ってるんじゃないかい?今日は家で休んでいた方がいいよ」

「いえ、大丈夫です……ハク、おはよう」

「ウォンッ!?」



部屋を出たリンはハクを見かけて挨拶するが、ハクは酷く疲れた表情のリンを見て驚き、明らかに様子がおかしいリンにハクとマリアは心配した――






――昨夜にリンは本に書かれていた通りに魔力を根こそぎ使うまで訓練を行い、使い切った後はベッドで横になって身体を休ませた。朝を迎えると彼は疲労が抜けきれない身体を酷使して朝は家の手伝いを行い、昼間は森に出向いてハクと共に野草や茸や果物の採取を行う。


帰った後は夕食を終えると部屋の中に閉じこもり、魔力を使い切るまで練習を行う。この時のリンは主に光刃を利用した戦闘法を編み出すための訓練を行い、何日か経過すると光刃を利用した新しい方法を思いつく。



「やっぱりそうだ。こうした方が魔力の消費が抑えられるのか……」



リンは右手の人差し指に光刃を作り出し、左手には森から拾ってきたを握りしめていた。木の枝には魔力を纏わせ、右手と同じように光刃を形成している。


人差し指に作り出した光刃と木の枝に纏わせた光刃を見比べ、試しに横に並べてみると木の枝に纏わせた光刃の方が攻撃範囲リーチが長い。しかし、使用している魔力の量は二つとも全く同じだった。



「同じ量のはずなのに木の枝に纏わせた光刃の方が長い……そうか、木の枝に大きさに合わせて魔力が広がってるんだ」



右手の指先に作り出した光刃の場合は純粋な魔力だけで構成されているが、左手に持った木の枝に関しては木の枝の周りに魔力が纏っているため、当然ながら木の枝が長いほどに魔力も広がっていく。


魔力の量は同じだとしても木の枝に纏わせた光刃の方が範囲が広いのは当然であり、こちらの方が扱いやすい。但し、魔力の密度の方は指先の光刃の方が高く、試しにリンは二つの光刃を重ね合わせる。



「これをこうすると……」



左手に持った木の枝にリンは右手の人差し指で造り出した光刃を近づけると、木の枝は簡単に切れてしまう。一応は木の枝にも光刃は纏っているが、魔力の密度が高い右手の光刃の方が硬度が高いらしく、呆気なく折れてしまう。



「なるほど、こういう事になるのか……魔力の密度が高ければ高いほど硬くなる」



魔力の密度で硬度が変化する事を知り、また魔力の知識を深める事ができた――






――それから一か月後、リンは朝になるとハクに起こされるのが日課になった。早起きのハクは彼の元に訪れると、ベッドに眠っているリンを前脚で揺らして起こす。



「ウォンッ」

「ううんっ……もう少しだけ寝かせて」

「ペロペロッ……」

「うわっ!?わ、分かった……起きるから顔を舐めるのは止めて」



寝坊助なリンを起こすためにハクは彼の顔を舐め始め、仕方なく目を覚ましたリンは頭を抑える。いつもならば頭痛に襲われて身体も気だるさを感じるのだが、何故か今日に限っては頭もすっきりして疲れもさほど残っていない。



「あれ?何か今日は体調がいいな……」



昨日までは目を覚ます度に頭痛と疲労感に苛まれていたが、今日に限っては身体の調子が良い事に不思議に思う。リンはベッドから起きると朝食の前に軽く訓練を行う。



「さてと……」



両手を見つめた状態でリンは意識を集中させ、魔力を両手に集中させて白炎を生み出す。一か月前と比べて両手に纏った白炎の規模は増しており、この一か月の間に彼の魔力量は確実に伸びていた。


一か月前と比べてリンの魔力量は倍近くまで増えており、この調子でいけばもっと魔力を増やす事ができるとリンは確信した。彼は左手の白炎を消して今度は右手に全ての魔力を集中させると、燃え盛る炎の如く魔力が溢れる。



「うわっ……これは凄いな」

「ウォンッ!?」



右手を包み込む白炎を見てリンは驚き、傍に居たハクも目を見開く。白炎は以前にもまして燃え盛り、試しにリンは右手に集めた魔力を広げて右腕全体に包み込む。



「おおっ」



右腕全体に魔力を纏わせた事など一度もなかったが、意外と簡単にできた。この調子で魔力を増やしていけばいずれは全身に魔力を纏うのも夢ではない。



「よし、この調子で魔力を増やしていくぞ!!」

「クゥ〜ンッ?」



リンは握り拳を作って魔力を増やす事を誓い、その様子を見ていたハクは不思議そうに首を傾げる。この時に二人は気付いていなかったが、実は部屋の前にはリンを起しにきたマリアが立っていた。



(……なるほど、そういう事だったんだね)



部屋の扉の前でマリアは全ての事情を察し、一流の魔法使いである彼女は部屋の中を覗かなくても、中にいる人間の魔力を感じ取る事は容易だった。


魔術師は魔力を感知する力も持ち合わせ、前々からマリアはリンの魔力が増えている事に気が付いていた。実を言えば大分前からマリアはリンが勝手に本棚の本を読み、魔力を利用した訓練を行っている事は知っていた。



(あれだけ魔法使いになれないと言ったのに……)



自分に明かさずに魔力を操る技術を磨いていたリンにマリアは色々と思う所はあったが、彼女はリンの行為を止める事はしなかった。リンが魔法使いに憧れているのは誰よりも知っており、それだけに彼が魔法使いになれない事に残念に思っていたのも彼女である。


マリアとしてもリンが魔法使いになれる方法があれば教えてやりたい所だが、生憎と魔法使いになるための条件はリンは満たす事ができない。それでも彼は魔法使いの夢を諦めず、魔力を操る技術を自力で身に着けた事に関してはマリアも驚きを隠せない。



(普通の人間でも魔力を扱うぐらいなら問題ないと思ったけど、まさかこんな事になるとはね……)



いくら魔力の操作を磨いた所でリンが魔法使いになれない事は間違いないが、夢に向かって日々努力する彼を見ていてマリアは注意する事ができなかった。だから知らないふりをして今日まで彼の行為は見過ごしてきたが、部屋の中から感じるリンの魔力にマリアは驚きを隠せない。



(この短期間でここまで魔力を伸ばすなんて……相当に苦労したんだろうね)



魔力を伸ばす訓練はマリアも幼少期に試した事はあるが、彼女の場合はリン程に苦労はしなかった。マリアはリンとは違って特別に調合した薬を飲んで魔力を地道に伸ばしてきたため、彼の様に魔力を使い切って自然回復するまで待つという手段は用いなかった。


大抵の魔術師は苦痛と疲労を伴う訓練法は実地せず、殆どの魔術師は特殊な薬を飲んで魔力を伸ばす。これならば時間を掛ければ何の苦労もせずに魔力を伸ばせるのだが、リンの試した方法は身体の負担が大き過ぎるので誰も真似しない。しかし、彼はそれをやり遂げて急速的に魔力を伸ばす。



(あたしはどうすればいいかね……)



短期間の間にリンの魔力量が大幅に伸びた事は認めるが、それでもマリアはリンは魔法使いにはなれない事は知っていた。だが、今更彼の努力を止めるような真似はできず、師匠として自分が弟子にできる事が何なのかを考える――

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