第18話:握手

「所有だと?」


 突然の話に思わず鸚鵡返しする。所有……所有? 菊花を、宇宙ステーションを、俺が? こいつは何を言っている?


『あなたの話を聞く限り、AIが単独で意思を持って行動することを世界は歓迎しないでしょう。そして私自身にも、別にこれといった行動目的があるわけではありません。ですので、誰かに管理してもらいたいのです』


「それを、俺にと?」


『貴方には人格面で問題があるとは……端的に言えば悪い人間とは思えません。ある程度の善性があり、私を軽んじず、自前の戦力があり、ある程度の大きさの組織との繋がりがありながらも自主性もある。私にとって都合が良いのです』


 筋は通っている……というか、納得できる部分はある。


 軍用の宇宙ステーション。運用思想で考えれば、それは要するに「前線基地」と「工場」を一纏めにしたものだ。AIはそれに管轄し指示を出す高官の代替となる。重要になるのは菊花が自律思考型AIである点と、菊花が「行動目的が無い」と発言した点だ。


 もし菊花がただの管理AIだったなら、まあ多少なりとも自身にできる範囲で修復や管理をしただろうが、それが終わればこの広い宇宙でただ次の命令を待つだけだったろう。しかしなまじ自律思考が出来るが為に、菊花は行動目的を求めるようになってしまった。


 削除されたデータの中には軍事機密である作戦行動のデータや目標等もあったろう。逆説的に言えばそれが無くなったというのは、人間に置き換えて考えればそれは「記憶喪失」と言うのだろう。人為的に消されたとなればなおタチが悪い。


 何のために修復するのか、何のために戦力を作るのか、何のために……何のために「生きる」のか。この広い宇宙で頼りとするデータ(記憶)も無くそれを考えるのが、どれだけ寂しいことか。


 そう考えれば憐憫の情だって抱く。


 しかし。しかしだ。


「……あまりに荷が重いな」


『ですよねぇ』


 自覚があったのか。いや、無いわけがないか。


 無論、このステーションを俺が……『フレッジリング』が自由に使えるとなればその恩恵は計り知れない。機体や艦の損耗や補給はここで済ませればいいし、新たな機体も調達に困らない。工廠を使って機体や艦を作って売り捌くことすら可能になる。運営に携わった経験の無い自分にだってこれだけ思い付くのだ、実際の活用法がどれだけあるかは想像も付かない。


 Sランク傭兵団には自前のステーションを建設し拠点として活用している者がいる、師匠もその一人だ。しかしそれはSランクとなるだけの実績と金を積み上げた者の特権だ。そんな物を偶然とはいえタダで手に入れること、そんな幸運を逃す手は無い。


 しかし現実問題、この菊花という存在は劇物だ。


 自律思考型AIの開発は国際法で禁止されている。当然菊花の存在は世界的に見て許されることではない。


 パーロンが国際法に違反している動かぬ証拠……どんな国でも欲しがるだろう。パーロンのことが邪魔だと思っている日米露は当然だし、小国がパーロンを強請るか取り入る為の材料にもなる。


 それにパーロンだってこのステーションが生きているのを知れば是が非でも消しに来る。国際法違反の物的証拠そのものだ。データ削除に加えて物理的に破壊したから現在も生きているとは思っていないと仮定したとしても、なんの拍子にバレるかわからない。或いは既に知られていて、部隊が差し向けられている可能性だってある。


 もしそうなったら……最悪、どこかの軍と全面戦争だと? ふざけている。そんなの、一傭兵団に手に負える状況じゃない。


 近隣宙域でデブリ拾いが盛況である以上、はいずれ必ずここの存在は露見する。そうなれば俺たちだけの秘密と言ってはいられない。


 メリットとデメリットが釣り合っていない。送ってもらうだけにしておいて、断るべきだ。


 命が助かっただけでも幸運中の幸運なんだ、欲をかくな。面倒を背負う必要は無い。


 俺の傭兵としての理性がそう告げている。きっとそれは正しいのだろう。



 ……わかっている。



"この親無し!"



 わかっている、はずなのに。



"ほっとけよ、あんなやつ"

"けっ、お高く留まりやがって"

"俺等なんか眼中に無いってか!?"



 孤独の苦しさを知っている。



"ソラルくん、一緒に行こ!"

"お前も新人だろ? どうだ、いっちょ俺と組まないかい?"



 差し伸べられる手の暖かさを知っている。



 菊花を一度でも、この宇宙で一人きりの存在として見てしまった俺には、このままハイサヨナラということは、出来そうにない。


 傭兵団団長としてのソラルと、一人の人間としてのソラル。


 時間にしてどれほどか、悩んだ末に。


「……俺は、フレッジリングの団長だ。俺一人の意見じゃ、決められない。もし帰れても、また顔を出す。だから……考えさせてくれ」


『はい。ありがとうございます』


 俺の口から出たのは、なんとも情けない保留の言葉だった。


『ともあれ。ひとまずはソラルが帰る方法に目処がつき、きちんと帰還を確認できるまで』


「ああ。よろし、く?」


 真横に小型ドローンが浮いて、右の作業用アームを差し出していることに気づいた。なるほど、そういうことか。


「よろしく頼む」


『こちらこそ、よろしくお願いします』


 アーム部分をしっかりと握って握手を交わす。こうして俺と自律思考型AIとの、長くも短い生活が始まったのだった。






後書き

第一章を無事に書き終えることができました

前話投稿翌日に100PVに到達しました

見つけてくれてありがとうございます

第二章のプロットを起こすので少しの間更新が止まります


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