§020 特級指定魔物

 ――結局ヒナミさんは会話もままならず……ペトラ鉱山のお話を聞くことはできませんでした。


 凄腕の冒険者である彼女が自我を失うほどの精神的ショック……おそらく相当怖い目に逢ったのだと思います。


 そんな状況を目の当たりにしたら、『ペトラ鉱山』に行くのなんかもう諦めようと思いますよね?

 うん、うん、それが反応だと思います。


 え? 今、私達がどこにいるかですか?

 私達は今、に向かう森の中にいますよ?


 え、なぜペトラ鉱山に向かっているかって?


 そんなのここにがいるからに決まってるじゃないですか。

 ええ、今私の目の前を歩いている黒髪の男です。


 私はそんなハルトの背中を恨めしげに睨み付けます。


 エレナさんはペトラ鉱山に巣食う魔物の危険性を殊更に強調していました。

 B級冒険者30名が瞬殺された話、王国でも現在対応を決めかねている話。

 つまりこの件は王国軍の精鋭を投入するかどうかというレベルの事案ということです。


 だって、特級ですよ、特級。

 特級指定魔物とは出現しただけで一国が滅ぶという厄災級の魔物の総称。

 敢えて固有名詞を挙げるとしたら『ドラゴン』がそれに当たります。


 魔女であった頃ならいざ知らず、今の私はレベル1なのですから、天地がどう転ぼうとも特級指定魔物に勝てるはずがないのです。


 確かにヒナミさんのあの状況を目の当たりにしたら、出来ることなら彼女を救ってあげたいという気持ちが薄ら芽生えたことは否定しません。


 それにハルトはAランク。優秀な冒険者です。

 今だって私の額にはうっすらと汗が滲んでいるというのに、ハルトは汗をかく様子など微塵もなく、むしろ、時折吹き抜ける心地よい風を浴びて清々しささえあります。


 それでも……それでもです。


「さすがのハルトでも無謀なんじゃないですか? 相手は特級指定魔物ですよ? 勝算はあるのですか?」


 私はこの疑問を消化せずにはいられませんでした。


「本気でやばかったら逃げるさ」


 しかし、当の本人はどこ吹く風。

 まるで勝算があるかのような飄々とした態度です。


「逃げるって……出会った瞬間に殺される可能性だってあるんですよ? 自慢じゃないですけど私は逃げ足はすごく遅いですよ? その点、本当にわかってます?」


「わかってるよ」


 ええ、短足鈍足で悪かったですね。


「でも、それなら出会わなければいいだけだ。とりあえず目標はレアシウムの確保。うまくレアシウムを見つけられたらすぐにおいとましよう」


 ハルトは意地でもペトラ鉱山に行く気のようです。

 ハルトがここまで強弁な理由。

 私はそれがどうしても気になってしまいました。


「……もしかしてヒナミさんのためですか?」


「ん? 俺が見ず知らずの人の人助けをするほど正義の味方に見えるか?」


「……あ、すみません」


「いや、それは逆に失礼だろ」


「冗談ですよ。でも、ヒナミさんと何かお話をされていたようですし、もしかしたらその時に何かあったのかなと思って」


「ラフィーネも見てただろ。彼女の精神状態は会話もままならないレベル。だから、話したというよりはこちらが二、三質問しただけだ」


「……そうですか」


 ハルトが嘘をつく理由はないですし、ここまでいうならヒナミさんの件は関係ないのでしょう。

 では、一体何がハルトをここまで突き動かすのでしょうか。


 特級指定魔物が巣食う鉱山に是が非でも向かう理由。


 もう一つだけ……思い当たる節はありました。

 けれど、これを言うのは若干憚られる気がして……。


 でも、ここまで聞いちゃったんですし……話の流れということで罰は当たらないですよね……?


「じゃあ……ひょっとして、わたしのため……ですか?」


 私は自信の無さ半分、自意識過剰ゆえの申し訳なさ半分で指をもじもじさせながらハルトに尋ねます。


「いや……被害妄想だったらすみません。でも、ハルトがここまで鉱山にこだわる理由が思い当たらなくて。それで、もしかしたらハルトは私の剣を折ってしまったことに責任を感じてこのような無理をしてるのかな……と。もしそういう理由なのでしたら私がレアシウムを諦めればいいだけの話なので無理はしないでほしいです。別にあの剣にこだわらなくても、新しい剣はいくらでも買えますから」


