§018 ギルド登録
「冒険者ギルド・ドアンゴ支部にようこそ~」
ハルトの先導もあり、私達はスムーズに冒険者ギルドに辿り着いていました。
美人な受付嬢を揃えたカウンター。
掲示板に貼りだされた依頼書。
併設されたバーで昼間から酒を酌み交わす屈強な男達。
もちろん私が冒険者ギルドに足を向けるのは300年振りでしたが、そこには懐かしさすら感じる光景が広がっていました。
ギルドというものはいつの時代も変わらないものなのかもしれないです。
私はその光景にほんの少しの安堵感を覚えました。
「ん?」
しかし、一方のハルトはというと、ギルド内を訝しげに見回しています。
私はその反応が気になってハルトの顔を覗き込んで尋ねます。
「どうされました?」
「あ、いや何でもない。ちょっとだけ前に来た時と雰囲気が変わったかなと思って」
「そうなのですか?」
そう言われても私は前に来たことがあるわけではないのでわかりません。
ただ、ハルトもそれは微かな違和感だったようで、すぐにいつものハルトに戻りました。
「まあ気のせいか。じゃあ俺は受付に行って段取りを済ませてくるよ。少し待っててくれ」
ハルトはそう言うととある受付のお姉さんの下に真っすぐ向かいました。
あれ? あちらのお姉さんなら手が空いてそうでしたのに、ハルトはなぜ敢えてあそこを選んだのでしょうか。
それはまるで狙いすましたかのようで、私の目にはどうにも不自然に映りました。
何やら談笑していますが、決してナンパをしているわけではないと思います……よ?
「承知しました。それでは、ラインハルト様は情報の収集。お連れの方はギルドへの登録ということでよろしいですね」
非常に丁寧な受付のお姉さん。
ウェーブのかかった黒髪に、落ち着いた感じのたれ目。
制服がはちきれんばかりの胸と、口元のほくろが妙に色っぽいです。
お名前はエレナさんと言うそうです。
歳は私より幾分か上でしょうか。
おっとりとした喋り方をする方ですが、纏っている風格からベテランの職員さんであることが見て取れます。
「ああ、あまり時間もないことから手短にお願いしたい」
ハルトが何やら決め顔と渋い声を出しています。
私に対する態度とはえらく違うのは気のせいでしょうか。
まあ、寛大な私ですから別にハルトが誰と仲良くしようと構いませんけどね。
「それは失礼しました。それではお連れの方はこちらの登録用紙にご記入をお願いいたします。そちらの記入台を使っていただいて構いません。また、登録料として銀貨1枚が必要になりますのでそちらのご用意もお願いいたします」
銀貨1枚ですか……。
先ほどの貨幣価値の話をした後だと、銀貨1枚がものすごい大金に感じられ、ハルトには申し訳ない気持ちでいっぱいです。
私は「必ずお返ししますからね」と心の中でつぶやき、登録用紙を受け取りました。
用紙には【氏名】、【年齢】、【職業】、【出身地】の項目が列挙されていました。
「偽名はちゃんと考えてあるのか?」
記入台まで移動した私にハルトが心配そうに声をかけてきます。
それはそうですよね。
入門の身分確認の時に私は本名を暴露して肝を冷やす事態を発生させました。
あの時のハルトは「当然偽名を言うだろ」という前提で私に指示を出さなかったのだと思いますが、私が想像以上に嘘が苦手なのを知って、今回はしっかりと事前に注意喚起をしてくれているようです。
ただ……私は先ほどから考えていることがありました。
「あの……そのことについて少し相談があるのですが……」
「ん?」
「氏名を『ラフィーネ』で登録してはダメでしょうか」
「は?」
私の言葉にハルトは顔を思い切り顰めました。
けれど、私の神妙な面持ちを見るなり、彼も表情を正して言います。
「理由を聞かせてもらえるか」
「理由というほど大それたものは無いのですが……私はこれから世界を見て回ります。その時にもしかしたら魔女としての『ラフィーネ』ではなく、私が魔女になる前の『ラフィーネ』を知っている人に巡り合えるかもしれない。その時に私が偽名を名乗っていたんじゃせっかくの機会を逃してしまうのではないかと。そう思ったのです」
「…………」
「そ、それに『ラフィーネ』って別に珍しい名前じゃありませんし、それに苗字! 苗字のアメストリアは書きませんからきっと誰も気付きません。ほら、手配書の似顔絵もそうですけど、まさか『終焉の魔女』がこんなうら若き美少女だと誰も思いませんから」
「……リスクがあることを承知の上で、その結論を導き出したということでいいんだよな?」
ハルトの真剣な視線。
それに対して、私はゆっくりと頷き返します。
