第13話 身体強化

「動けぇえええっ!!」

「グギィイイッ!!」



リンは必死に両足を動かそうとする中、ホブゴブリンは彼の元に迫って棍棒を振りかざす。だが、棍棒がリンに振り落とされる前にホブゴブリンの背後から迫る影があり、その正体はハクだった。



「ガアアッ!!」

「グギャアッ!?」

「ハク!?」



最初のホブゴブリンの咆哮によって感覚が乱されたハクだったが、完全に回復した彼はホブゴブリンの背中に飛び掛かり、首筋に牙を食い込ませる。思わぬ攻撃を受けたホブゴブリンは慌ててハクを引き剥がそうとするが、ハクは牙を食い込ませて決して離さない。


白狼種の牙の切れ味は研ぎ澄まされた刃物にも匹敵し、ホブゴブリンの頑強な皮膚も貫いて肉を抉り取る。ホブゴブリンの首筋に血が滲み、苦し気な表情を浮かべる。



「グギィイイッ……!!」

「グゥウッ……!!」

「ハ、ハク……」



自分のためにハクがホブゴブリンに挑んでいる事を知り、彼のためにもリンは早く両足を回復させようとした。要領は先ほどと同じく、骨が折れた時のように両足に魔力を送り込む。


先ほどまでは両足の筋肉を強化させて動いていたが、今回は肉体の再生機能を強化してどうにか筋肉痛を治そうとする。骨が折れた時はすぐに治ったが、筋肉痛の類は治るのに多少の時間が掛かり、立ち上がれるまで回復するのに数秒はかかった。



(ハクが僕を守ろうとしてくれてるんだ、こんな所でへこたれるな!!)



立ち上がったリンはホブゴブリンに向き直り、ここで逃げるよりもホブゴブリンに立ち向かう事を決意した。ホブゴブリンはハクを振り落とそうともがいているが、今ならば攻撃の好機だった。



(ここで仕留める!!)



リンは近くを見渡して武器になりそうな物を探し、そして手ごろな大きさの木の枝が落ちている事に気が付く。リンはそれを拾い上げると、木の枝に魔力を流し込んで「光剣」を作り出す。




――以前にリンは木の枝と自分の魔力のみで造り出した光刃を試し切りした場合、純粋に魔力で造り出した光刃の方が硬いと思っていた。だが、それは誤りで実際は何かを媒介にした状態で造り出した光剣の方が優れている事を知る。


最初に木の枝で造り出した光刃と魔力で生み出した光刃を比べた時、木の枝の長さと指先に作り出した光刃は大きな差があった。木の枝の大きさは30センチはあったのに対し、指先で造り出した光刃は10センチにも満たない。


後で調べて分かった事だが、リンは木の枝と同じ大きさの光刃を作り出した時に切れ味を比べると、木の枝に纏った光刃の方が優れている事に気が付く。理由としては木の枝に魔力を纏う場合、木の枝の大きさの分の魔力を光刃の形成に注げるためである。


木の枝に光刃を纏わせる場合は木の枝の大きさの分だけ魔力があまり、その分の魔力を光刃を形成させる事に集中できる。だから純粋な魔力だけで構成する光刃よりも魔力密度が高いが故に硬度も高まり、無駄な魔力の消費も抑えられる。



「うおおおおっ!!」

「グギャアアアッ!?」



木の枝を媒介にして作り出した光剣を掲げてリンはホブゴブリンに突っ込み、胸元に目掛けて突き刺す。光剣はホブゴブリンの胸に突き刺さると、ホブゴブリンの悲鳴が森の中に響き渡った。



「くたばれぇっ!!」

「グゥウッ……!!」

「ッ――――!?」



リンとハクの攻撃によってホブゴブリンは追い詰められ、声にならない悲鳴を上げる。この時にリンは両手に全ての魔力を集中させ、ホブゴブリンの体内に突き刺した光剣を更に伸ばして遂には身体を貫く。


体内で光刃が伸びた事でホブゴブリンは心臓を完全に貫かれ、口元から大量の血を吐き出す。やがてハクが首から離れると、首元から大量の血を流しながら膝を着き、虚ろな瞳で空を見上げる。



「グギィッ――」



最後に空を見上げながら鳴き声を上げると、ホブゴブリンは地面に沈む。その様子をリンとハクは血塗れになりながらも見下ろし、身体を震わせながらリンは自分の両手を見つめた。



