§025 付与魔法
ファングウルフとの戦闘を終えた私達は再び野営地に戻っていました。
ハルトは戻るや否や、自ら狩ってきたジャイアントボアと先ほどの戦闘で仕留めたファングウルフの血抜きを行うために、川へと入っていきました。
私はそんなハルトを川原に屈んでボーっと見つめます。
ハルトな慣れた手つきで魔物の頸動脈を切り、次第に澄んだ川が下流にかけて赤く染まります。
そんなの陸でやればいいじゃないかと思いましたが、川で血抜きを行うと、血が流れ出るのも早く、また、肉の温度も低温に保てるので、地上で血抜きしたときよりも美味しいお肉を取ることができるのだとか。
私はこう見えて野営スキルに興味がありましたので、普段の私なら、ハルトの血抜き作業をまさに食い入るように見ていたものと思います。
しかし、今の私はご存じのとおり、上の空。
なぜなら、私の頭の中は先ほどの戦闘のことでいっぱいになっていたからです。
私の脳裏にこびりついているのは、焼けた焦土の匂いと爆散したファングウルフの断末魔。
私が発動した魔法――
自身の身体や装備品に魔法を付与してその性能を一時的に向上させる補助魔法の一種です。
確かに――
そのため、補助魔法でありながら、攻撃魔法の側面を有していることは否定しません。
でも……それでもです。
まさかあんな大惨事になるとは思わないじゃないですか。
だって私のレベル知ってます?
レベル1ですよ、レベル1。
最底辺の中の最底辺。最弱の最弱。
そんな塵芥のゴミ屑同然の存在のはずなのに……私の魔法によってファングウルフ2頭は魂の欠片も残らないウェルダン焼きになってしまいました。
確かに命の危機でしたので助かったといえばそのとおりなのですが、私はどうにも自分が規格外の存在な気がしてなりませんでした。
私は本当にもう『魔女』ではないのでしょうか……?
そんな一抹の不安を抱える私に、血抜きを終えて、肉の切断作業に入るべく、川から上がってきたハルトが声をかけてきます。
「そんなところに座ってないでテントで休んだらどうだ、爆弾女」
優しい言葉と優しくない言葉のダブルパンチ。
そんな相矛盾する言葉を投げかけられて、私の頭は更に混迷を極めます。
「うるさいです。私だって気にしているんですから、もう少し優しい言葉をかけてください」
私は拗ねたように口をすぼめながら言います。
そんな私を見たハルトは「はぁ」と溜め息をつくと、取り繕うような笑みを浮かべて言います。
「俺はあの魔法、素直にすごいと思ったぞ。相手を爆散させる魔法……かな?」
「違います。あれは――
「ん? いま何て?」
「?? だから
「
「……??」
私の言葉を聞いたハルトがなぜか驚きの表情を見せます。
でも、私には何を驚いているのかがわかりませんでした。
誰でも使えるかというと確かに『適性』は必要ですが、適性さえあれば赤子でも使える簡単な魔法です。
300年前は武器や防具に
ああ、もしかして私があのタイミングで攻撃魔法ではなく、補助魔法である
確かにその疑問はもっともです。
攻撃魔法を瞬時に発動できる魔導士ならその方が合理的でしょう。
それでも私は攻撃魔法ではなく、
それにはちゃんと理由がありました。
「実は私、攻撃魔法が得意じゃないんですよね。『魔女』になってからは全ての魔法を使うことができたため忘れていましたが、私は魔女になる前は『付与魔導士』をしていたんです」
「付与魔導士?」
しかし、ハルトは知らないようで頭に疑問符を浮かべながら首を傾げます。
あれ? 今の時代は付与魔導士の人はあんまり多くないのでしょうか?
まあ、300年前でさえマイナーといえばマイナーな職業でしたし、魔法に詳しくないハルトが知らないのは当然かもしれないですね。
ハルトはどうやら「付与魔導士」に少なからず興味がある様子。
身体こそ肉の解体作業に向いていますが、意識は完全にこちらに向いていました。
他人のことにはわりと無頓着なハルトです。
そんなハルトがどういうわけか「付与魔導士」という言葉に興味を示してくれました。
この反応がなぜか自分が認められたかのように嬉しくて。
私はコホンと咳払いをすると、付与魔導士についての説明を始めます。
「付与魔導士とは、簡単に言うと、武器や身体に魔法を付与してその効用を高める『付与魔法』という分類の魔法を得意とする魔導士のことです。……って、あ」
私は大変なことに気付いてしまいました。
説明すると大見得切っておきながら、私の要約が完璧すぎたがゆえに、一瞬で説明が終わってしまったのです。
けれど、これではあまりに格好がつかないので、例を挙げながら補足説明を行います。
「例えば、さっき私が使った――
なんだか魔法の話をしていると、我を忘れて、自身がどんどん饒舌になっていくのを感じます。
こういうところはやっぱり自分は魔導士なんだなと実感する瞬間です。
ハルトが真剣に聞いてくれるのをいいことに、私は思う存分、付与魔法についてしゃべり続けました。
「
「自慢じゃないですが
「実は運命の塔で使った――
「あ、その顔は
「魔力の流れを操作する都合上、自身と接している面積が多いものの方が
「という感じで私は攻撃魔法があまり得意じゃなかったこともあり、剣に魔法を付与して戦うスタイルを確立したのでした。だって
「なぁ、ラフィーネ」
はっ、私は一体どれくらい一人でしゃべり続けていたのでしょうか。
突如として投げかけられたハルトの声に私はハッと我に返ります。
同時に辺りをきょろきょろと見回すと、気付けば、私は肉の解体作業を行っていた川原から、テントの前へと移動していました。
目の前には焚き火と、準備万端とばかりにぐつぐつと煮えたぎった鍋。
どうやら私は完全に我を失っていたようです。
「すみません。調子乗って話過ぎてしまいました」
私は頬杖をついて焚き火をパチパチとつついているハルトに頭を下げます。
「いや、俺は面白い話も聞けたし別に構わないよ。それより、ラフィーネにとっていい気分転換になったんじゃないのか?」
「気分転換? 何のです?」
私は焚き火越しのハルトを見つめながら小首を傾げます。
「気にしてたんだろ? 自分が『魔女』の頃のように魔法を使えないことを」
「え、」
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