§012 街並み
正門をくぐるとそこは想像以上の人混みでした。
街の中心へと真っすぐと続くアスファルト通りには多くの屋台が出店しており、店員さんが威勢のいい声を張り上げて客引きを行っていました。
ジュージューと肉汁が滴る串焼きや、くるくると芸術的な形をしたポテトの屋台が立ち並ぶその光景には目を見張るものがありました。
300年前にも当然栄えている街はありましたが、それは大通りだけとか貴族が住まう地域だけとかあくまで部分的なもので、街全体がここまで賑やかしいのは無かったように思います。
「街ってこんなに栄えてるんですね!」
私は300年前とは比較にならないその光景に、思わず感嘆の声を上げます。
「物珍しいのはわかるがあんまりきょろきょろするなよ」
そんなハルトの忠告を無視して興味の向くままに辺りをきょろきょろと見渡していたところ、特に目を惹く屋台を発見しました。
モクモクと煙を上げ、何やら美味しそうな匂いを漂わせている屋台です。
私はその屋台に吸い寄せられるように足を止めました。
そんな私を見たハルトが慌てて声をかけてきます。
「おい、ラフィーネ。目立つ行動を慎めって言ってるだろ」
「だって……」
私は指を咥えながら屋台を見つめます。
正直な気持ちを言えば、身分確認は済んでいるのですし、そこまで目くじらを立てなくていいのではないかという気持ちがありました。
ハルトって意外と神経質なのでしょうか。
そういえばと先ほどハルトから言われた言葉を思い出しました。
「ハルトは先ほど私に『ただでさえ目立つ』と言いましたが、あれはどういう意味ですか? 確かに守衛さんにも嘗め回すような視線を向けられましたし、私が美少女すぎるということでしょうか?」
私は真顔でハルトに疑問を投げかけます。
そんな問いを受けたハルトは一瞬「はぁ?」という表情を見せましたが、しばしの逡巡の末、観念したように口を開きました。
「お前の服装がダサすぎるんだよ」
「え、」
私は脳天に雷を落とされたような衝撃を受けました。
ダサい?
ダサいって田舎くさいとか、垢ぬけないとかそういう意味の悪口ですよね?
いや、確かに300年前はそうでしたが、貨幣価値はおろか街並みまでもこれほどまでに変容しているのです。
言葉程度、300年前と大きく変わっていても不思議ではありません。
そ、そうです。
きっと『ダサい』とはすなわち『美しすぎる』という最上表現なのです。
そのため、私が注目を集めてしまうと。
「そういうことですよね?」
私は恐る恐るハルトに聞き返します。
「あ、悪い。ダサいはちょっと言い過ぎだった。訂正する。その服装は時代遅れなんだよ」
「か、」
穴に入ろうとする私を必死に止めるハルトは、懇切丁寧にイマドキの流行について説明してくれました。
ハルトの説明によると、300年前は丈が長めのローブが一般的でしたが、今はローブよりも丈を短くしたローブワンピースが一般的らしいです。
丈がどれだけ短いかというと、膝上20センチぐらいが標準とのこと。
膝上20センチだとちょっと動くだけで下着が見えてしまうような気がするのですが……と一応反論をしてみましたが、どうやら最近の若い魔導士は太ももを魅せることが美徳と考える文化があるようです。
逆にブーツはというと、300年前はローカットのデザインのものが一般的でしたが、今はロングカット、具体的には膝丈までのデザインのものが一般的のようです。
私のセンスからするとどうにも違和感を隠しきれませんが、あんまり時代に合わない装備をして注目を集めるのは得策ではないとのハルトの助言です。
「ということで、まずは武器屋に行ってラフィーネの装備を整えようと思うんだけどどうだ?」
「……まあ、そうですね」
私は煮え切らない返事をして、自身のローブを目をやります。
300年着続けたローブとブーツです。(あ、もちろん洗濯はしてますよ?)
それなりに愛着がある品だったのですが……そういう事情であれば仕方ないですね。
それに物は考えようです。
正直、魔女になってから新しい服を買う機会なんてなかったですし、住めば都という諺もあります。
案外、着てみたらその可愛さにハマってしまうかもしれませんし、現代の流行というものにも少しばかり興味があります。
私は装備を一新することを心に決めました。
「じゃあ早速、武器屋に行きましょうか! 時代遅れと言われた時にはさすがに凹みましたが、毎回あの舐めわすような視線を浴びるのも嫌ですし、装備をまるっと一新しちゃいましょう! これで私もイマドキ女子デビューですね!」
「言っとくけど、金はほとんどないからな。ギルド登録費を差し引くと本当に間に合わせのものしか買えないかもしれん」
「うわ……貧乏冒険者って本当だったんですね。まあ、そこは店主さんとの交渉次第でしょう。値段交渉も冒険者の醍醐味です。細かいことは武器屋に行ってから考えましょう!」
そう言って意気揚々と武器屋に向かおうとした次の瞬間、
(ぐぅ~~)
と、まるで私の言葉に呼応したかのようにお腹の虫が可愛らしい音を響かせて鳴きました。
「あ、いや……これは違うんです」
私はあまりの恥ずかしさにお腹を押さえてハルトのことを睨みつけます。
「俺を睨むなよ。そんなに腹減ってるのか?」
「…………」
うら若き乙女が空腹の心配をされるなど何たる恥。
そう思って口を閉ざしていると、ハルトは軽く嘆息した後、くるりと向き直って歩き出しました。
「……??」
ハルトが向かった先。
そう、それは。
私が先ほど見つめていたとてもいい匂いを漂わせていたあの屋台でした。
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