§022 野営

「この辺りがよさそうだな。森が浅い分、魔物の気配も無いし、何より水場がある」


 静かな清流の畔。

 私とハルトはここを野営地に決め、腰を落ち着けました。

 既に日も落ちかけ、涼しげな風が頬を撫ぜます。


 野営地を決めてからというもの、テントを立てる、水筒に水を補充する、薪を組んで焚き火を作るなどの作業をしたのですが、これらは全てハルトがやってくれました。

 まさに熟練の冒険者といった感じで、その手際の良さには目を見張るものがありました。


 結局、私が手伝えたことと言えば、初級魔法で組まれた薪に火をくべることだけ。


 たったこれだけの作業でしたが、300年振りの野営ということもあり、そこには確かな満足感がありました。

 本当はテントを張るのとかも自分でやってみたかったのですが、これは次の機会に回そうと思います。


 私はパチパチと爆ぜる焚き火を見つめながら、しみじみとハルトに話しかけます。


「どんなに月日が流れようとも焚き火は300年前と変わりませんね。昔はこうやってよく焚き火を囲んだものです」


 そんな私の言葉にハルトは焚き火をつつきながら言います。


「冒険者の頃はどんなところを旅してたんだ?」


「そうですね。遠い昔すぎて記憶が朧気なのですが、それこそいろいろな街を巡っていたような気がします。実は私、『リュビア』の街にも行ったことがあるような気がするんですよね。ハルトに街の名前を聞いた時から、どこかで聞いたことある名前だな~と考えていたのですが」


「ああ、だから俺がリュビアの名前を出した時にすぐに『北の街ですね』って答えられたんだな。世間知らずのお前が即答できたことに違和感があったんだけど腑に落ちたよ」


「…………寝首に気を付けることをお勧めします」


「ははっ、冗談だよ。ちなみにどんな街だった? 俺も行ったことない街だから雰囲気がわかるだけでも参考になる」


「ふふ、そう言われると思いましたよ。ところがどっこい……何にも覚えてません!」


「ぶっ!」


 ハルトが口に含みかけていた水を思いっきり吹き出します。


「役に立たなっ!」


「だって300年も前のことなんですから仕方ないじゃないですか! いろんな街を巡ってましたし、一つ一つの街がどんなだったかなんていちいち覚えていませんよ! ハルトだって1ヵ月前に食べた夕食が何だったかって問われたら答えに窮するでしょう? それと同じです」


「ジャイアントボアの香草焼き」


「(じゅる)。なんで1ヵ月前の夕食を覚えているのですか。それに随分と美味しそうなものを食べているんですね。…………ってそうじゃないです。私が言いたかったのは、私がかつて行ったことがある場所なら、もしかしたら私の失った記憶を思い出す手がかりがあるんじゃないかということです」


「失った記憶? 運命の塔で言ってたどうしても思い出せないことの話か?」


「そうです。正直なところ、ずっと違和感はあったんですよね。本当に大切な記憶だったはずなのに、考えれば考えるほどその部分だけぽっかりと穴が開いたかのように思い出せない違和感。その正体がリュビアに行けばわかるような気がして……」


「なるほど。それじゃあラフィーネは世界を見て回りたいという気持ちと同時に、失った記憶も取り戻したいと思っているわけだ」


 その言葉は私の心をまるで代弁したようでした。

 しかし、いざ言葉にして真正面から問われると、私には「はい」と即答することができませんでした。


 300年も生きているといろんなことを考えます。

 時には何が現実で何が夢かがわからなくなることもあります。

 だから、私の記憶の一部が欠落しているというのも、結局は私の幻想。

 勘違いである可能性も往々にしてあるのです。


 でも……。

 私はどうしてもこの『記憶』を思い出さなければいけない気もするのです。

 そうしないと、いつか本当に大切なものがこの手からこぼれ落ちてしまう気がして……。


 私はそのことをハルトに伝えます。


「ハルトはこんな存在するかもわからない『記憶』を探すのは馬鹿だと思いますか?」


 そう言って私は伏せていた目をスッと上げます。


 いつも私のことをからかってくるハルトです。

 今回ももしかしたら軽口が飛んでくるかもしれない。

 そんな気持ちもありました。


 しかし、私の視線の先のハルトの瞳は思いのほか真剣でした。

 しばしの逡巡の末、ハルトがゆっくりと口を開きます。


「俺はいいと思うよ」


「…………」


「(……結局俺もラフィーネと同じだから)」


「え?」


 後半はおそらく独り言のようなものだったのでしょう。

 音を拾うのがやっとでしたが、私はハルトの紡いだ言葉がわかりました。


 ――結局俺もラフィーネと同じだから――


 ハルトと私の何が同じなのでしょう。

 目的? 状況? 全部?


 しかし、ハルトからそれ以上の言及はありませんでした。


 若干もやもやした気持ちが私の中に募ります。

 けれど、ハルトの表情を見ていたら私は更なる問を投げることはできませんでした。

 焚き火越しのハルトの姿は、それほど儚く、そして脆く……私には見えました。


 ハルトはこの話は終わりとばかりに、「さて」と言って立ち上がると、森の方角に向かって歩き出します。

 その光景を見て、何となくこのままハルトが戻ってこない不安感に襲われました。


 私は去り行くハルトに手を伸ばすように問いかけます。


「ハルト、どちらに行くのですか?」


 すると、ハルトは言いました。


「俺は狩りにでも行ってくるよ。30分は戻らないようにするから、ラフィーネは水浴びでもするといい。昼間は汗をかいただろ」


 その表情はとても穏やかで私は心の底から安心しました。

 でも、こんな時間に急に狩りをするだなんてどういう風の吹き回しなのでしょう。


「こんな時間に狩りですか?」


 私が不思議そうに小首を傾げると、ハルトはニヤリと笑っていいました。


「食べたいんだろ? 


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