第10話:帰還のために

「う……」


 意識が徐々に浮上する。寒く、朦朧とした虚ろな感覚。体温が低い……?


「……」


 徐々に体温が戻っていく、独特の感覚。朧気な意識。身体と脳がきちんと覚醒するまでには約2時間を要した。


(日付と時刻……あれから、4日ほどか)


 その間にスリープ前の記憶と記録を確認する。DDに飲み込まれ、推定R53宙域で一人になり、そして定期的な救難信号を出すように操作し、自身はコールドスリープ状態に移行した。うん、大丈夫だ。

 そして頭部レーダーに応答信号の反応が届いたのが3時間ほど前。そしてコールドスリープを解除し、覚醒。


 最悪そのまま死ぬという状況下だったのが、わずか4日で救助が来たのは望外の幸運と言えるだろう。しかも、自身がこうしてコクピットに残っている辺り破落戸ということも無さそうだ。


 モニターを点けると、すぐ前には輸送船……と思われる小型船からパイロット用のドッキングガイドが出ていた。これはようするに、こちらの機体から出て、あちらの船のパイロット用出入り口から船の内部に入ってくれという指示だ。


 ……判断に迷うところだ。確かこれはパーロンの軍用小型輸送船、ギアハルクの運用能力は無いはず。だからパイロットのみを救出したいという考えならいいのだ。


 ただ、悪い可能性というのはいくらだって出てくる。


 単純に空気や飲食料品を提供してくれるか、直接顔を見ておきたいだけか、他の仲間がいて機体を奪う気か、それとも中に招き寄せて俺だけ殺すつもりか。死から助けられた立場である以上、断る理由は無いのだが……。


 オープンチャンネルを開く。無警戒で乗り込むことだけは、一応避けておいたほうがいいだろう。


『あー、あー……こちらは傭兵ギルド所属PMC『フレッジリング』団長、及び同団で運用するギアハルク『ピアシングシャドウ』パイロット、ソラル・B・鷹野。救助活動に感謝します。応答を願います』


 とりあえずは、当たり触りの無いただの挨拶を送る。これで何が返ってくるかを見たいところだが……。


 少しの沈黙を挟み、返答はメッセージで帰ってきた。


『まずは無事で何よりです。何が必要かわからなかった為に食料と水、空気だけ用意しています。本船には戦闘機及びギアハルクの運用能力はありません。そのため、ひとまずパイロットのみ救出する目的で来ました。そちらに不都合がなければパイロットのみを救出しますが如何しますか?』


 ……騙す気の感じられないメッセージ。運用能力が無いのは艦の見た目でわかる。声を聞かせない点が気にはなるが、嘘なら判断をこちらに委ねる意味は無い。概ね信じていいだろう。こんなところまで無私の精神で助けに来るようなお人好しに見つかったのは、幸運にもほどがあるといったところか。


 だが、ギアハルクを置いていくのは避けたい。この辺りのデブリ採集が盛んである以上、この地点の座標を記録して後から取りに来たとして残っている保証は無い。乗ってからまだ一年程しか立っていないが、それでも愛機は愛機だ。他人に奪われる可能性はできる限り避けたい。


『飲食と空気を提供してくれるならこれほど助かることもそう無いため、是非お言葉に甘えたい。だが、機体を置いていくことは避けたい。こちらの機体には固定用のフック付きワイヤーが内蔵されている。それをそちらの船にひっかけ、キャリーしてもらうことは可能か』


『確実に出来るとは言いませんが、出来るなら運ぶことに問題はありません』


 ならばお言葉に甘えさせてもらおう。本来はロックオンして射出するものだが、流石に今回はまずい。腕で……そういえば機体の手首が取れていたんだった。


 仕方ない、これは自分でやるしか無いか。パイロットスーツの気密と動作を確認、機体内の大気を格納し、コクピットを解放。


 バックパックのバーニアを駆使し、格納からフックを取り出し輸送船へ近づく。恐らくコンテナを固定するためのジョイントがあるはずだが……。


(……ここと、この反対側なら固定できるか。小型のフックにして正解だったな)


