§006 目覚め

「おら! いつまで寝てんだよ!」


「ふぇ?」


 私は男の人の声で目を覚ましました。


 朦朧とする意識の中、私は何者かの腕に身体を預けていることに気付き、ハッと目を見開きます。

 視界に飛び込んできたのは、やれやれといった表情を浮かべたハルトと、心配そうにこちらを見つめるビオラの姿でした。


 私は先ほどハルトの剣を受けて死んだはずです。

 それなのになぜハルトとビオラが目の前にいるのでしょう。


「ここは……天国でしょうか」


 私は状況が理解できずに、うわごとのように呟きます。

 そんな私の言葉を受けて、ハルトが呆れた顔を浮かべました。


「世界を滅ぼそうとしておいて何が天国だ」


 まあ、そうですよね。


「やっぱり地獄ですか?」


「アホ、そういう問題じゃねーよ」


 そう言うや否や、ハルトがいきなり私の柔らかいほっぺたをつねってきたのです。


「いでででっ! な、何をするのですか!」


 私は涙目で反論します。


「この痛みが夢、幻だと思うか?」


 その問いかけに私はハッとします。


 確かにこの痛みは本物。

 というかかな~り悪意がこもっているようで、普通に痛いです。

 私はどうにかハルトの手から逃れると、少し首を動かして辺りを見回してみます。

 すると、そこには見覚えのある玉座、鏡台、装飾がありました。


「ということはまさか……」


「ああ、お前は死んじゃいねーよ。ここは俺とお前が戦った場所。『運命の塔』の最上階だ」


 その言葉に私は目を見開きます。


 確かに状況からすれば、彼の言ってることは正しいのでしょう。

 しかし、ハルトは敵。

 敵の言うことを易々と信じていいものでしょうか。


 それに何より私が一番わかっているはずです。

 私はあの時、確かにハルトの剣に貫かれました。

 それも正確なまでに心臓を一突き。

 直後、魔力はどくどくと流れ出し、身体から魂が抜けるような感覚すらも味わいました。

 あの状況から九死に一生を得るなんてことが本当に起こりうるのでしょうか。


 そう思って私は風穴が空いているだろう豊満な胸に視線を落とします。


 しかし、どういうことでしょう。

 外傷はおろか、服にも傷一つ付いていなかったのです。


 私の思考は混乱を極め、思わず使い魔であるビオラに視線を送ります。

 するとビオラはほんのりと微笑みを浮かべて言うのです。


「この者の言う通りでございます。ラフィーネ様は生きておられますよ」


「……そうですか。ビオラがそう言うなら間違いないのでしょう」


「いや、俺の言葉も信じような」


 横からハルトの声が聞こえますが、とりあえずは無視することにします。


「ビオラ、手短にで構いません。私が倒れてからの状況を説明していただけますか」


「ええ、もちろんです。ただ、早急にご報告しなければならないことがございます」


如何様いかようですか?」


「ハルト様の一撃と同時にラフィーネ様が発動されていた終極魔法――世界の終焉クレアシオン――が停止したことは既にご存じのことかと思います」


「はい」


「王国軍はこれを好機と捉えたようで、現在、王国軍の軍勢、約1000がこの塔に押し寄せてきている状況でございます。ラフィーネ様の魔力供給が止まった結果、各階層のトラップも稼働していないため、最上階であるこの『蒼天の間』に王国軍が辿り着くのも時間の問題かと思われます」


「え。それでは至急応戦しなければならないではないですか」


「……そうなのですが」


 そこでビオラは一瞬、逡巡を見せます。

 その不自然な間に私が小首を傾げると、バトンタッチとばかりにハルトが口を開きます。


「ここからは俺が説明するよ」


 そう言うと彼は私をお姫様抱っこで玉座まで運んでくれると、これまた本当のお姫様のように優しく座らせてくれました。


 正直、彼のことは顔はいいが口は悪い無法者としか思っていなかったので、その期待を裏切る紳士的な態度に、頬がほんの少しだけ紅潮するのを感じます。


「あ、ありが……」


「ん? なんか頬が赤いな。さすがにさっきはつねりすぎたか。すまん」


「…………うるさいです。少しチークを塗りすぎただけです」


 ビオラから「ぷっ」と吹き出す声が漏れましたが、私は気にしません。

 嘘です。あとで絞めます。


「それで説明とは何のことですか?」


「ああ、そうだ。お前にとってはかなり重要なことだから心して聞けよ」


「??」


「実は――お前はもう『魔女の力』が使えないんだ」


「え、」


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