7話:一人

「ぐ、ぅ……」


 意識が浮上する。衝撃で打ったのかヘルメット越しの頭部やパイロットスーツ越しの節々に痛みがあるも、致命的な痛みはとりあえずは感じられない。半分無意識でスーツのメディカルシステムを起動するも、やはり異常は見受けられなかった。とりあえずは一安心といったところか。


 モニターに現在時刻と周囲の状況を映しながら記憶を振り返る。謎の反応の調査依頼を受領し指定宙域まで移動。突如発生した次元震に巻き込まれ、それと同時に発生した裂け目。そこからの引力に引かれるも、俺とラークで機体のブーストを全開にしてどうにかジェリフィッシュを逃がした。そこで機体の手首が千切れ、DDに飲み込まれた。


 よし、記憶も正常だ。通信用端末……はジェリフィッシュの中か。師匠からのメッセージは帰ってきているだろうか。ラークかユキが対応してくれているといいが。


(ジェリフィッシュは上手く安全圏へ脱出できただろうか……)


 おそらく大丈夫なはずだ。ピアシングシャドウの分の推力が無くなっても加速は既に終わっているから、安全圏へ抜けられるはず。あちらは心配いらない。


 あとは俺が戻るだけだ。


(それができればの話だが……というか、なんだこの宙域は?)


 モニターを見てみればデブリまみれだ。ここまでの規模のデブリ群は自然にできはしない、恐らくは大規模な戦闘があったのだろう。


(これは……パーロンの軍用艦船か? それにこっちは、確かパーロンの三世代型戦闘機?)


 これだけの軍用艦船や戦闘機の残骸が自然に集まるなんてことは考えにくい。ということは、おそらくスターリとパーロンの紛争の、それもかなりの激戦区。


 パーロン側の最前線といったところだろう。残骸の世代から見て、第三次スターリパーロン紛争。大体R-53の辺りだろうか。


(朗報半分、悲報半分といったところか……)


 朗報なのは、第三次スターリパーロン紛争跡のR-53やR-57宙域は民間デブリ拾いが盛んで、距離はともかく宙域へ多少なりとも人の入りが見込めるところだ。


 悲報なのは、その半分以上は宙賊を初めとした非合法な集団であることだ。その手の輩に先に見つかれば、機体を奪われるも傘下には入れてもらえるくらいで上出来、基本的にはパイロットは殺されて終わりだ。


 そもそもいくらR-53宙域といっても、このデブリの量を見るに恐らくはまだほとんど手付かずの奥まった宙域だ。どこの誰とも知らない救難信号を拾って、わざわざデブリを掻き分けてこんなところまで助けに来るような物好きがはたしているかどうか……。


 最寄りのステーションというのも無理だ。元紛争宙域ということもあって民間のステーションは近くに無いはずで、スターリとパーロンの軍用ステーションは、所属が日本である民間機の受け入れはしていない。そもそも今の戦闘はR-67宙域周辺が中心で、この周囲の軍用ステーションは稼働しているかどうかも怪しい。稼働していたとして、全力のブーストをした後のこの機体の残エネルギーでは辿り着くことは不可能だ。


 広域救難信号を出して、天に運を任せるしか無い、か……。


(死ぬのは、嫌だな)


 そうだ。このままでは、俺は死ぬだろう。デブリに囲まれ、やがて一人で死に、デブリの仲間入りだ。


 そんな死に方はごめんだ。だが、自分ではどうすることもできない。救難信号を拾ってくれることを祈るしかない。


(諦めてたまるか)


 諦めるのは死んだ後でいい。広域救難信号を2時間に1回に設定。救難信号発信の1分後に自動で省電力モードになるように設定。背部レーダーもOFF。


 あとは酸素の節約用にコールドスリープモードをONにし、頭部内蔵レーダーに反応が引っかかった時に省電力モードとコールドスリープモードを切るように設定。これでやれることは全てやった。


 機体内の酸素が尽きるまでは……凡そ20日。あとは俺の運次第。


 気分はブラックホークだな。『ブラックホークの冒険』は漂流した彼とその愛機が、運良く民間船に拾われるところから物語が始まる……。


 これで俺が助かったら、新たな物語の始まりってことか。憧れのブラックホークと同じ立場になったのは、光栄というべきか?


(まあ、全ては助かってからだ……)


 コールドスリープモードをONにする。はたしてこれが俺の永遠の眠りとなるか、次に繋がるか……。

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