§015 新衣装(仮)
「そんで? その服はなんだ?」
ハルトは狐につままれたような表情を見せながら、私の服装に目を向けます。
なぜハルトがそんな表情をしているかというと……今、私は『魔女のローブ』を脱ぎ捨てて、新たな装備に身を包んでいるからです。
赤色の外套に純白のブラウス。
白色のフレアスカートに膝丈までのロングブーツ。
そう、武器屋のマネキンに飾ってあったあの装備です。
今までは『魔女』ということもあって基本は長めのローブ。
派手か清楚でいうと清楚寄りの服装を選ぶことが多かった私です。
でも、今回は店主さんの勧めもあり、思い切って全く違う方向性のものを選んでみることにしました。
外套は腰を紐でキュっと締め上げるデザインになっているため、身体のラインが一際強調されています。
インナーのブラウスも胸のラインに沿って象られているため鎖骨は露わになり、フレアスカートもかなり丈が短いので雪のように白い太ももが眩しいほどに輝いています。
こんな服装、300年前では絶対にありえないものでした。
そんな慣れない肌の露出に最初は気恥ずかしさがありましたが、周りを見渡せば私と同じような服装の女の子がたくさん歩いていますし、何より布面積が少ないため非常に動きやすいです。
私はすっかりこの装備が気に入ってしまいました。
「どうですか? あのお店の一番人気の装備らしいですよ」
私はふふんと鼻を鳴らし、鼻歌まじりにその場でくるりと回ってみせます。
それに合わせて外套がふわりと舞い、スカートもひらひらとはためきます。
「いや、俺が聞きたいのはそういうことじゃなくて。あの店にはお前のローブより上質なローブは無いって話だったよな?」
私はハルトから新しい装備の感想を期待していたのですが……返ってきたのは事務的な会話でした。
はい、そりゃもうテンションがた落ちですよ。
もしこの男が彼氏だったら絶対フッてますね、それはもうこっぴどく。
まあ、付き合ってないから関係ないですけど。
すっかり気分を害した私はぷぅ~っと頬を膨らませながら雑な返事を返します。
「ええ、確かにあのお店には『魔女のローブ』を超える装備はありませんでしたよ。それが何か?」
「じゃあ何で新しい装備を買ってるんだよ。そんなに金も無いはずだろ」
「買ってないですよ。作ってもらうことにしたんです」
「へ? どういうこと?」
ハルトの頭には疑問符が浮かんでいます。
「だーかーらー! 『魔女のローブ』を使って新しい服を作ってもらうことにしたんです!」
「へ?」
呆けた表情を見せるハルトに私は事の経緯を説明しました。
まあ、詳しく話すと長くなりますが、要約するとこんな感じです。
私が店の奥に連れ込まれた後、店主さんからある提案を持ち掛けられました。
それは――『魔女のローブ』を新しい装備に仕立て直させてほしい――というものでした。
どうやらあの店主さんの専門は仕立て屋さんのようで、私の着ている服が『魔女のローブ』だと気付いてしまってからは職人の血が騒いで仕方なかったとのことです。
店主さんからの提案内容は大きく3つでした。
1つ。『魔女のローブ』を現代風のデザインに仕立て直させてほしいということ。
2つ。あくまで趣味の範囲で行うことなのでお代はいらないということ。
この2点だけでも私にとっては十分魅力的な提案だったのですが、極めつけは3つ目。
3つ。お互いに『魔女のローブ』の存在について他言しないこと。
この3つ目の提案を受けた時点で私は即答しました。
正直、もうこのままの装備でもいいかなと思い始めていたところだったので、『魔女のローブ』を現代風のデザインに仕立て直すというアイデアは目から鱗で、私にとっては願ったり叶ったりでした。
最も懸念していたのが、私の正体が『終焉の魔女』であることがバレることです。
店主さんはおそらくバカではありません。
私が『魔女のローブ』を着ている時点で「何か訳アリだな」と思ったのはまず間違いありません。
それにもかかわらず、この店主さんは私を脅すわけでも、身ぐるみを剥ぐわけでもなく、提案という形を取ってくれました。
この時点で店主さんは信用に足る人物だと確信したわけですが。
それでもこの提案は私の側だけにメリットがありすぎます。
さすがにそれは不思議で仕方なかったため、店主さんにさりげなく「なぜこんな自分の利益にもならない提案をしたのか」を聞いてみました。
すると彼は親指をグッと立てて言うのです。
「裁縫が俺を呼んでいる。ただそれだけだ」……と。
私は店主さん改め『親父さん』とガッチリと堅い握手を交わしました。
もし私が男だったら彼のことを「ブラザー」と呼んでいたことはまず間違いないでしょう。
「というわけで、ローブの仕立てが終わるまでの間、親父さんがこの装備一式を貸してくれたんですよ」
そう言って私は得意げな顔をしますが、ハルトは完全に呆れ顔です。
「お前、いつの間にか俺よりも武器屋の親父と仲良くなってね?」
「ええ。ハルトの言う通り本当に良い人なんですよ。今度、お料理も教えてもらうことになりました」
ハルトが「ぶっ」と吹き出します。
「あの親父、料理もできるのか」
「料理と裁縫が趣味らしいですよ」
「あの見た目で料理と裁縫が趣味って……いや逆にエプロン姿が想像つくから怖いな。まああの親父なら俺達のことを王国軍にチクったりはしないだろうし、ラフィーネにとっては最良の選択だったかもしれないな。それにしても……」
そこまで言いかけてハルトは私の装備をまじまじと見つめてきます。
お、これはやっと装備に対する感想を言ってくれる顔です。
正直なところ、私は今の装備にかなりの自信がありました。
あの敬愛する親父さんのオススメ商品であるのはもちろんのこと、細かなところに女の子の魅力を引き出す工夫がしっかりと施されており、300年前のセンスしか持ち合わせていない私から見ても十分に可愛いのです。
そのため、ハルトからは「可愛いよ」という言葉がもらえるのではないかと内心期待をしていました。
しかし、それを表に出し過ぎるのもあざとい女な気もしますので、私は敢えて「似合ってないでしょうか?」という自信なさげな表情を作りつつ小首を傾げて言います。
「何か変ですか?」
しかし、ハルトは私のウルウル瞳から殊更に視線を外すと、ぶっきらぼうに私の予想の斜め上をいく回答を返してくれました。
「さすがにちょっと派手すぎね?」
「ぐがっ」
私は開いた口が塞がりません。
え、あれだけミニスカを強調していた男がそれを言います?
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