「た、倒した……こんな怪物を、僕達だけで」

「ウォオオンッ!!」



ハクは勝利の雄叫びを上げ、リンも興奮を抑えきれなかった。まさかこれほどの怪物を倒せるなど夢にも思わず、人生で一番の高揚感を抱く。



(信じられない……でも、本当に勝ったんだ)



自分が勝利したと自覚した途端にリンは緊張が抜けて膝を着き、殆どの魔力を使い果たしていた。それでも1年も費やして魔力を伸ばしたお陰もあり、どうにかホブゴブリンを倒す事ができた。


もしも1年前にホブゴブリンと遭遇していたらリンは成す術もなく殺されていただろう。だが、この1年間の努力は決して無駄ではなく、彼は自分が成長している事を実感した



「ははっ……僕も強くなってるんだ」

「ウォンッ!!」

「ハク……助けてくれてありがとう」



リンはハクを抱き寄せて頭を撫でると嬉しそうに尻尾を振り、改めて倒したホブゴブリンに視線を向ける。どうしてこんな森にホブゴブリンが住み着いているのか疑問を抱き、リンは調べようとした。



「どうしてこんな奴が森の中に……ん?何だこれ?」

「クゥンッ?」



ホブゴブリンの死骸を調べた時、リンはホブゴブリンの片足に鋼鉄製の枷の様な物が取り付けられ散る事に気が付く。枷には鎖も取り付けられており、それを見たリンはホブゴブリンが何者かに捕まっていたのだと気が付く。


このホブゴブリンは森に住み着く前は何処かで拘束され、恐らくは人間に捕まっていた可能性が高い。どのような経緯を辿ったのかは不明だが、拘束を自力で抜け出してこの森の中に逃げ込んだと考えるのが妥当だろう。



「……もしかして僕を真っ先に狙ったのは人間だったから?」

「クゥンッ……」



終始ホブゴブリンがハクではなく、リンを狙い続けてきたのは自分を捕まえた人間に対する復讐心からだったかもしれず、それを知るとリンは何だかいたたまれない気持ちを抱く――






――ホブゴブリンを辛くも倒した後、魔力を使い果たしたリンは疲れ切った表情でハクの背中に乗って家まで戻る。帰ってきた二人を見てマリアは驚き、何があったのかを問い質す。



「ホブゴブリンに襲われたから、倒して帰ってきたぁっ!?いったいどういう意味だい!?」

「え、えっと……」

「クゥンッ……」



服を脱いで身体を洗った後にリンとハクはマリアに何が起きたのかを説明すると、彼女は信じられない表情を浮かべた。ホブゴブリンが森に居た事も驚きだが、それよりもリンとハクの二人だけでホブゴブリンを倒したという話に度肝を抜く。



「あんたね、ホブゴブリンがどんな恐ろしい存在なのか知っているのかい!?ガキと犬っころが敵う相手じゃないんだよ!!」

「そ、それはそうだと思いますけど……実は、今まで師匠に隠していた事があったんです」

「ク、クゥンッ……」



ホブゴブリンを倒したと言ってもマリアは簡単には信じなかったが、リンは今まで自分が隠していた秘密を明かそうとした。彼女には黙っていたが、魔力を扱う練習を行っていた事を明かす。



「僕、二年ぐらい前から魔力を……」

「……ああ、そういう事かい。それ以上は喋らなくていいよ」

「え?」

「あんたがあたしに内緒でこっそりと本棚の本を読んで修行していた事なんて、当の昔から知っていたよ」

「ええっ!?」



マリアの言葉にリンは衝撃を受けるが、彼女は深々と溜息を吐きながら座り込む。そして改めてリンがホブゴブリンを倒した時の経緯を尋ねた。



「今からあたしが聞く事は全て噓偽りなく答えると約束しな。もしも嘘を吐いたらどうなるか……分かっているだろうね?」

「は、はい……分かりました」

「クゥンッ(←つぶらな瞳で見つめる)」

「あんたは下がってな」



リンをいじめないでとばかりにハクはマリアを見つめるが、彼女は冷たくあしらってハクを下がらせる。そして彼女はリンがどのような手を用いてホブゴブリンを倒したのかを詳細に尋ねた――

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