 そんな私の言葉を受けて、ハルトは足を止めると、こちらに向き直りました。


「まあ責任を感じてないと言えば嘘になるけど、別にそれだけが理由で命を粗末にするほど俺も馬鹿じゃないよ。ちゃんと自分なりの理由がある」


「理由ですか?」


「ああ」


 ハルトは低く唸ると、真剣な面持ちを見せます。


「俺はこの件には『呪い』が関わっていると思ってる」


 その言葉に私は驚きを隠せませんでした。


「『呪い』ですか? 例の特級指定魔物の正体が『呪い』だってことですか?」


「その可能性が高いと俺は思っている」


 私は『呪い』についてよく知りません。

 運命の塔では説明をはぐらかされてしまいましたし、私の『魔女の力』が『呪い』だと言われてもピンとこなかったというのが正直なところです。


 そのため、私は思い切ってハルトに聞いてみることにしました。


「あの……前から気になっていたのですが、『呪い』とはどういうものなのでしょうか?」


「ああ、そういえばその辺の説明をまだしてなかったな。いい機会だし休憩も兼ねて簡単に説明するよ」


 ハルトは一瞬考える素振りを見せましたが、すぐに頭を振ると近くの石にどっこらしょと腰を下ろします。

 私もそれに倣うようにハルトの横に腰を下ろします。


「ちなみにラフィーネは『呪い』とはどんなものだと思う?」


「うぅ~ん。。過去の人の怨念みたいなものでしょうか。それが人に取り付くみたいな」


「半分正解だな。『呪い』が過去の誰かの残留思念であることは間違いない。でも、っていうところは少し違うかな。ラフィーネも『呪い』に取り付かれたりしてないだろ?」


「確かに」


「『呪い』は一方的に取り付いたりはしない。契約を結ぶことによってその者に自身の魂を宿すことができるんだ」


「……契約。それが私にとっての魔女の契約?」


「そうなるな。つまるところ、俺が言う『呪い』というのは、『呪い』+『契約者』の1セットのことを言うんだ。ラフィーネの例で言うと『呪い』=『魔女の力』で、『契約者』=『ラフィーネ』ってことになるな」


「……なるほど。じゃあ私は知らず知らずのうちに『呪い』と契約していたということですね」


「ラフィーネは『呪い』に選ばれたんだろうな。契約者は誰でもいいってわけじゃない。『呪い』と契約を結ぶことに適正を持った者。それは単純に魔力が高いとか、レベルが高いとかそういうものではなくて、最も大事なのは精神的な部分。例えば、波長が合うとか、『呪い』と境遇が似ているとか、そういうところが契約に大きく影響するらしい」


 境遇が似ている……ですか。

 私は今まで『魔女の力』に意思があるなんて考えたことがありませんでした。

 正直なところ、私は魔女の契約をしたときの記憶がほとんど残っていないのです。


 もしかしたら、その時に私は『呪い』さんとお話をしたのかもしれないですね。

 でも、しているとしたらどんなお話を?

 そんな疑問が沸々と湧いてきますが、もう私の『呪い』は封印されてしまいました。

 もはや知る由はありません。


 それに私はせっかく新たな一歩を踏み出しているのです。

 今は過去を省みるよりも、先のことを考えたい。

 私はそこまで考えて、思考のために瞑っていた目をスッと開けます。


「ハルトはエレナさんがペトラ鉱山に現れた魔物はだと言ってたことから、『呪い』の可能性が高いと考えたわけですね」


「話が早くて助かる。そのとおり。人型の魔物と聞いてピンときた。鉱山という場所の特性上、ドラゴンのように大きな魔物が住み着くとは思えない。鉱山に住み着きそうな魔物として思いつくのはミノタウロスやバジリスクだが、Bランク冒険者の討伐隊で勝てない相手ではない。それにエレナさんの話だと討伐隊は死体が見つかったわけではなく、まるで神隠しにあったかのように忽然と姿を消してしまったらしいんだ。ヒナミさんの精神異常のような症状のこともあるし、おそらく例の特級指定魔物は、知能の低いというよりは、高度な知能を持った。すなわち、『呪い』である可能性が高いと思ったんだ」


「それで相手が『呪い』であれば『クラウン・サラー』の所有者であるハルトに分があるというわけですね」


「そういうことになるな。一応、俺は『呪い』相手では最強ってことになっているみたいだし」


 ハルトの言い分は尤もで、反論の余地がないくらいに納得してしまいました。

 ということは、本当に私のために鉱山に向かってくれていたわけではなかったのですね。


 いや、いいんですよ。

 変に気を遣われて無茶されるよりは、確固たる理由があるほうが納得できます。


 でも、でもですよ? 違うのかよ! マジで私の被害妄想じゃん! という気持ちが拭えないのもまた事実です。

 うぅ~ん、この煮え切らない複雑な気分はどうしてくれましょうか。


 とりあえず一発蹴りを入れておきましょうか。


「えいっ!」


「いでっ! なにすんだよ!」


「非常にわかりやすい説明ありがとうございました。ハルトが私のために鉱山に向かってくれたことはよくわかりました」


「うわっ! お前、やっぱり何だかんだ性格悪いよな! めっちゃ根に持ってるじゃん!」


「私は全然気にしてませんよ」


「既に一発蹴りいれたやつの台詞じゃねぇよ! ったく」


「そんなことよりも……もし相手が『呪い』ではなく、正真正銘の特級指定魔物だったらどうするんですか?」


 私はそんな素朴な疑問をハルトに投げかけます。

 すると、ハルトはニヤリと笑って言いました。


「だからさっきも言っただろ。その時は逃げるんだよ」


「…………」


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