 フレッジリングで使う輸送船にはちょっとした改造として、傘の裏の装甲を削って取っ手を付けている。主に射撃戦になった時に輸送船の前面装甲の裏に隠れて敵射撃をやり過ごしたり、装甲の裏に隠れて船を落とそうと近づいてきた敵機に奇襲を行う目的で作ったものだ。まあ自分たちの選んでいる仕事の危険度の都合、そういう用途で使ったことはまだほとんど無いのだが。


 そうした理由で付けられた取っ手を有効活用できないかと話を持ちかけたのは戦闘機隊を指揮する、フェザー1ことコウジだった。


 元々遠距離狙撃の腕がいいと訓練で言われていた俺は、「性に合う」と言って前衛を買って出たラークの後ろから白龍製のスナイパーライフルを用いて狙撃するツーマンセル戦術を取っていた。しかし現行のギアハルク用の武装はどれもまだ未発達であり、2発当ててようやく一般流通されている汎用戦闘機のシールドを剥がせる程度と少々威力的に物足りない部分があった。


 そこで巡洋艦に搭載される高射程高弾速の152mm多連装主砲のうち1門をギアハルクで射撃できるよう改造し、フックを船に引っ掛けコンテナに立つことで、強引に姿勢を固定して射撃することを可能にした。これのおかげで敵にかなりのプレッシャーを与えることができているし、撃墜率も飛躍的に上がっている。弾薬費がそれなりに高いこともあって外すプレッシャーがあるのが難点だが。


(懐かしい思い出だ、あれももう一年前か)


 フックの取り付け作業を行いながら思いを馳せる。……早く仲間の元に戻りたい。


 傭兵は、基本的に孤独だ。適性試験は知識こそ要求量は少ないもののかなり厳しく、個人で行われることもあって同期という存在はほぼいない。戦闘機1機渡されて放り出され、どう稼ぐかは自分で考える必要がある。聞けばサポートはしてもらえるが。


 大手傭兵団に属するのは難しい。大手は自分の身の程を知っているから積極的な人材募集はしない。基本はスカウト。新人がそれに引っかかることは無い。かといって、中規模の団が欲しているのは肥大化する団の地盤を固める下っ端だ。自由が少ない生き方を選ぶのは、行き詰まった小規模の団、もしくは単独傭兵のよくある末路だ。


 仲間を集めることも難しい。分け前が減るからだ。デビューしたての傭兵の大半は、儲けが減ることを嫌う傾向にある。それは全能感故だ。倍率の高い厳しい試験を乗り越え晴れてデビューした傭兵は、自分は特別なんだという自負が出る。


 デビューする直前、傭兵登録されてから3年以内に死亡する確率は約5割と聞かされる。しかしそれに自分は当てはまらない、そんな馬鹿な奴らとは違うと驕りながらデビューする者は多いようだ。そんな奴らが人と組もうなどと考えることはない。


 そんな中で、自分はかなり運がいいのだと思う。師匠から言わせればたまにいる「持っている人間」らしいが。デビューしてすぐに気のいいラークとコンビを組むことが出来て、命の危機を助けたという事情があったとはいえ8人もの仲間と機体、母船を手に入れることができた。


(ならばこそ、簡単に手放すことなんて出来ない)


 仲間は得難いもの。こんな事態になってしまったからといって、諦めることなど出来るはずがない。


 フックの固定、問題なし。あとは輸送船が牽引出来るかどうかだ。あとは……。


『固定が完了した。その上でだが、そちらの船に乗り移りたい。可能だろうか?』


『構いません。再度ドッキングガイドを表示します』


 ほぼノータイムの返信。ありがたくガイドに従って船体下部から船に乗り移る。


 こんな場所まで助けに来るようなお人好しであり、なのに顔も声も一切見せようとしない謎の人間。はたしてどんな顔をしてるんだろうな。

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