§026 新たな目標

「気にしてたんだろ? 自分が『魔女』の頃のように魔法を使えないことを」


「え、どうしてそれを」


 ハルトの私の心を見透かした言葉に私は思わず目を見開きます。


「お前が最初に収納魔法を使った時から違和感があったんだよ。いつもなら調子乗って自慢してきそうなのに妙にしおらしかったから。ラフィーネは顔に出やすいからな」


 ハルトはそう言って茶化すように軽く笑いましたが、どこか表情は物憂げです。


 ただ、ハルトのその表情の意味が私には何となくわかりました。

 ハルトはやはり私の『魔女の力』を奪ってしまったことを心のどこかで気にしているのです。


 私が顔に出やすいタイプなのは否定しませんが、さすがにここまで完璧に言い当てられてしまうのは行き過ぎです。

 おそらくハルトは自身に責任の一端があると思っていたからこそ、私の感情の機微の変化にも気付くことができたのでしょう。


 確かに私は『魔女の力』が無くなったがゆえに、今、悩み、苦悩しています。

 しかし、それがハルトの責任かどうかは全く別の話です。


 私はハルトを責めるつもりはありません。

 それでもやはりこの感情を隠すことはもはやできそうにありません。

 私は観念したように、ハルトに今の気持ちを打ち明けます。


「ハルトは本当に感情の機微を読み取るのがうまいですね……。そうです、ハルトの言う通り、私は現状を素直に受け入れることができていません。こういうのをラチェット効果っていうんですかね。『魔女』の魔法を一度体感してしまうと、『普通』の魔法の感覚に戻ることができないのです。どうしても見劣りしてしまうというか、自分の魔法の再現性に満足できなくてダメなんです。これは私の感情の問題ですので、別にハルトを責めるつもりは全くないのです。ですが、このままだと私、自分の魔法が嫌いになってしまいそうで……怖いんです……」


「ラフィーネが魔法を嫌いに?」


「……はい。もう既に少しだけ嫌いになってきています」


 私は重い雰囲気で弱音を口にします。

 しかし、どうしたことでしょう。

 ハルトは私の言葉を聞いた途端、大声で笑い始めたのです。


「あはは、さすがにそれは冗談だろ」


「ど、どうして笑うんですか。私、今結構真剣に話してますよ?」


 そんな語気を強める私にハルトも笑いを収めますが、口元は未だに綻んでいます。

 本当に何なんですか、この人は。


「悪い悪い。でも、ラフィーネが魔法を嫌いなんてことは絶対にないだろと思ってさ?」


「なんでそんなこと言えるんですか」


 私はムッとしてハルトに鋭い目つきを飛ばします。


「いやさ、ラフィーネは魔法の話をしている時が一番楽しそうだから」


「え、」


「さっきの付与魔法の話だよ。お前はちょっとしゃべりすぎちゃいました~ぐらいの感覚かもしれないけど、俺がどれだけの時間、お前の話に付き合ってたかわかるか?」


「……20分くらい……ですか?」


「1時間だよ。俺が肉の解体作業を終わらせて、食材の仕込みやら何やらをしている間、お前はず~っと『付与魔法』についてしゃべり通しだったんだからな。おかげで魔法に造詣が深くない俺ですら、そこら辺の魔導士より付与魔法に詳しくなっちまったわ」


「そ、それは別に魔法が好きだからじゃなくて……癖というか何というか……私は魔法以外何もできないから……人一倍、魔法を勉強してきただけであって……知識だけはそれなりにあるから……」


「じゃあ聞くけど、お前が魔法を好きになったのは『魔女』になってからなのか?」


「それは……違います」


「じゃあ、自分の魔法が最強だったからか?」


「……違います」


「自分がありとあらゆる魔法を使いこなすことができたからか?」


「違います!」


 そこまで言って私はハッと肩を揺らしました。


「そういうことだ、ラフィーネ。お前が好きなのは決して『魔女の力』じゃない。が好きなんだよ。それにお前、さっき自分で言ってたぞ。魔法とはいかに構成を美しくするか、魔法とはいかに詠唱を短くするか、魔法とはいかに魔力を綺麗に流すか、とはいかに鍛錬を積むか……だって。決して、強い魔法が使えるからとは言っていなかった」


「それはそうかもしれないですが、でも……やっぱり強くないと……」


「強さというのはそういう基礎の先にあるものなんじゃないのか? 過去のお前はそれを実践していたからこそ、レベル1であの威力の魔法が出せたんだ」


「…………」


「お前はあの絶体絶命の中、自ら立ち上がり、自ら考え、自ら敵を倒した。それに何を卑下する必要がある。もっと自分の実力を誇れ。ファングウルフに襲われている時のお前は立派な魔導士だったよ。それに……もし、ラフィーネが自分の魔法に納得がいってないとしても、俺はあの時のお前の魔法は……とても美しいと思った」


