第11話:無人の船
「……無人、か」
扉を開けて輸送船のブリッジに入った俺を出迎えたのは、がらんとした人のいない空間。
空間スキャンにより、言っていた通り標準大気があることは確認できた。ひとまず、しばらく被っていたヘルメットを外して深呼吸する。
……緊張が解けたのか、どっと疲れが湧いてくる。運良くすぐに助けが来たとはいえ命がかかった極限状態であったことは確か。深呼吸で、改めて助かったことを脳が実感したか。
さて、この無人のブリッジ。助けてくれた人間がいたと仮定するなら……わざわざブリッジから隠れる必要があった、とかだろうか? 声を聞かせないように……理由が断定できる訳では無いが、メッセージによって連絡を取ろうとするくらいには直接的なコミュニケーションを避けている。例えば女性なので自身の身を守るためとか……そういう何かしらの理由で人前に顔を出せないというのが可能性としては無難か。
ピ、という通信音。出処は……ブリッジ備え付けの艦のメイン制御端末。寄って画面を見てみれば、俺の機体に出ていたのと同じようにモニターにメッセージが映されている。
『救難者の収容、及び各種扉のロックを確認しました。これより出発、及び牽引のテストを開始します』
そのメッセージを読み終わるとほぼ同時に艦が動き出す。見た感じ、動き出しは問題無さそうか。おそらくこちらも問題ないとは思うが、ワイヤーが途中で千切れないことを祈るばかりだ。
あとは……聞きたいことがいくつもある。
「改めて救助に感謝する。その上で、聞きたいことがあるため質問をしてもいいか」
『構いません』
すぐの返答。ならばありがたく聞かせてもらうとしよう。……いや。
「……では、休める場所、及び飲食の出来る場所が知りたい。一度休息を取り、改めていくつか質問をしたい」
『構いません。ブリッジに来るのに使った通路、エレベーターホールを挟んで反対側に船室があります。第一船室に食料と水及び開封用器具を置いてあります。お休みなどはその他の船室をお使いください。牽引に問題が発生した場合などはこちらからお声掛けいたします』
「了解した、感謝する」
ブリッジから出て通路を歩く。……ブリッジ、貨物管理室と外部ハッチにのみ繋がるエレベーターのあるホール、そして4つの船室、シャワールーム兼トイレ。この通路から繋がるのはそれしか無い。
船室を順に開けていく。言っていた通り、第一船室は食料と飲料水がそれぞれ箱に詰め込まれており、二と三と四は無人だ。
一応、貨物管理室にいる可能性はある。だが、その可能性は低いだろう。わざわざそんなことせずとも、船室を施錠すればいいだけだ。
(つまり、無人の船)
遠隔で動かしていることは少々考えにくい。もしそうだと仮定した場合、助けはしたが顔を見せたくないということになり、なるべく早く俺を手放すためこの船を使って安全な航路……例えば近くのハイウェイまで運ぶという説明が入るはずだ。わざわざ無人の船一つ使って連れ歩くメリットなんて無い。
となれば、ほぼ間違いない。
(自立思考型AIだ)
あの会話能力を考えれば、単純な作業用AIや戦闘用AIであるはずが無い。この船に乗っている容量だけでこれなら、おそらく相当な高性能。
(AIの歴史については疎いな……初等教育の宇宙史で習ったくらいだ)
AIについては一般人並みの知識くらいしか無い。
21世紀前半から巻き起こったAI旋風は、2080年代に旧中国で起きた暴走事件により収束。以降全世界で自律思考や自己進化や自律思考型のAIは開発が禁じられた。UUSEもそれは同じで、早くからAIの開発には制限をかけると公式で発表している。そのため日常のそこかしこに使用されてはいるものの、その全ては利便性の確保のためだ。
そうなるとここにいるのはどこかの国で極秘裏に開発されていた、とかになるが……。
(まあ、一応まだ確定したわけでもない。明日聞けるだけのことは聞こう)
食事と水を拝借する。一般的な保存食料であり、不審な点は無い。それが軍用であることを除けば。
気になることは多い。聞けるだけのことは聞き、そして必ず仲間の元へ帰らねば。
(クールな傭兵、いいなーかっこいい!)
ソラルと名乗った黒髪の傭兵は身体付きはそれなりにがっしりしているものの、顔つきにどこか幼さを残した青年だった。その割に受け答えは堂々としてたし貫禄があるように見えた。若くクールな凄腕、って感じ?
年齢と声はまあ、20歳くらいか? もしかしたら未来技術で見た目通りの年齢とは限らないし、あくまで見た目はだが。
見た目の通りの年齢だとするなら、結構すごい人なのでは? って感じがする。PMCの団長を名乗ってるし、自前の人型兵器に乗ってるほど稼いでるってことだ。もちろん兵器の相場なんかわからないが、流石に頭から足まで一式揃って戦闘機より安いなんてことは無いだろう。一応、団を名乗ってはいるが団員はいませんとかの可能性はあるけど。
まあまだ第一印象くらいしか無い。本格的な話をしないとわからないから、あんまり印象に引っ張られないようにしないとな。
行きと同じ時間がかかるならあと2日以上ある。話はいくらでもできるだろう。
それに、機体を牽引できたのも大きい。上手く事が運べば工廠で構造をスキャンすることで高性能な戦闘機をうちのステーションで量産ができるかもしれないという目論見があったが、それがなんと人型兵器とは。これは戦力になってくれそうである、パイロットを救出する隙に誰かに取られる心配が無くなったのは大きい。
……まあ、ヘルメット状の頭部といいゴツゴツとした装甲の作りといい、若干見た目が野暮ったい気はするが。量産機ならそういうもんでいいんだよって話もあるしな。
(しかし……ちょっとやってしまったな)
声のデータを入れ忘れたおかげで喋れない。一々テキストデータを見てもらうのは、面倒だしちょっと申し訳ないな。まあ代案無いんだけど。
あとは、くだらないことだけど。
(自分のキャラどうしよう……)
とりあえず敬語で押し切ったけど、素の口調で喋るとAIっぽくないかな……? この世界のAI技術がどうなってるのかもわからんし……。
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