§007 願い
「実は――お前はもう『魔女の力』が使えないんだ」
「え、」
突如、突き付けられた事実に思考が追い付きません。
そんな私を慮ってか、ハルトは丁寧にゆっくりと現在の状況を説明してくれました。
要約すると、私が胸を貫かれても生きているのはハルトの持つ剣――『クラウン・サラー』――のおかげのようです。
クラウン・サラーは別名『呪い食いの剣』とも呼ばれるらしく、物理的な攻撃が出来ない代わりに、一般的に『呪い』と呼ばれるものを封印する力が宿っているとのこと。
そして、どうやら私が『魔女であること』は、クラウン・サラー的には『呪い』に分類されるようで、彼の一撃によって私の『魔女の力』だけが封印されてしまったという顛末のようです。
「となると、私はもう魔女ではないのですか?」
私はハルトに尋ねます。
その問いにハルトは一瞬気まずそうな表情を見せましたが、観念したかのように首肯します。
「……まあ、『魔女の力を持つ者』を『魔女』というならば、そういうことになるな」
「……そうですか」
言われてみれば確かに身体に違和感があります。
あれほどまでに満ち満ちていた魔力が今ではごく微量にしか感じられません。
試しに上級魔法の構成を試みましたが、まるでそんな魔法は最初から存在しなかったかのように何も起こりませんでした。
そうだ、と思い立って、私は魔女になる前から得意だった――無属性魔法・
この魔法は『魔女の力』を得る前から使えていた魔法なので、今の私でも発動できるはず……。
その読みは正解だったようです。
魔法は私の少量の魔力でも、滞りなく発動しました。
私は魔法の対象を自分に設定します。
しかし、その表示された結果を見て、私は愕然としてしまいました。
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【ステータス】
名前:ラフィーネ・アメストリア レベル:1 職業:付与魔導士
HP:55/55 MP:525/526
筋力:22 体力10 敏捷:18 魔力:180 知力:40 幸運:11
経験値:0/100
装備:魔女のローブ 魔女のブーツ 魔女の髪留め 懐中時計 下着(白)
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レベル1……。
無限にあったはずの魔力もたったの180……。
ちょっとだけMPが高いのが救いですが、他のステータスも
どうやら私は本当に『魔女』から『人間』へと戻ってしまったみたいです……。
こんな体たらくではとても王国軍の軍勢など相手にできるわけがありません。
私は自分が自分であることを否定された感覚に襲われ、力なく心の声を吐露します。
「そんな……魔女の力を失って……私はこれからどうしたら……」
そんな私を不憫に思ったのか、ハルトが神妙な面持ちで私に声をかけてきます。
「その……なんか悪かったな。俺がとどめを刺せていればよかったんだけど……」
「どういうことです?」
「いやな、今回は結果として『呪い』だけの封印に成功した。でも、今までは『呪い』を封印すると、『呪い』に侵されていた者も同時に絶命するのが通例で、実は俺も今回のようなケースは初めてなんだよ」
「…………ということはハルトは端っから私のことを殺そうとしていたわけですね(暗黒微笑)」
私はジトッとした目でハルトを見つめます。
「あ、はは」
「笑って誤魔化してもダメです。でも……どうしてこんなことになってしまったのでしょう」
「それは俺にもよくわからないが……それだけお前にもこの世界に留まりたい未練があったんじゃないのか?」
「……未練」
私は彼と対峙している時と同様にその二文字に思いを巡らせます。
しかし、やはり辿り着く結論は同じでした。
私にはこの世界に留まる理由がないのです。
「私に未練などありませんよ。……なので、もし貴方が今からでも私を殺そうと言うのなら、私はそれを承服する所存です」
もちろんせっかく生き永らえたのに……という考え方もあるかもしれません。
でも、私は別に生きたいと思っているわけではありません。
むしろ今の私にとってはビオラに最後のお別れが言える時間を与えてもらえたというだけでも十分すぎることだと思っています。
先ほどは会話もままなりませんでしたからね。
しかし、彼は静かに首を横に振りました。
「俺はお前を殺さないよ」
「……そうなのですか?」
「ああ、俺は別にお前の命に頓着はない。俺は『呪い』を奪うことができた。世界の終焉も免れることができた。それだけで十分だ。……それに」
「…………」
「世界を見て回りたいんだろ?」
「え?」
私はその言葉が誰に向けられたものかもわからず、つい呆けた声を上げてしまいました。