 私の魔法が美しい……。


 その言葉に私は静かに目を閉じます。


 そうだ。あの時は必死だったから考える余裕なんてなかったけど、今だから思い出せる。


 あの瞬間だけは私は自分の魔法を疑わなかった。

 私は自分の魔法に誇りを持っていた。

 そして、何よりも私の身体は確かに付与魔法エンチャントを覚えていた。


 私が魔女になる前、何千・何万と使った私という魔導士を象徴する魔法。

 いかに構成を美しく、いかに詠唱を短く、いかに魔力を綺麗に流すかを考えて練り上げた


 だから他の魔法と違ってレベル1なのにあれだけの威力が出せたんだ。


 魔法とは鍛錬を重ねて、試行錯誤するほどに強くなる。


 私は『魔女の力』を手に入れて、そんな当たり前のことをいつしか忘れてしまっていたんだ……。


 私はハルトの言葉を一つ一つ咀嚼しつつ、ゆっくりと目を開けると、自らの手の平を見つめます。


「……ハルト。どうやら私はまたしてもとても大切なことを忘れていたようです。ハルトはそれを思い出させてくれました。本当に私はハルトに助けられてばかりのようです」


 そう言って私は見つめていた手をギュッと握りしめると、そのまま胸に当てます。


「私は『魔女の力』を知ってしまった以上、やはり先ほど程度の魔法では満足できそうにありません。でも……自分の魔法を卑下するのはやめようと思います」


「…………」


「それはハルトの言葉でとは何たるかを思い出したからです。『魔導』とは鍛錬を重ね、更なる高みを目指して試行錯誤を繰り返すもの。今の魔法に納得がいかないなら、納得のいく魔法を創り上げればいいのです」


 そこで私は伏せていた目をスッと上げます。


「私は今ここに一つの目標を掲げようと思います。ハルト……聞いてもらえますか? 私はもう随分と長い間、自堕落な生活を続けてきたので、こうやって誰かに聞いてもらわないとどうしてもサボってしまいそうで……」


「ああ、聞かせてくれ」


 ハルトは静かに頷きます。


「ありがとうございます。私は……『私の魔法』で『魔女の力』を超えます。確かにまだレベル1の駆け出し魔導士ですが、初心にかえり、魔法の勉強を絶やさず、日々研鑽に励み、『魔女・ラフィーネ』ではなく、『世界最強の魔導士・ラフィーネ』としてその名を世界に轟かせてみせます。そう、世界を回り終えるその日までに」


 ここまで言ったところで、さすがに自分の目標が分不相応なのではないかと、急に気恥ずかしさがこみ上げてきました。


「……って最近は目標を多く打ち立てすぎですかね。世界を回る、記憶を辿る、最強に至る。さすがに欲張りすぎでしょうか」


 しかし、そんな尻込みをする私に、ハルトは首を横に振ります。


「いや、いいんじゃないのか。それが『生きる』ってことだ。目標も何もなくただ死を待つ人生より百倍いい。それにお前は魔導士であると同時にだ。冒険者は、旅をして、鍛錬を積み、更なる高みを目指すもの。ラフィーネはこれから魔法のレベルを上げ、新たな魔法を覚え、場合によっては新たな魔法を生み出すかもしれない。そんな冒険者ライフは……最初から全ての魔法が使えるチート魔女ライフなんかよりもよっぽど胸躍ると思わないか?」


 そう言ってハルトはニヤリと笑います。


「はい!」


 私もそんなハルトに満面の笑みで答えます。

 自分で言うのもなんですが、私の声はまるで憑き物が取れたかのように晴れ晴れとしたものでした。


 明日にはおそらくペトラ鉱山に着きます。

 そうしたら、自ずと魔物との交戦もあるでしょう。


 けれど、私は今日のように自分の命を諦めたりしません。

 もちろん、魔法を出し惜しんだりするつもりは毛頭ありません。


 だって、私は魔法が大好きなのですから。


 私は空を仰ぎます。

 遥かなる蒼天はまるで今の私の心を表しているかのように、雲一つない満天の星空でした。


「よし! じゃあそろそろ飯にするか! お腹すいただろ!」


「はい! ぺこぺこです!」


 そうしてハルトはぐつぐつと煮えた鍋の蓋を勢いよく開けたのでした。





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