§028 鑑定魔法


「え?! 鑑定ビジョンが失われし魔法?!」


 私はハルトの言葉に思わず感嘆の声を上げてしまいました。


 それもそのはずです。

 ハルトの話だと、私の得意魔法である鑑定ビジョンは遥か300年前に失われた魔法だと言うのですから。


「正確にはその鑑定魔法を含めて付与魔法エンチャントと呼ばれる魔法の全てがな」


「じょ、冗談ですよね? ハルトが魔法に詳しくないから知らないだけでは?」


「いや、それはない。実は俺も昔、付与魔法エンチャントについては調べたことがあるんだ。自分の剣に魔力を付与できないかと思って。でも、どんなに探しても『失われた古代の魔法』という情報以外は見つけることができなかった」


「……そうなんですね」


 最初はハルトがいつもの冗談を言っているのかと思いましたが、冗談にしてはネタがシュールすぎますし、こんなことで冗談をいう理由がないですもんね。


 となると、本当にこの時代には付与魔法エンチャントは存在しないと考えた方がいいかもしれません。


 正直なところ、私の価値観では付与魔法エンチャントが存在しない世界など想像できませんでした。


 確かに300年前でも付与魔法エンチャントを使える魔導士は多くはありませんでした。

 しかし、街には少なくとも一人は付与魔導士がいて、武器や防具への魔法の付与を行っていたものです。

 でも、今思い返せば、ドアルゴの街にそんな店は無かったような気がしますね……。

 それが全て存在していないなんて。


 魔女のローブの件といい、貨幣価値の件といい、私の常識は今の世界では全く通用しないことを痛感させられます。

 どうやら300年という月日は、私が想像している以上に物事が変革するのに十分な時間のようです。


付与魔法エンチャントが無いどころか、鑑定ビジョンも無いなんて不便な世の中ですね」


 そこまで言って先ほどハルトが私の前に置いたキノコの存在を思い出しました。


「……まさか」


 私はあることに気付いてしまい、ハッと肩を揺らします。

 そんな私を見て、ハルトは愉快げにニヤリと笑いました。


「も、もしかして私の神聖な鑑定ビジョンを毒キノコを見分けるために使うつもりですか?」


「そのとおり!」


 ハルトは満面の笑みを浮かべます。


「嫌ですよ。鑑定ビジョンは相手のステータスから装備に至るまで知ることのできる上級魔法ですよ? 何でキノコの仕分けなんかに使わないといけないのですか。そんなの農家の人にやってもらってくださいよ」


 げんなりとした表情を見せる私。

 しかし、ハルトはこれでもかと食い下がってきます。


「まあ、キノコはほんの一例だよ。でも、ラフィーネ。よ~く考えてみろよ? 今の時代で、付与魔法エンチャントを使えるのはお前だけなんだ。それを活かさない手はないだろ?」


「……というと?」


「ちょっと待て」


 そう言ってハルトは枝を一本取ると、地面に文字を書き始めました。


 □武器への魔力の付与⇒現代では用いられていない

 □魔石の生成⇒錬金術師

 □レベルの確認⇒神官

 □キノコの仕分け⇒プロの採集家


「今の時代、ラフィーネの魔法でできることを皆で分業でやってるのが実情なんだ。これをラフィーネは一人で全てできるんだぞ? これで俺達も貧乏生活とはおさらばだな」


「ハルト、随分と悪い顔になってますよ……」


 とは言ったものの、ハルトの提案はとても現実的なものでした。

 具体的にどのようにお金儲けにつなげるのかは門外漢すぎるためにわかりませんが、私の魔法が現代世界では稀有なものであり、それを活かすことができれば無限の可能性があることはハルトの説明で十二分に理解できました。


 それに正直なところ、私はハルトのお荷物でしかありませんでした。

 レベルも低くく、金食い虫で、野営の準備もできず、魔物に襲われ、挙句、大食い。

 ああ、自分で言ってて悲しくなってきます。


 でも、そんな私がやっとハルトに報いることができるチャンスなのです。

 私の魔法でこのパーティの財政状況が少しでも好転するのであれば、若干プライドに反する部分はありますが、喜んでその提案を受け入れましょう。


「わかりました。私は商売事は得意ではないのでそういうものはハルトに任せますが、私の魔法が役立てることができるのであればその提案に乗りましょう。キノコの仕分けも……頑張ってしますよ。その代わり……」


 そう言って私は自分の目に鑑定ビジョンを纏わせ、十字の模様がついたキノコを一株取ります。


「私に美味しいを食べさせてくださいね」


 私はそう言って無邪気に微笑みました。


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