§021 仲間
もうどれくらい歩いたでしょうか。
昼に出発して今はもう夕暮れ。
かれこれ5時間は歩き詰めな気がします。
体力に自信がないわけではないですが、さすがに少し疲れましたね。
私は額の汗を拭うと、前を歩くハルトの背中に問いかけます。
「ペトラ鉱山まであとどれくらいですか?」
「ん? どうした? 疲れたか?」
私はペトラ鉱山までの距離を聞いたはずでした。
けれどハルトから返ってきたのは私の身体を気遣う言葉。
ハルトは私の顔を一瞥して、即座に私の内心を看破したようです。
最近彼を超能力者でしょうかと思う瞬間が多い気がしますが、きっとそれだけ私の顔に疲れが出ていたのですね。
これは誤魔化しても無駄だと悟りましたので、素直に白状することにします。
「そうですね。さすがに初日ということもあって、少しだけ疲れが出ています」
「そうか。気付かなくて悪かった」
ハルトはそう言うと少し考える素振りを見せます。
「このペースだと今日中にペトラ鉱山に着くのは厳しいと思う。悪いが、今日のところは野営だな」
……野営。
そのあまり耳慣れない言葉に、私の心は大きく跳ねました。
ハルトが「悪いが」と言っていることからもわかるように、野営は普通の人からすれば、あまり好ましいものではないのでしょう。
そりゃそうですよね、誰だって安全なベッドで寝たいですし。
しかし、この300年間、毎日変わり映えなく、ふかふかなベッドで寝起きしていた私です。
そんな健康優良児である私が、外で、しかも、まだ知り合って間もない殿方と一緒に一夜を過ごす。
こんな非日常的なシチュエーションに心が躍らないわけがないじゃないですか。
私は高鳴る胸の鼓動を抑えきれませんでしたが、ただ、野営で喜ぶ乙女というのもどうかと思うので、私はハルトに気取られないよう、平静を装ってしゃべります。
「別に私は野営でも全然構いませんよ。というかそんなに気を遣わないでください。私も魔女になる前は冒険者をしていたのです。野営の1日や2日、普通にしていましたよ」
「え? ラフィーネって冒険者だったのか?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ?」
「初耳だよ」
どうやら私がかつて冒険者だったのが意外だったようですね。
ハルトは今日一番の驚きを見せて足を止めました。
「こう見えて300年前は仲間とともに世界を旅してたんですよ」
「マジか。お前が冒険者やってたなんて全然想像できないんだが。よくその感じで生きてこれたな」
「失礼ですね。私達のパーティはそれなりに名前も売れていたんですよ。優秀な冒険者と美少女のパーティって」
「ああ、優秀な冒険者+美少女ね。それなら納得だわ」
「(コホン)。本当に失礼な方ですね。私も昔はそれなりに強かったんです。仲間が優秀だったことは否定しませんが」
そこまで言って、私はほんのり目を細めると、新緑から覗く空を見上げます。
「……まあ……もうみんな死んでしまいましたけどね」
別に深い意味があって口にした言葉ではありませんでした。
当然悲しいと思ったわけではありませんし、仲間にまた会えたらなと思ったわけでもありません。
単純に、あの頃が懐かしいな……と思った程度。
ただ、ハルトが押し黙ってしまったのを見て、私の言葉があらぬ誤解を招いていることに気付きました。
「す、すみません! 特に深い意味があって言ったことじゃないんです!」
私は慌ててハルトに弁解します。
「いや、こちらこそなんか……すまん」
しかし、ハルトはすぐさま謝罪を口にしました。
普段おちゃらけているハルトです。
そんな彼に気を遣わせてしまったことが申し訳なくてたまりませんでした。
「謝らないでください。ただ、昔のことを少し思い出しただけなのですから。それに、そんなことでいちいち謝っていたら、私が昔話をするたびにハルトは私に謝らなければならなくなりますよ」
……そうです。
魔女になった私以外、もうあの頃の人間で生きている人はいません。
それが自然の理であり定め。
そして、それを受け入れているからこそ、私は『魔女』なのです。
そんなことでいちいち謝られていたら私の精神がもちません。
でも、この感覚が理解できない気持ちもわかるのです。
人間とは生を慈しみ、死を悼むものです。
かつての私がそうだったように。
ただ……私はハルトにはそんなことで気を遣ってほしくはありませんでした。
ハルトにはいつもの笑顔のままでいてほしい。
素直にそう思っていました。
そのため、私は「全然気にしていないよ」と伝えるために、ほんのりと笑顔を浮かべてみせます。
しかし、ハルトはどうやらそれを空元気と受け取ったのでしょう。
ハルトがこれ以上仲間のことに触れてくることはありませんでした。
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