§019 生き残り
そこからエレナさんは私達にペトラ鉱山の現状を包み隠さず話してくれました。
エレナさんの話を要約するとこうです。
ペトラ鉱山はレアシウムの採掘場として非常に栄えていたとのことです。
レアシウムは剣などを加工するために必要な鉱石。
そのため、多くの炭鉱夫や貿易商がこぞって足を運んでいたとか。
けれど、それも1ヵ月前までの話。
突如、強力な魔物がペトラ鉱山に出現したらしいのです。
当時、駐屯していた王国軍兵士は全滅。
その後、王国はギルドへ救援要請。
すぐさまBランク冒険者を中心とした討伐隊が編成されたようです。
その数およそ30名。
Bランク冒険者といえば、もちろんAランク冒険者には劣るものの、小規模なギルド支部であれば自らリーダーシップをとって街の脅威を退けられる程度の実力を有する冒険者です。
1体の魔物に対してそんな冒険者を30名も投入したのですから最初は過剰投与とギルドの方針に疑問視する声が多かったようです。
しかし……蓋を開けてみれば、ギルドの見立ては正しかったということになります。
運よく難を逃れた一人の冒険者を除いて、帰ってきた者はいなかったのですから。
その後、この事実を重く受け止めた王国はその魔物を特級に指定。
人型をしており、幻影魔法を得意とする特徴から『サウダージ』と名付けられたとのことです。
幸い、この魔物はペトラ鉱山から出てくることはないようで、現状、王国は様子見の姿勢を取っているのだとか。
そこまで話してエレナさんは顔を上げ、視線を受付の横に置かれた椅子に向けます。
「あそこの椅子に座っている方が、先ほどお話ししたペトラ鉱山からの唯一の生き残りです」
その言葉と同時に、私とハルトは視線を移します。
私はBランク冒険者というから、てっきり屈強な男性を想像していました。
しかし、視線の先。
そこに座っていたのは年若い女性の冒険者でした。
細い体躯にお人形のような小顔。
髪はせせらぎのような澄んだ水色で、どこか異国のお姫様を彷彿させる出で立ちでした。
想像とはまさに対極的。
とても綺麗な人。
これが素直な第一印象でした。
けれど、彼女の醸し出す雰囲気から、その印象はすぐさま上書きされてしまいました。
というのも、彼女からは全く生気が感じられなかったのです。
表情は朧気で目は虚ろ。
特に何をするわけでもなく、ただぼーっと一点を見つめているだけ。
こういう言い方は失礼なのかもしれませんが、私には彼女が抜け殻のように映りました。
エレナさんはそんな女性を見つめながら眉を顰めて言います。
「彼女、ヒナミさんと言うのですが、今回の討伐でパーティを組んでいた恋人を亡くされているのです」
「カップルで冒険者をされていたんですね……」
「……はい。二人とも私が受け持ちの冒険者でした。ヒナミさんのフィアンセ、アベールさんは特殊な魔法剣を操る魔法剣士でした。実力もドアルゴ支部ではトップクラスで、この討伐クエストを達成した暁にはAランク冒険者に昇格するはずだったのです。それがまさかこんなことになるなんて……。ヒナミさんも以前はとても明るくて、仲間想いの優しい方だったのです。それが今ではまるで魂を抜かれたようになってしまって……。ヒナミさんは今でもあそこでアベールさんの帰りを待っているのかもしれないですね……」
気付くとエレナさんの瞳には大粒の涙が溜まっていました。
私はギルドの受付嬢とはクエストを機械的に斡旋するだけの、言わば仲介業者のようなものだと勝手に思い込んでいました。
でも、エレナさんのこの表情を見たら、その認識は改めなければならないと思いました。
彼女たちのお仕事は、冒険者の命を預かるお仕事。
自らの差配が冒険者の運命を左右する。
だからこそ、エレナさんはまるで自分のことのように、冒険者が命を落としてしまったことに胸を痛めているのです。
そんなエレナさんを静かに見つめていたハルトが久方ぶりに口を開きました。
「エレナさん、あの女性と少しだけ話をさせていただきたいのですが」
ハルトの突然の提案にエレナさんは驚いたようでした。
ハルトからこんな言葉が出るとは思ってなかったでしょうし、正直なところ、あまりヒナミさんを刺激しないでほしいという気持ちもあったのかもしれません。
しかし、しばしの逡巡の末、静かに頷きます。
「……わかりました。会話もままならない可能性もありますが」
「わかった。ありがとう」
そう言うと同時にハルトは私の方に向き直ります。
「申し訳ないけど、ラフィーネはここで待っててくれ。そんなに時間はかからないから」
私がコクリと頷くと、ハルトは彼女の下へと向かいました。
私は言われたとおりに、その場でハルトを待ちます。
すると、横からエレナさんの鼻を啜る音が聞こえました。
同時にエレナさんが私に話しかけてきます。
「ラインハルト様はお優しい方ですね」
エレナさんのその言葉が何を指しているのかはわかりませんでしたが、私は一言「ええ」とだけ答えておきます。
彼女はそんな私の言葉に軽く頷くと、両手を胸の前で組み、静かに瞑目しました。
「ラインハルト様、どうか彼女を救ってあげてください」
エレナさんが静かに発した声。
その声は神にも縋るような、悲痛な叫びでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます