第2章【旅立ちの街編】
§011 身分確認
『ローラリア大陸』は、大きく四つの国に分かれています。
そのうち、最も広大な領土を誇るのが私達のいる『グランヴィエラ王国』です。
『グランヴィエラ王国』には四季があり、季節によって様々な顔を見せてくれます。
今は春。
穏やか日差しが注ぎ心地良い風がそよぐ、非常に過ごしやすい季節です。
そんな中、私とハルトは次なる目的地を――『リュビア』に定めていました。
ハルトの情報によると、この街に『呪い』がある可能性が高いとのことです。
位置関係としては、私達がいた『運命の塔』はちょうど大陸の真ん中あたりで、目的地である『リュビア』はそこよりも更に北。
日にちにして約10日の距離です。
決して歩けない距離ではありませんが、大陸は北に行けば行くほど道は険しくなり、時には森や山を越えなければならない場所もあるそうです。
それに、ハルトはともかくとして、私は身体一つで塔を飛び出してきて身。
魔女であった頃ならいざ知らず、人間の、しかもレベル1になってしまった私では、さすがにこのまま旅を進めるのは心許ないです。
そのため、私達は『運命の塔』から程近い街――『ドアルゴ』に必要物資の調達に立ち寄ることにしました。
今、私の目の前には、ドアルゴの正門があります。
見上げるほど高く築き上げられた石造りの門です。
門の両端には鎧を身に纏った守衛さんがそれぞれ配置されており、奥に覗く街並みには煉瓦造りの立派な建物が立ち並んでいます。
多くの馬車や行商人が行き交っていることから、通商の中心地なのかもしれません。
少なくともドアルゴは私が想像していたよりも大きな街でした。
「ここがドアルゴですか。すごい。素敵な街です」
私は久々に訪れる人間の街に思わず感嘆の声を漏らします。
「一応、この辺じゃ王都を除けば一番大きな街だからな。俺も『運命の塔』の攻略に行く前はここを拠点にしてたんだ」
「じゃあハルトはこの街は初めてじゃないんですね?」
「10日くらい滞在してたかな。その間にギルドや武器屋は一通り回ったし、それなりに案内はできると思う」
ギルド、武器屋。
久しく聞いたそんな冒険者ならではの単語に私は目を輝かせます。
は、早く行ってみたい。
私は逸る気持ちを抑えられず、ハルトの腕を引っ張ります。
「そうと決まれば早く行きましょう! 300年振りの街が如何ほどのものか楽しみでなりません」
「ちょ、ちょっとそう焦るなよ。一応、俺達はお尋ね者だからな?」
ハルトはそう言うと胸元から何やらカードのようなものを取り出しました。
「それは?」
「これは冒険者ギルドの登録証だよ。街に入るときは身分確認をされることが多いんだけど、その時にこれが役に立つんだ」
「え、私そんなもの持ってないですけど……」
私はハルトから登録証を借りてまじまじと見つめてます。
特殊な素材でできたカードのようです。
色は金色。
透かし文字で『グランヴィエラ王国 ギルド登録証』、『冒険者ギルド』の文字。
それに加えて、本人を識別する魔法がかけられているのでしょうか。
微かに魔力の残滓を感じます。
言われてみれば、確かに300年前にもそんなものがあったような気はします。
しかし、今は当然そんなものは持っていませんし、仮にあったとしても300年前の登録証が有効かはわかりません。
私は薄っすらと目に涙を溜め、ハルトに視線を向けます。
「私、このまま捕まってしまうのでしょうか……」
しかし、ハルトは首を横に振ります。
「登録証があれば顔パスで通れるってだけで、別に無いからと言って直ちに捕まることはないよ。それに俺の登録証がゴールドだから、ラフィーネが俺の連れだと説明すれば軽い問答だけで入れると思う」
ハルトの言葉に私はほっと胸を撫でおろします。
よくよく聞くと、冒険者ギルドの登録証はその者のランクのよってその色が異なるそうです。
ランクはS、A、B、C、D、Eの6ランク。
登録証の色はそれぞれのランクに対応して白金、金、銀、銅、青、緑。
登録証自体は冒険者ギルド、商業ギルド、錬金術師ギルドなど各ギルドの本部・支部で発行してもらう必要があるそうですが、このランクと色の規格は統一されているそうです。
ハルトの登録証は金色で、透かし文字に『冒険者ギルド』との記載。
ということは、ハルトは『Aランク』の冒険者ということになります。
ランクを上げるにはギルドの依頼をこなしていく必要があり、難度の高い依頼をこなすほど早く昇進していけるとのことです。
冒険者ギルドでいうAランクというのは『一級指定魔物』を討伐できる実力が必要とのことで、冒険者の中でもこの領域まで辿り着ける者はごくわずかとか。
やはりハルトの実力は冒険者としてもトップクラスのようです。
「とはいえ、守衛の前では軽率な行動は控えろよ。ただでさえお前は目立つんだ。問答も当たり障りなくやり過ごせばいい」
「??」
私が目立つ?
私が美少女すぎて目を惹いてしまうという意味でしょうか?
ということでしたら、もはや私の美貌は何者にも穢すことができませんので、諦めてもらうほかありませんね。
しかし、身分確認を
「じゃあ行くぞ」
「はい」
私はやや俯き加減になりながら、なるべく気配を消してハルトの後ろに続きます。
「そちらの方、登録証のご提示をお願いします」
守衛さんがハルトを呼び止めます。
爬虫類に似たぎょろぎょろとした目。
細身でどちらかというと粘着質そうな雰囲気が漂う守衛さんです。
その様子から何となく嫌な予感がしましたが、ハルトが登録証を掲げるとその雰囲気は一変。
姿勢を正して敬礼に切り替えると、ハキハキと喋り出します。
「Aランク冒険者様でしたか! これは大変失礼しました! どうぞお通りください、ラインハルト様!」
ラインハルト?
聞き覚えのない単語でしたが、すぐに合点がいきました。
なるほど、ハルトは偽名を使っているのですね。
確かに本名で登録してしまったら、手配書の名前と照合されて速攻で刑務所行きですもんね。勝手にハルトのことをバカだと思ってましたが、そういう点は機転が利くようです。
それにしてもあんな感じの悪い守衛さんを一発で黙らせるなんて、Aランク冒険者ってすごいんですね……。
無駄に関心していると、ハルトが私の方に向き直りました。
「あと、彼女は俺の連れなんだ。今日は登録証を発行してもらうつもりで来たから、悪いが簡単な問答だけで通してあげてほしい」
その言葉を受けた守衛さんが私に視線を移します。
この感じなら簡単に通してくれるかなとも思ったのですが、守衛さんは何を思ったのか、先ほどハルトに向けていた視線とは打って変わって、まるで見慣れないものをみるかのような訝しんだ視線を私の全身に這わせます。
目で犯されるような感覚。
私はざわっと全身に鳥肌が立つのがわかり、思わず守衛さんから視線を逸らします。
ただ、ハルトのAランクの後光が効いたのか、守衛さんが頷くのがわかりました。
「承知しました。それでは簡単な質問で身分確認に代えさせていただきます」
私は促されるように守衛の前に立ちます。
表情が悟られないよう、わざと前髪が顔にかかるように意識して。
だって、私、嘘って得意じゃないんですもん。
「お名前は?」
「ラフィーネです」
「あ、」
「あ、」
答えた直後、私とハルトの声が重なりました。
早速やってしまいました。。。。
あれほど偽名を言わなきゃと意識していたのに、守衛さんの舐めるような視線を浴びたこともあり、つい本名を名乗ってしまったのです。
守衛さんの死角に立つハルトも開いた口が塞がらない様子。
万事休すかと思い、私は汗をだらだらと流しながらギュッと目を瞑ります。
「……?」
しかし、守衛さんは私の反応に少しだけ首を傾げたものの、どうやら私が『終焉の魔女』であることには気付かなかったようで、そのまま質問を続けました。
「職業は?」
「……魔導士です」
「滞在理由は?」
「……冒険者ギルドの登録です」
問答はこれで終わりでした。
後ろで安堵のため息をついているハルトを見て、私も胸を撫でおろします。
私は守衛さんに頭を下げると、そのまま足早に門をくぐりました。
一瞬肝を冷やしましたが、どうにか第一関門を突破できました。
「いや~チョロいものですね」
(ゴツン)
この後、ハルトから懇々とお説教を食らったのはまた別の話です。
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