6話:DD
結局美味い依頼は見つからず、その日は解散となった。まあ俺たち以外の傭兵だってたくさんいる以上、そんなに簡単に美味しい依頼が転がっているわけもない。
そうなるとそろそろ本格的に、部下のパイロットを単独で依頼に向かわせるなども考える時期になってきているのだろうか。貧民層あがりで傭兵になって、そこからなんだかんだで3年。ほとんどを1パイロットとして、リーダーとなってもあくまで仲間は仲間として動いてきた。
人を「使う」、そんなやり方は知らない。どう教わるのかも、考えたことは無かった。
「……わからないことは人に聞け、だ」
傭兵としての師匠。傭兵としてデビューして間もない雛だった俺に目をかけてくれた恩人。そして数少ないAランク傭兵団の団長。話を聞くにはもってこいだろう。
今は確か、吾妻重工所有の宇宙ステーションの建築に携わっているはず。ステーションの建造……考えたことも無かったが、どれだけの金がただ一つの傭兵団に支払われるんだろうか。たくさんの部下を持つ傭兵団の仕事ってのは、そういう物のことをいうのだろうか……。
そうと決まれば、さっそくメッセージを入れておこう。とはいえあっちも忙しいだろうし、そもそも俺のことなんて覚えてないかもしれない……返事が返ってこなくても仕方ないがダメで元々だ。その間は……まあ、依頼を熟すとしよう。なんにしても日銭は必要だ。
数日依頼端末と睨み合い、引き受けたのは貼り出されて間もないとある宙域の調査任務だ。この依頼が貼り出される2日前に前兆無く中規模の次元震が発生したため、近くの小惑星帯及び空間を調査しろとのことだった。
宇宙怪獣の前兆である可能性があるため一定以上の戦力を保持している傭兵団のみ受注が許可されており、その分報酬の割が良いため受けることにした。実際のところ、次元震があった=宇宙怪獣と必ず遭遇するではない。無関係の次元震である可能性も高いし、仮に怪獣に遭遇したとしてもその場で即座に戦闘を求められる事態はほぼ無い。求められるのは貸与された機器による指定宙域の調査であり、何も出てこなければ戦闘にはなり得ない。出てきたとして、あくまでも依頼の内容としては記録を持ち帰ることであり、戦闘しなければならないわけでは無い。
「まもなくR-121宙域です」
「了解。巡行モードを切って徐々に減速し1845に宙域内で完全静止し起動準備。2000に一回目の装置起動、以降12時間ごとに再度装置起動。8回の装置起動を以て任務を完了とする。
各起動15分前に各パイロットは機体に乗って待機。以上」
「了解です!」
よって、基本的には美味しい依頼であるとされている。
『装置起動7回目行きます』
「各機出撃準備は」
『完了してます』
「よし。装置起動せよ」
『装置起動!』
『…………反応あり!?』
『この反応は……』
『次元震来ます!』
「衝撃に備えろ!」
『くうっ!』
『なんだ!?』
こういう事故が起きる危険性を加味しなければ。
「こいつは!?」
『DDだ! こんな近くに!?』
『引っ張られる!』
『反重力装置起動、艦内コントロール正常化!』
「回頭!離脱しろ!」
『巡航モード起動! 早く!』
約1600m先、突如開いた次元の裂け目。そこから発生した引力に艦が引っ張られる。
DD……Dimension Distortion。その名の通り次元の歪みである「裂け目」。
簡潔に言えば、宇宙のどこかとどこかの二点を繋ぐトンネルの入口と出口だ。Aから入ればBから出てくる。逆も然り。問題はそれがいつどこに発生して、どこに繋がっているかが事前に予測できないところだ。
次元震と共に発生しやすいことが確認されているものの絶対条件ではなく、全く関係ないところにポツンと口を開けていることだってある。今回は不運なことに、たまたまクローバーの近くに裂け目が開いてしまったのだ。
ブリッジとの通信からは機器の悲鳴じみたブザーが流れている。全力で離脱しようとはしているようだが……如何せん距離が近すぎる。DDの安全圏は凡そ4000mとされている。十分な加速を得て安全圏に入る程の速度を得る前に飲み込まれるだろう。なら……。
「戦闘機、各機発進させろ!」
『この状況下で!?』
「フェザー隊のブースターは単独で引力圏内から脱出できる! 艦を軽くするんだ!」
『了解! 各機発進し即座にブーストモードでDDの引力圏内から離脱せよ!』
『フェザー1了解!』『フェザー2了解だぁ!』『フェザー3、了解です!』『フェザー4、発進します』
飛ばした指示に返答が入り、次いでフェザー隊がコールと共に飛び立つ。フェザー隊の機体は全機戦闘用ブースター、燃費は少し悪いが瞬間的な推力は高い。
その見込み通り、引力に引かれる中で起動したブーストモードで急加速し引力圏内から脱した。これで戦闘機4機分軽くなった。これなら……。
『フェザーチーム、安全圏へ到達!』
「クローバーは!?」
『だめです、まだ……!』
それでも足りないか。むしろこの大推力のエンジンだからこそこの程度で済んでいると見るべきか。欲しいのは追加の推力か軽量化……俺の機体は白龍の第一世代型ブースター、単独では脱せない。なら……。
「ピアシングシャドウも出る! 傘を掴んでブースターを全開にし艦を押す!」
『そんな、危険です!』
「危険なのは今だってそうだ! 賭ける価値はある!」
『おもしれぇ、乗った! アラシも出るぜ!』
『副団長まで!』
『絶対艦首を離さないでくださいよ!』
格納コンテナから飛び出し艦首裏のグリップを掴む。本来は敵の攻撃から身を隠すために改造で取り付けたものだが、こんな役に立つとは思いもしなかった。
「ラーク、同時に行くぞ! 3カウントを!」
『おうとも! 3、2、1!』
ラークの乗るアラシと俺のピアシングシャドウが同時にブーストモードを起動する。強大な引力とブースターの全力稼働によりモニターに警告メッセージが並ぶが無視してブーストを続けていれば、やがて艦は静止し、そして正面に向けて加速を始めた。
あとは艦が安全圏まで加速を続けるだけ、これで一安心だ。
そう油断したのが悪かったのか。いや、油断していなくても防げたものでは無いか。
「っ、なん、だ!?」
『団長!?』
『ピアシングシャドウが!』
異音と共にモニターから機体が制御できずに揺れ、引力に引かれ艦から急速に離れていく。赤く点滅する警告メッセージ欄に追加で映し出された文言。
「腕部関節破損!?」
引力とそれに逆らうブーストに耐え切れず、手首部分の関節がもげたのか。反動で姿勢制御も儘ならずDDに引き込まれていく。これは……助からない。
『ソラル! 今助けに!』
「来るなラーク! 皆を頼む!」
『ふざけんな! 団長はお前だろう!』
「いない間団を頼む! 必ず戻る!」
『ソラルッ!』
『団長!』
DDに飲み込まれて帰還した例は数少ない。だが例が無いわけでは無い。どこに繋がっているのかもわからない次元の穴……自身の運を信じる他無いが、必ず天麩羅へ、フレッジリングへ帰還してみせる。
『『団長ー-----ッ!』』
仲間からの通信が届くとほぼ同時、機体ごと裂け目に飲み込まれ、巨大な揺れと共に俺の意識は途絶えた。
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