「世界を見て回る? 誰がです?」
「お前が言ってたんじゃないか」
「私が? いつ?」
「もしかして本当に覚えてないのか? お前が意識を失う直前、ずっとうわごとのように言ってたんだぞ」
私はその言葉に目を見開き、真偽を確かめるべく、ビオラに問いかけます。
「ビオラ、それは本当?」
「だから何で俺の言うことは信じねーんだよ」
そんなハルトを尻目に、ビオラは静かに首肯します。
「はい。ラフィーネ様が眠りに落ちられる直前、この者の腕の中で、『世界を見て回りたい』という言葉と…………『ハルト』という言葉を仕切りに繰り返しておられました」
「な///」
「な///」
「おいメイド! それは言わない約束だろ! っていうか何かの間違いだ!」
「そ、そうですよ! それはきっとビオラの聞き間違いです!」
ハ、ハ、ハ、ハルトという言葉を口ずさんでいたことは置いておくとして……私は朧気な自身の記憶を辿ります。
ただ、正直なところ、私は「世界を見て回りたい」と言った記憶はおろか、そのような帰結に辿り着くであろう経緯すらも記憶にありませんでした。
むしろ、思い出そうとすればするほど、人形の手足を逆にしたような、不思議な違和感に襲われるのです。
まるでその時の記憶だけがぽっかりと抜け落ちてしまっているように……。
……ただ、一つだけ。
ひどく懐かしい夢を見ていた気がします。
それは遠い昔、私が魔女になる前の大切な記憶。
「世界を見て回る……ですか……」
私は声に出して復唱してみます。
正直、無意識下の私が何を思ってそんな言葉を口にしたのかわかりません。
でも、その言葉を復唱すると、不思議と心がぽかぽかと温かくなるのです。
まるで大切な何かが心に訴えかけてくるように。
私は自然と笑みを零してしまっていました。
「何か思い出せたのか?」
そんな私を見たハルトが声をかけてきます。
柄にもなく心配そうな表情を浮かべた彼に、私は自分の気持ちを伝えます。
「いえ。……でも、心の整理はできました」
「その結論、聞いていいか?」
彼は真剣な面持ちでそう私に尋ねます。
先ほどはああ言っていましたが、もしかしたら彼も迷っているのかもしれません。
私を殺すべきかどうかを。
そりゃそうですよね。私は終焉の魔女。
今は力を失っていますが、現世で唯一、世界を滅ぼす権能を有する者です。
私の中にまだ世界を滅ぼす気持ちが少しでも残っていれば、ハルトにとってもそれは看過できない事実のはず。
それを判断するためにも、私の決意を聞くことは非常に重要になってくるのです。
私のこれからの返答次第では、彼が私に斬りかかってくる未来は容易に想像できました。
もちろん口八丁で殺されないように立ち回ることは可能でしょう。
ただ、私の心には打算というものは一切無く、心の内を素直にハルトに打ち明けます。
「正直に言えば、世界を見て回りたいというのが私の未練なのかはわかりません。でも……ハルトの言う通り、この塔に300年間も引きこもっていた私はこの世界を自分の目で見たことがないというのは事実です。ハルトに言われて初めて気付きましたよ。自分が世界を壊していい道理なんかないことに……」
「…………」
「こんな当たり前のことに気付くのに300年も費やしてしまいました。まったくもってハルトの言う通りですね。私は自分の意思と謳いながら、結局は無自覚のうちに神の操り人形に成り下がっていたのですから」
「…………」
「でも、私は自身の判断が過ちであったことに気付くことができました。そう、他ならぬ貴方のおかげです。そんな貴方が私を赦してくれると言ってくれている。それならば私の望みは一つしかありません」
「…………」
「私はこの目で世界を見て回りたい。貴方が素晴らしいと言ったこの世界を自分の目で見て回りたい。私の決断が決して間違いではなかったと胸を張って言えるように。これが私――ラフィーネのささやかな願いです」
そこまで言って、私は水色の双眸をスッとハルトに向けます。
ハルトは私の決意を聞いてどう感じてくれたでしょうか。
一応、思いの丈は全て言葉に乗せてみたつもりですが、ちゃんと伝わったでしょうか。
先ほども言いましたが、私はハルトの言葉を全て受け入れるつもりでした。
死ねと言われれば死にますし、生きろと言われれば生きます。
その覚悟をもって、私は今しがたの言葉を紡いだつもりです。
次のハルトの言葉で私の運命が決まる。
そんな期待と不安を胸に、私は「次はハルトの番」とばかりに上目で彼の様子を窺います。
しかし、一方のハルトはというと、私と視線が合うなり、何やら複雑な表情を浮かべて黙りこくってしまいました。
そして、どれだけ待っても次の言葉は出てきませんでした。
何か気分を害すことを言ってしまったのでしょうか……?
