§014 武器屋
私達はついに目的地である武器屋に辿り着きました。
相対するは武器屋の店主さん。
筋肉隆々な身体に、ちょび髭スキンヘッド。
加えて強面で寡黙。
まさに武器屋を絵に描いたような親父です。
ハルトによると、この店主さんは口数が多くはないそうですが、非常に面倒見のいい方のようです。
しかも目利きの腕はこの街で一番だとか。
しかし……、
「うちにはこれ以上の品は無ぇなー」
私のローブを見るなり、ハゲオヤジから返ってきた言葉に私は絶句してしまいました。
あれ? この店主さん目利きの腕は確かなんですよね?
これは一体どういうことでしょう?
確かに私の着ているローブは決して安いものではありません。
けれどそれは300年前の話です。
私が装備を買い揃えた時から300年の月日が流れ、繊維産業はもちろんのこと、防具に付与する強化魔法のレベルも発展の一途をたどってきたはずです。
それにもかかわらずこのローブ以上の商品がないとはどういうことでしょうか。
この店主さんの目利きの腕がガセネタだったか、この店の品揃えが殊更に悪いかのどちらかしかないですよね。
「あ、もしかして、私達の手持ちじゃ買える商品がないってことですか?」
ハルトは店主さんにこちらの予算を提示していました。
確かに、装備一式を揃えるには心許ない額でしたが、安めの商品ならどうにかなるかな~と思っていたのですが……。
しかし、店主さんは首を横に振ります。
「いや、そういうわけじゃなくて。そもそもそのローブよりも上等な品がうちには無ぇってことだ」
「さすがにそんなことないでしょう! いかにも高そうな服がたくさんあるじゃないですか!」
私は自身の豊満な胸に手を当て、必死に店主さんに食い下がります。
そして、店内をぐるりと見回すと、私は一番近くにかけてあった女性用の装備を指差します。
「例えば、これなんてどうですか?」
私の指差す先にはどちらかといえば女剣士が好みそうな装備。
上半身は清楚な白色のブラウス、下半身は紺色のタイトスカート。
腰回りは剣帯でキュっと締め上げられ、くびれが強調されるデザインになっています。
色に派手さはありませんが、スカートの丈も短く、まさにハルトが説明してくれたイマドキの装備そのものです。
しかし、店主さんは静かに首を振ります。
「じゃあこっちは!」
私はもう予算など度外視に明らかに高級そうな装備を纏ったマネキンを指差します。
今度の装備は赤を基調とした少々派手なもの。
上半身は赤色の外套に純白のブラウスを合わせ、下は白色のフレアスカート。
それに膝丈までの革のブーツを合わせるデザインです。
元魔女である私にとっては少々過激に見えるデザインですが、最も目立つマネキンに展示されているところを見ると、おそらく人気商品なのでしょう。
しかし、またしても店主さんは静かに首を振ります。
ここからはもう私の意地の時間でした。
「こっちは!」
「こっちは!」
「こっちは!」
「こっちは!」
どうしても私の地味なローブが他の装備に勝っているという事実が受け止められず、私は店主さんに矢継ぎ早に同様の質問を繰り返しました。
自分の着ている装備が「優れている」と言われているのですから、本来は喜ぶべきなのかもしれません。
しかし、私は装備を一新するつもりで武器屋に赴いているのです。
それなのにいきなり梯子を外すようなことを言われて納得できるものではありません。
私は店内を駆けずり回り、様々な女性用の装備を物色しましたが、結局、私のローブを上回る装備を見つけることができませんでした。
「……そんな」
さすがの私も心が折れかけ、その場にへたり込んでしまいました。
そんな私を見て、寡黙な店主さんが初めて自分から口を開きます。
「お嬢ちゃんのそのローブは『魔女のローブ』だろ?」
「?? そ、そうですけど……それが何か」
確かに私の着ているのは『魔女のローブ』です。
だからと言って別に特別なものではありません。
『魔女』という冠がついていますから、もしかしたら『魔女限定』という印象を抱く人がいるかもしれませんが、300年前では魔女に限らず多くの人が身につけていたごくごく一般的な装備です。
それがどうしたと言うのでしょう。
ん、ってあれ?
今までどっしりと構えているだけだった店主さんが、気付けば大粒の涙を流しているではありませんか。
これは一体どうしたことでしょう。
予想外の展開に私は動揺を隠しきれません。
「店主さん、ど、どうしたのですか? 何か変なものでも食べました?」
「まさか生きている間に実物を拝めることになるとは」
?? ローブの話ですよね?
すみません。ちょっと言ってる意味が……。
「『魔女のローブ』なんてその辺で売っているものでしょう。別に珍しくもなんともないと思いますが」
「バカ言っちゃいけねぇよ。『魔女のローブ』は遥か昔に失われた技術で作られた伝説の装備だぞ。金貨に換算すれば50枚は下らない。そんな国宝級の装備がその辺で売っててたまるもんか」
「き、金貨50枚?!」
店主さんから紡がれた予想外の言葉に私の顎は瓦解寸前でした。
前にハルトから貨幣価値の話を聞きました。
確か金貨5000枚で小さな街が一つ買えるくらいの値段だと。
それの100分の1になるのでさすがに街は買えないでしょうが、それでも家数軒分くらいになるのは間違いありません。
こ、こんな地味なローブが家数軒分?
衝撃的な事実に私の脳はショート目前。
同時に私はまたしてもやらかしてしまったことに気付きました。
そんな国宝級のローブを価値も知らずに着ている私は何なのでしょう……。
私は必死に言い訳を模索しますが、ちょうどいい言葉が見つかりません。
国宝級のローブ=遥か昔に失われた技術=永遠の命を持つ者=魔女=私
あ、店主さんが私の素性に辿り着くのも時間の問題な気がしてきました。
私は冷や汗をだらだら流しながら、傍らにいたはずのハルトに視線を向けますが……ちょっと私の買い物が長すぎたようです。
ハルトは椅子に腰かけて、そのまま頬杖をついて眠りこけていました。
本当に肝心な時に役に立たないやつです。
女の子との買い物で寝てたら絶対にフラれますから注意してくださいね。
まあ、私とハルトは付き合ってるわけではないのでセーフですが。
私はこの状況をどうにかしなければと、店主さんに視線を戻したその瞬間――
(ガシッ)
店主さんがその屈強な両腕で、私の肩をがっしりつかんできました。
「ひぃっ」
私は目に涙を浮かべながら、小さな悲鳴を漏らします。
状況はまさに野獣に捕らえられた美女です。
「ちょ、ちょっと店主さん、落ち着いてください」
「お嬢ちゃん。ちょっと奥で話を聞こうか」
店主さんの目はギラギラと輝き、怖いぐらいの笑顔で私に問いかけてきます。
筋肉隆々の男に両肩を掴まれた上でのこの台詞。
そして今の私はレベル1。
私は頷くほかありませんでした。
「(ハルト……助けて……)」
私は擦れる声で小さくそう呟きますが、ハルトの耳には届きません。
そうして私は無抵抗にも武器屋の奥に連れ込まれたのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます