第15話:広大

 噴水前のベンチに腰を下ろす。……しかし、話し相手が目の前にいないのに声だけが聞こえないのはなんだか違和感があるな。端末と文を介したやり取りをしている間は気にならなかったが。


『改めてですが、ソラルさんは『天麩羅』というステーションに戻ることが当面の目標であるということで間違いありませんか?』


「正確には『天麩羅』に繋がるならハイウェイや民間工場などどこでも構わない。だが概ねその認識で問題は無い」


『かしこまりました。そして、その目標に到達するための唯一にして最大の障害があります』


 頷く。この話は船内でも既にしている。


 宇宙は広い。広すぎる。なので、その全てを座標を付けて管理しているわけでは無い。基本的には単一もしくは距離の近しい複数の惑星や恒星を一括りにし、その周辺の一定範囲内を「〇星域」と指定し、後に数字を付けることでその星域を細分化しある程度正確な座標を表している。これが「宙域」だ。J-21なら、J星域の2番宙域1番区域。宇宙ステーションやコロニーといった人の出入りがある場所の場合そこからさらに後ろに数字を付けることでより正確な座標を記すことがある。宇宙ステーション『天麩羅』ならJ-2158214……と続く。


 ある場所からある場所……例えばR-47宙域からR-53宙域に浮かぶ遭難者を救助する為に移動したいとする。その場合はまずR星域の宙域図を開いて、R-5宙域を選択し誘導に従って移動する。R-5宙域に入り込んだらR-53を選択し移動する。そこまで来たらあとは救難信号を確認しその発信元に移動する、というのが基本の流れだ。


 まあ菊花は直線で来たらしいが。救難信号を拾ったり拠点として座標情報を登録してあるなどで目的地へ直接移動できるならそれでもいい。


 とにかく、今いるR-47宙域からJ-21宙域に移動するには、まずJ星域に行かなければならない。しかし、この星域間の移動が難しいのだ。


 当然のことながら、星系図に従ってこの場所からJ星域までまっすぐ進んでいけばそのうち着く。しかしそれは例えば民間の輸送艦などを使ってまっすぐ進んで行くには如何せん遠すぎる。百年単位の時間が必要になるだろうし、そこまでエネルギーも寿命も保たない。


 なので星域間の移動にはジャンプゲートやハイウェイを用いることが大前提となる。問題はこれをどう見つけるかだ。


 俺はあくまで日本圏を中心に活動していた為、中国圏やそこから外れたこの宙域のどこにジャンプゲートがあるかなんて知らない。日中間ハイウェイの『龍流』も利用したことが無いからR星域のどこから乗れるかも知らない。


 菊花もR星域図はデータとして所持しているものの、どの宙域に何があるかのデータは持っていないようだ。恐らく蓄積データを初期化したのだろう、データが残っていると偶然見つけた他者に利用される恐れがあるからまあ仕方ないか。


『正直なところ私には腹案がありません、如何せん世情に疎いもので。そちらはいかがですか?』


「無いわけではない」


『ほう』


 菊花が周辺の状況を知らないということを知って以降はその場合の帰還方法を考えていた。その為仮案はある。それに、この施設の規模を見て思いついたこともある。とりあえず伝えて相談してみないことには始まらないな。


「ではまず1つ目、元々考えていた案。R-53宙域へ戻る」


『と言いますと?』


 R-53宙域は合法非合法問わずデブリ拾いが盛んな地域だ。そこでR-53宙域周辺で定期的なサーチと交流信号の発信を行い、感知した艦に向かって移動し交流を図る。


 この広い宇宙では艦のトラブルは死に繫がる。なので普段からある程度友好的な態度を取っていないと、いざトラブルが発生したときに「あいつはあんなやつだから」と悪い評価が広まっていて見捨てられでもしたらたまらない。なので普通に仕事をしているような人間に当たれば、手持ちの宙域データの共有や案内をしてくれる可能性はある。


『なるほど、良い案に聞こえます。懸念があるのですか?』


 もちろんある。上で書いたのはあくまで良識的な人に当たった場合だ。俺が救難信号を出したときに危惧していたような破落戸に当たれば、まず間違いなく面倒な事態になる。


 こんな宇宙のド真ん中で交流信号をわざわざ発信するというのはなんらかのトラブルが発生したと宣言しているも同義だ。法外な対価を強請るとか襲い掛かってくるとかは想定できる。


「俺の機体は手首から先が無いため戦力にならない。その為、「ハズレ」に当たった場合を想定し、菊花に戦力……ようするに俺が乗る機体を用意してもらいたい。軍用宇宙ステーションなら、その手のデータがあると踏んでいるのだが」


『うーん、あるにはあります。設計図から新造となると30年前の骨董品になりますが。兵器のデータも新しめの物は消されているので、恐らく現代では役に立たないでしょう』


「そうか……」


 30年前のパーロン製軍用機……WN-9辺りと同年代か。宙族内でも第4世代のWN-12が普及している現在では性能不足は否めないな。流石に厳しいか。


『ただ、機体を用意するアテが無いわけではありません』

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