私は不安の表情を湛えて、小首を傾げます。
そんな私を見たハルトは何やら悔しそうな表情を浮かべて私から視線を外すと、ようやく次の瞬間、口を開きました。
「(そんな表情をされて殺せるわけねーじゃねぇかよ、バカ)」
「??」
すみません。
ぼそぼそしゃべるのでよく聞こえませんでした。
「だから、いちいち重いやつだなって言ったんだよ! そんなこと、俺に決意表明しなくても自分で決めればいいじゃねーか! 俺はお前の保護者じゃないんだぞ、バカかお前は」
「なっ!」
別に優しい言葉を期待していたわけではありませんが、返ってきた言葉が想像以上の暴言だったこともあり、私の頭にもカッと血が昇ります。
「貴方が結論を聞きたいって言ったから話したのでしょう! それにこっちは真剣に話してるのになんですかバカって! ええ、わかりましたよ、勝手にしますとも! 貴方に言われるまでもなく、世界を旅しまくってやりますよ! それはもう何周も、何十周もしてやりますよ!」
「お前みたいな世間知らずが何十周もできるわけねーだろ、バカ! ちょっと可愛い顔してるからって調子乗るなよ!」
「顔は関係ないでしょう! 貴方はいちいち口の悪い人ですね!それになんなんですかさっきからバカバカって! 貴方は見えないかもしれないですが、知能ステータスは私の方が圧倒的に上なんですからね。それに知らないようなので教えてあげますけど、バカって言ってる人が実はバカなんですからね! 顔がいい分、知能はお猿さん並みのようですね!」
そこからは何往復にも連なる悪態の応酬でしたが、そんなやり取りが緊張を瓦解させるのには効果てきめんだったようです。
お互い息も絶え絶えになるほどに口汚く罵った後、気付いた時には二人とも声を出して笑っていました。
「言うじゃんか、引きこもり魔女のくせに。言っておくけど、お前が思っているほどいいものじゃないかもしれないぞ? この世界」
「それならまた世界を壊すまでですのでお構いなく」
「もう『魔女の力』も使えないくせに?」
「貴方を殺せばきっとその剣の効力も消えますよ。せいぜい夜道には気を付けることですね」
「あ? やっぱここで殺しておくか?」
「上等ですよ。受けて立ちますよ。レベル1を舐めないでください」
とまあこんな調子で会話をしていますが、彼に対してほんのちょっぴりの感謝の念を抱いているのは事実です。
昨日の敵は今日の友という諺があります。
こんな口が悪くてよくわからない人のことをさすがに友とは思いませんが、それでも私に大切なことを気付かせてくれた恩人であることに変わりはありません。
最後に、私は襟を正して感謝の意を伝えます。
「さて、冗談はこれくらいにして……この度は本当にありがとうございました。短い間でしたが、ハルトにはたくさんの大切なことを教えてもらいました。私は貴方のことを一生忘れません。私はこれから冒険者として世界を見て回る旅に出ます。世界広しと言えど、旅をしていればまたいつか出会う日も来るでしょう。その時は、私も貴方に負けないぐらい力をつけておくつもりですので、今回の借りはきっちり返させていただきますからね。お元気で」
ふぅ、別れの挨拶としては上出来でしょうか。
ハルトとの言い合いを重ねて、私の会話スキルも少しは上達したみたいですね。
これなら冒険者としてこの世界にもすぐ馴染めるでしょう。
「さて、ビオラ。王国軍がすぐ下まで迫っています。早く出立の準備を」
そう言って私はこの場を悠然と立ち去ろうと玉座から腰を上げます。
すると、なにやらビオラがまたしても気まずそうな表情でこちらを見てくるではありませんか。
あれ? 私、また何かやらかしました?
「あ、すまん。まだ説明してなかったけど……」
「??」
「お前はこれから俺と一緒に王国軍から逃げることになるから」
「……はい?」
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