しばしの沈黙の末、ハルトは殊更に「はぁ」と溜め息をつくと、優しい微笑みを見せてくれました。
「そっか。それなら俺は何も言わないよ。これからよろしくな、冒険者ラフィーネ」
その言葉に私はパッと花を咲かせます。
「はい! ラインハルト!」
こうして私はすぐさま登録用紙とハルトから預かった大事な大事な銀貨1枚を受付のお姉さんに渡します。
【氏名】ラフィーネ
【年齢】16
【職業】魔導士
【出身地】グレートアクアルーツ
「(年齢間違ってないか?)」
ハルトが小声で私に耳打ちしてきたので、思いっきり肘でどついてやりました。
本当に失礼なやつです。
氏名から出身地に至るまで、何一つ虚偽の記載をしておりません。
そんなやり取りをしている間にエレナさんは私の情報をギルドの端末に打ち込み、登録証の発行をしてくれています。
どういう仕組みかはわかりませんが、どうやら登録証にその者の情報を埋め込む術式が組まれているようです。
「は~い。ラフィーネ様。登録証の発行ができましたよ」
そう言ってエレナさんから緑色の登録証が手渡されます。
「わぁー! これが私の登録証」
ここから私の冒険者ライフのスタート。
そう考えると不思議と胸に熱いものがこみ上げてきます。
「ふふ。これで晴れてラフィーネ様も冒険者ですよ。ラインハルト様からギルドの説明は不要と承っておりますので手短に説明させていただきますね。今、ラフィーネ様の登録証の色は『緑』。つまりは『Eランク』冒険者ということになります。登録証は国内共通のものですので、グランヴィエラ王国内の冒険者ギルドであれば場所を問わず使用することができます。ラフィーネ様も上位ランカーを目指してたくさんの依頼をこなしてくださいね」
「いえいえ、私なんかが上位ランカーなんて」
「そんなに謙遜なさらず。最初は誰しもが『E』ランクからのスタートです。それに旅の最初からAランク冒険者様のお供ができるなんてすごい幸運なことなんですよ。それはもう本当に嫉妬してしまうぐらい。ああ、出来るなら私もラインハルト様にいろいろと手取り足取り教えていただきたいぐらいですわ。ふふふ」
ん? 妙な色気を感じた私は登録証に落としていた視線をエレナさんに向けます。
すると、エレナさんは私に説明をしていたはずなのになぜか視線はハルトの方に向いていました。
しかも、瞳孔がハートのマークになっている気がします。
ハルトもそれに気付いているようで、どこか気まずそうに明後日の方向を向いています。
こいつら……絶対過去に何かありましたね……。
「…………」
どういうわけか非常に腹が立ちましたので、私は新調したばかりのブーツでハルトの足を思いっきり踏み抜いてやりました。
「いでっ!」
「どうかされました?」
「い、いえ何でも」
「そうですか? それでは無事にラフィーネ様のギルド登録が完了しましたので、次はラインハルト様からの依頼。レアシウムに関する情報についてですね」
ハルトはどうやらエレナさんにレアシウムについて聞いてくれていたようです。
冒険に関する情報提供もギルドの役目と聞いたことがあります。
そして、それは高ランク冒険者であるほど機密性の高い情報をもらえるとか。
「ああ、確かここから程近い『ペトラ鉱山』という鉱山でレアシウムが採れたと思うのだが、現状について教えてほしい。俺達みたいな冒険者が行っても採掘することは可能なのか?」
「ペトラ鉱山。ラインハルト様のおっしゃるとおりあそこは近隣だと唯一レアシウムが採掘できる鉱山になります。ただ……」
そこまで言ってエレナさんは表情を曇らせ、軽く視線を伏せます。
「何か問題があるのか?」
「……えっと」
エレナさんは明らかに情報を出し渋っている感じでした。
私はそれが何を意味しているのかわかりませんでしたが、Aランク冒険者であり、目がハートになるほどのハルトに対して情報を出し渋るということはただ事じゃないことは察しがつきました。
ハルトはエレナさんが言わんとしていることを察知したようで、真剣な面持ちに変えると声のトーンを落として尋ねます。
「そういうことか。最初にギルドに入った時から何となく冒険者の数が少ないなとは思っていたんだが。そんなに強力な個体なのか?」
「ええ……」
エレナさんは尚も言うか言わまいか迷っているようでした。
しかし、しばしの逡巡の末、意を決したように視線を上げると、一呼吸を置いて言いました。
「ラインハルト様をAランク冒険者様と見込んでお話させていただきます。今、ペトラ鉱山には、強力な魔物が巣食うています。通称『サウダージ』。――特級指定魔物です」
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