閑話:蠕動

『そこの日本籍船、止まれ!臨検だ!』

「はいはい」


 R-79宙域、『蛇巢』。


 宙族『黒星蛇』の中枢拠点である小惑星一体型ステーションである。機能面においては他国の傭兵ギルドとさして変わらず、宿泊や飲食に娯楽はもちろん補給に取引など様々な需要を満たす複合施設となっている。


 そこに1隻の日本船が到着した。ここから出発して日本宙域へ「仕事」に向かう船は数あれど、日本からこの宙域へ用がある船はほぼ無い。ただ通すわけにはいかない。ステーションの警備部隊がそう考えるのは自然なことであった。


『……スキャン完了、怪しい物資は無し。何しにここに来た?』

「んもーそんなカリカリしなさんな、俺はこういうもんでね」


 唯一の搭乗者が警備船へデータを送信する。訝しげにウイルスチェックを通し中身を確認した警備員は、驚いたように姿勢を正した。


『これは……帰還は今日でしたか。失礼しました、6番ドックへお通りください』

「いえいえ、船籍偽装も解いてないしね。真面目なのはいいことさ。お務めご苦労さん」

『はっ!お疲れ様です!』


 何事もなかったかのように警備船は元のシフトに戻る。その仕事ぶりに満足げに頷きながら、男は自動操縦機能を起動し6番ドックへと移動した。






 男は「化粧」を落とした後受け付けで翌日のアポイントメントを取る。重要度は高いが緊急性は低い案件である為、先方は承知済み。終わったら身綺麗にして娯楽場モジュールへ向かい、溜まった欲を発散して眠りにつく。彼がこの任務に付いてから確立した、ここ数年のルーティーン。


 起きたら身支度を整え、ルームサービスの朝食を摂る。そして両頬を叩き、取り出した端末からデータを広げた。


 使用するデータに不備が無いかの最終チェック。蛇巢に到着するまでの船内でももちろん行ったが、何度行っても損は無い。またスムーズな返答を心掛ける為にも、1つ1つ指を差して確認していった。


 そんなことをしていれば時間はすぐに進み、予定の時刻が近づいてくる。上司の前に出るのだ、あまりだらしない格好をするわけにもいかない。起き抜けに整えた格好を改めて整え、必要な端末を持つ。向かうのは、中枢モジュール。






 多重認証を済ませて足早に通路を歩くところで、男は珍しい顔を見つけた。


「『紅雀』? 前線屋のお前さんがこの時期にこっちにいるのは珍しいね」

「おう『計索』。親父が寝込んじまったんでその代理さ」

「ってことは今の蛇巢はお前さんがトップかい! 出世したねぇお姫様」

「気色悪いね、やめないかい」


 コードネーム『紅雀』。血筋もあって次期幹部候補と目されながらも、直属の部下を率いて前線へ赴く女傑。反面机仕事が嫌いなのは周知で、報告書を面倒そうに書いて副官に小言をもらうのはもはや名物となっている。


 男……『計索』は約2年ぶりの邂逅に会話が弾む。『計索』の仕事柄会えることはほぼ無く、幼馴染との久々の会話は日々の仕事のストレスを洗い流してくれていた。


「っと、あまり話し込んでもいられないか。今晩一杯、どうだい?」

「サシでかい?……まあ、いいかもねぇ。なら終わった後にコロニーまでどうだい? 3番街区にいい店が出来てね」

「そいつは楽しみだ。じゃあ、また後で」


 紅雀と離れて再び通路を進む計索。途中の小さな一室に入りデータメモリを備え付けの端末へ挿し込んで準備を進めていく。


 所定の時間になると同時。いつも通り、正面の壁面が透過された。映し出されたのは人が映し出された12枚のモニタ。中には先ほど別れた紅雀もいる。そして紅雀……黒星蛇所属ステーション『蛇巢』の管理指揮官代理が口を開く。


『揃ったようだな。では、宙暦211年度蛇巢定例議会の開催を宣言する』

『まずは各工作員から潜入先の現状の報告を』

『それでは『暗藏』から』

『かしこまりました。ではステーション『田楽』の現状をお伝えします』


 計索。黒星蛇所属、上級工作員。現在の任務は傭兵ギルド日本支部所属ステーション『天麩羅』への潜入及び監視。


 黒星蛇は複数のステーションに工作員を送り込み、その動向を監視している。それほどの大きな組織である。







「では天麩羅の現状をお伝えします」


 計索は事前に用意していた通りにすらすらと現状を述べていく。それが止まったのは、現地戦力の項目に差し掛かったところだった。


「現在は天麩羅にはA、Sランクの傭兵は滞在していませんが、おそらくSランク『文殊』は宇宙ステーション建造の終了後天麩羅に帰還してくるでしょう」


『やはり3つのステーションを自然と守れるように動いているな、厄介なことだ』

『小規模勢力でかき乱すのが関の山か、上手く釣れるといいのだが……』


「それから、Cランク傭兵『フレッジリング』が急速に力を付けてきています。まだ規模は小さいですが、注意の必要があると考えます」


『それほどのものか?』


「約1か月前、『宝の山』周辺で略奪活動を行っていた『ジンシェン』が落とされています」


『何だと?』


 その発言に強く声を上げたのは、軍務を管理する高官だった。


『どうした?』


『その名の通りの慎重さを持ち、地味な下積みを苦にもせず実力を付けていたやつらだ。おかげで戦闘機5機を繰り損害も出さず稼ぎをあげていた有望株だったのだが……全滅したのか?』


「データによるとフレッジリングは自前の中型輸送艦を単独で航行させて護衛が付いていないように見せかけ、同じく自前の戦力である戦闘機4機とギアハルク2機を用い、大型砲を使った狙撃と包囲戦術によって殲滅しています。ジンシェンの5機の残骸は天麩羅に売却されております。こちらはフレッジリングに天麩羅の規約の通り提出させた映像データとなります」


 計索が提出した映像データを各々が確認し、口々に唸る。


『ギアハルク2機だと?』

『Cランクでライセンスが降りるものなのか……』

『ジンシェンの撤退判断が早いが、それでも間に合わずか』

『狙撃は改造した巡洋艦主砲か? いい威力だ』

『連携も取れている、同数の戦力では苦戦しそうだな』


「その後、フレッジリングのリーダーでありギアハルクのパイロットであるソラル・B・鷹野は調査任務中出現したDDに飲み込まれ、ギアハルク1機と共に行方不明となっております。ですが残存戦力だけでも注意は必要かと思われます」


『そいつは残念、機会があれば一戦交えてみたかったんだがねぇ』


 笑いながら愚痴をこぼした紅雀に、思わず計索の口から溜息が漏れた。


「指揮官代理……冗談でもやめてくださいよホント、指揮官いなくなったら大惨事ですよ」

『冗談じゃないんだけどねぇ、立場ってのは面倒なもんだ。とりあえず全員、フレッジリングの名前と構成員、機体を下の面子にも伝えておくこと。無駄に手を出さないようにさせな』

『『『はい!』』』


『計索、続けな』

「はい。では……」


 紅雀の一声により会議が再開される。こうしてソラルが菊花へと到着すると同時期に、日本宙域に直接つながるジャンプゲートを保持する大規模宙賊にフレッジリングの情報が伝わったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

若鷹と止まり木 @6LD

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