§008 使い魔

「お前はこれから俺と一緒に王国軍から逃げることになるから」


「……はい?」


 私は思わず聞き返してしまいました。


 私とハルトが一緒に逃げる?

 いやいや、さすがの私でもそんな世界線が存在しないことはわかりますよ。

 冗談はほどほどにしてください。


「何を言ってるのですか? ハルト。私のことは置いておくとして、貴方は別に王国軍から逃げる必要などないでしょうに。世界を滅亡の危機から救った英雄ですよ? 王国からは金一封はもちろんのこと、もしかしたら爵位も与えられるかもしれません。それを見す見す逃すなんてそんな馬鹿なことがあるわけないじゃないですか」


 私の言うことがもっともだと思ったのか、説明するよりも先にハルトは胸元から1枚の紙を取り出し、先ほどと同様に私に向かって投げ渡します。


 今回は風魔法を操ることはできなかったのですが、紙は絶妙なコントロールで私の手中に収まりました。


「……これは」


 またもや手配書でした。


 そこには、『WANTED指名手配』と『懸賞金:5000金貨』の文字。

 そのすぐ下には、私の手配書と同じタッチの似顔絵で、白い歯がキラリと光る超絶イケメンが描かれていました。

 正直なところ、すごくタイプです。


「誰です、これ」


「アホ。どう見ても俺だろうが」


「――――!!」


 私は思わず絶句してしまいました。

 同時に似顔絵が似てないのは私だけじゃなかったと安堵の気持ちも薄ら芽生えます。


「き、きっと大丈夫ですよ。この似顔絵を見て、誰もハルトとは思いませんから」


 私は込み上げる笑いをこらえながら、どうにか言葉を紡ぎます。


「おい。お前、めっちゃ失礼なこと言ってるぞ」


「それにしても5000金貨とは大層な懸賞金ですね。家一軒分くらい買える金額じゃないですか」


「それ、300年前の話な。今は貨幣価値も変わってて、5000金貨があれば小さな街1つ買える」


「ま、街?! 貴方、一体何をやらかしたんですか」


「あ、はは」


「だから笑っても誤魔化せませんって。まあ、いいです。貴方が王国軍に捕まれないというのはよくわかりました。でも、だからと言って、私と貴方が一緒に逃げるというのは納得がいきません。私は悠々自適に一人旅を楽しみたいのです」


 私が少し鼻息を荒くしてそう言ったところで、ビオラが横から口を挟んできました。


「実はハルト様にはわたくしからお願いしたのです」


「ん? どういうことですか?」


「説明させていただきます。今や王国軍の軍勢は40階層を突破しております。敵の数は約1000。この数を切り抜けるのはさすがのハルト様でも困難でしょう。そこでわたくしはハルト様に提案したのです。この塔を安全に脱出させる代わりに、ラフィーネ様を安全な場所まで連れて行ってほしいと」


「そんな私は一人で……」


「ラフィーネ様、冷静に考えてください。貴方様はもう魔女ではありません。失礼を承知で言わせていただけば、今のラフィーネ様は超絶弱弱よわよわです。それはもうわたくしが鼻くそをほじりながら戦っても勝てるほどです」


「は、鼻くそ。(コホン)。それはそうかもしれませんが……」


「それにラフィーネ様は引きこもりの世間知らずです。貨幣の価値もわからなければ、現在の世界の常識というものを何もわかっておられないでしょう」


「び、ビオラ、口が悪くなってますよ。この男に何か吹き込まれました? ここぞとばかりに言いたい放題言ってません? 大丈夫ですか?」


「これはラフィーネ様の教育の賜物です」


「…………」


 ビオラはコホンと咳払いをして続けます。


「続けさせていただきます。わたくしはあくまで冷静に最善の策を提案しているのです。まず、ラフィーネ様にはしばらくの間、ハルト様と一緒に旅をしていただき、この世界の常識を学んでいただきたいと思います。もちろんずっととは言いません。せめてレベル10になるくらいまで」


「レベル10?! そんな長い期間、殿方のお世話になるなんて許されません! それに私だけではなくハルトにも迷惑がかかるでしょう!」


「この点はハルト様にも既に了解を得ています」


「そんな……」


 ビオラの具申に私は歯噛みします。


 私だってもうわかっています。

 彼は悪い人ではありません。

 多少口は悪いところがありますが、根は優しくて紳士。

 まだ出会って間もないですが、会話の端々から人の良さが伝わってきています。


 それに彼が王国軍から逃げられないというのはおそらく建前。

 彼の実力を以てすれば、1000の軍勢だろうと突破することは可能なはずです。


 でも、彼は先ほど言いました。

 俺がとどめを刺せていればよかったんだけど……と。


 私を呪いから完全に解放することができなかった。

 この点が彼の心にしこりを残してしまっているのでしょう。

 まったくどれだけお人好しなんですか。


 それでも……と思います。


 私はどこまでいっても『魔女』であって、彼はどこまでいっても『人間』なのです。

 決して交わることがなく、交わってはいけない存在。


 これから先、私の存在が重石になる時が必ず来ます。

 それは限りなく近い未来かもしれない。

 その場合、彼は私を切り捨てる選択をしなければならないのです。


 私は彼にそんな選択を迫りたくない。

 心優しい彼にそんな気持ちを味わわせてはいけないのです。


 なので、私はどうあってもこの場は固辞しなければなりません。

 たとえビオラの意思がどんなに固かろうとも。


「ビオラ、わかってください。私は『魔女』です。そんな私が『人間』と一緒に旅など……」


「だから……」


「はい?」


「だから、そんな凝り固まった考えは捨ててしまえと言っているのです!」


「え、」


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