§013 串焼き

 ハルトは品定めをするかのように屋台の前に立ちます。


 店先には簡易的な囲炉裏が置かれ、そこには幾本もの串が並んでいます。

 串に刺さっているものは……何か魔物のお肉でしょうか。

 いずれにせよ美味しい食べ物であることは間違いありません。


 ハルトはそのうちの1種類を指差すと、店主に銅貨を差し出しました。


「親父、これ2本もらえるか?」

「まいど」


 銅貨と交換に肉の串焼きを2本受け取ったハルト。

 ハルトはそのままその串を私に差し出します。


「ほら、イッカクウサギの串焼きだ」


 こんがりと焼けた四角いお肉が4個ほど連なった串焼きです。

 焼けた肉の香ばしい香りが鼻孔を刺激し、無意識のうちのよだれが溢れ出してきます。


 でも、ハルトは屋台に寄ることに否定的でした。

 もちろん金欠というのも理由にあるでしょうが、おそらくは目立つ私を一刻も早く武器屋に連れて行きたかったのでしょう。

 それなのに私のせいで寄り道をさせてしまって……。


 そんな気持ちから、私は今にもかぶりつきたい衝動をどうにか抑え、ハルトに上目遣いを向けます。


「食べてもいいのですか? さっきお金無いって話してたばかりなのに」


 もしかしたら、ハルトが不機嫌になっているかもしれない。

 そうも思いましたが、ハルトからはいつもの明るい(私を小馬鹿にした)口調が返ってきました。


「武器屋で腹の虫を鳴らされるほうが目立つからな」


「むぅ」


 私は頬を膨らませます。

 けれど、ハルトの言葉には続きがありました。


「それに……」


「それに……?」


「ラフィーネにまともな歓迎もできてなかったし、まあ、お祝い的な?」


「え?」


 ハルトの予想外の言葉に私は驚きの声を漏らします。


 歓迎のお祝いが串焼きとは随分と安く見られたものですね……などとは性悪の私でもさすがに思いませんでした。

 むしろ逆です。

 ハルトが私のことを歓迎してくれていた事実がこの上なく嬉しくて、私はつい顔を綻ばせてしまいました。


「ありがとうございます! とっても嬉しいです!」


「お、おう。でも、これだけだぞ。本格的な食事は装備を整えた後だ。それまではどうにかこれで我慢しろ」


「はい! では、遠慮なく! いただきます!」


 私は満面の笑みを浮かべ、ハルトから串焼きを受け取ります。

 そして、期待に胸を膨らませながら……一口目をパクリ。


 う、、


「美っ味ぁぁあ!!」


 頬っぺたが落ちるとはまさにこのことです。

 肉を噛みしめるごとに旨味が口の中に広がり、少ししょっぱめなタレの味が脳天を突き抜けます。

 もう五臓六腑だけでなく、足先までもが幸せです。

 今日まで生きててよかった(単純)。


 私は無我夢中になって肉を頬張ります。


「そんなに慌てて食べなくても誰も取ったりしねーよ」


 ハルトが私の食いっぷりを呆れながら見ています。

 私は口一杯に肉を詰め込みながらも、自身の尊厳のために反論します。


「仕方ないじゃないですか! 食事をするなんて実に300年振りなんですから!」


「へ?」


 これにはさすがのハルトも驚いたようです。


「300年? 魔女の間、ずっと飲まず食わずだったのか?」


「そうですよ? 前にも言いましたけど、魔女は人間を超越した存在なのです。魔力さえあれば、食事を取らなくても問題なかったのです」


「それはまあ、何とも便利な……」


「はい。確かに便利かもしれませんし、魔女の時は食事をしたいなんて感情はありませんでしたが……」


 私はここまで言って、口の中のお肉をコクリと飲み込みます。

 そして、目を細め、恍惚の表情を湛えて言います。


「でも、私は今、ものすごく幸せですよ?」


 私はそう言ってハルトに笑いかけます。

 一方のハルトはというと、何やら私の顔を見て一瞬ぽかーんとした表情を見せていましたが、それも一瞬のこと。

 すぐさま私から視線を逸らしてしまいました。


 あれ、口元にタレでもついていましたでしょうか?


「どうしました?」


 私は小首を傾げて尋ねます。


「あ、いや……そんなに美味しいなら、俺のも食っていいぞ?」


 ハルトは何かを誤魔化すように私と視線を合わせないまま、ぶっきらぼうに手に持っていたもう1本の串焼きを私に差し出してきました。


「え? ハルトは私のために2本買ってくれたんじゃないのですか?」


「はぁ? バカか! この1本は俺のだよ! どれだけ大食いなんだ」


 ハルトが顔を真っ赤にして反論してきます。


「ふふ、冗談ですよ。ハルトも時折可愛いところがありますよね」


 私はそう言うと差し出された手をハルトに押し返します。


「でも、2本目は気持ちだけ受け取っておきますね」


「ん? もうお腹いっぱいか?」


「そういうわけではないですけど、何ていうか……私にとっては300年振りの食事ですので、出来れば2人で食べたいなと思いまして。だってほら――食事はみんなで食べた方が楽しいじゃないですか」


 そう。ハルトにとってこの食事は単なる日常の一幕なのかもしれません。

 けれど、私にとっては特別な……新しい仲間との初めての食事なのです。


 せっかく気を遣ってくれたハルトには申し訳ないですが、それでも私はその機会を大切にしたいと思った。

 とまあ、私はそんな感じに少しめんどくさい女なのかもしれません。


「そっか! んじゃ遠慮なく!」


 しかし、ハルトはそんな私の言葉を聞いて嫌な顔一つせず、イッカクウサギの肉を口一杯に頬張ります。


「なんだこれうまっ! あのオヤジ、天才かよ!」


 そんなハルトを見て私は思いっきり笑います。


 300年振りの食事がこんな街の屋台のジャンクフードなんて……と思う人もいるかもしれません。

 確かに値段にしてみれば銅貨数枚、ロケーションなんて食べ歩きです。


 でも、私にとってこのお肉の味は今まで食べたどんな豪華な料理よりも美味しく感じられました。

 300年の月日が流れても、私がこの串焼きの味を忘れることは決してないでしょう。


 私は胸にそっと手を当てて、この一幕を大切な記憶として心の奥底にしまいます。

 そして、またいつの日か、ハルトとこの串焼きを食べに来れたらいいなと……年甲斐もなく願うのでした。


「俺、この串焼きハマったわ! 武器屋が終わったら帰りもまた寄ろうぜ!」


 またの機会が私の予想よりも早く訪れそうな予感がしますが、それはまた別の話ということで。


 ってさすがに早すぎでしょ!





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