§003 未練

「世界が終焉を迎えるってどういうことだ?」


「へ?」


 私は素っ頓狂な声を上げてしまいました。


「えっと……貴方は世界の終焉を防ぐために私を倒しに来たのではないのですか?」


「え、全然違うけど」


「へ」


「ああ、だからさっきからよくわからん口上を吐きまくってたわけか。300年前はそういう話し方だったんだろうなと一人で納得してたんだが」


「か……」


 ラフィーネ様、顎が外れておりますというビオラの声。

 しかし、今回は我に返ることができませんでした。


 ……この世界の命が尽きるまで存分に殺し合おうじゃありませんか。

 …………この世界の命が尽きるまで存分に殺し合おうじゃありませんか。

 ………………この世界の命が尽きるまで存分に殺し合おうじゃありませんか。


 先ほど私が息巻いて言った中二病のような台詞が頭の中に鳴り響きます。


 ああ、私は何を勘違いして一人でテンション上がっていたのでしょう。

 彼は何も知らずに塔を登ってきただけなのに。

 それを世界だの、終焉だの、挑戦者だの……と。


 私は魔力を凝縮させ、目の前に大きなを出現させます。

 そして、すぐさまそれに飛び込もうとします。


「ラフィーネ様、落ち着いてください。ここに穴はございません」


 それを必死に止めようとするビオラ。


「む、無理です。あんな生き恥をさらして。穴は作ったので入らせてください。30分、30分だけでいいですから」


「それでは穴に閉じこもっている間に世界は終焉を迎えてしまいます。それにラフィーネ様は混乱されております。世界が終焉することこそが事実なのです。そのため、ラフィーネ様がおっしゃった恥ずかしい台詞は決して間違っておりません。あの者の認識がおかしいのです。この事態で世界の終焉を知らないなんて」


 ……ああ、まあ確かにそうか。

 冷静に考えたら私は別におかしくありませんね。


「お前ら、さっきから何やってるんだ? コントか」


 ビオラの冷静な一言と、アイバ―ハルト略してハルトと名乗る男の無慈悲な一言に、私は冷静さを取り戻します。


 コホン。

 私は軽い咳払いの後、彼を見据えます。


「私としたことがまたしても少々取り乱してしまったようです。して、アイバ―ハルト。世界の終焉を防ぐためでないのならば、貴方の目的は一体なんなのですか?」


「気になる?」


 なんかその言い方、妙にムカつきますね。

 でも……。


「……むぅ。気になります」


 そんな私の返事に、彼は仕方ないな~とばかりに肩を竦めます。


「俺の目的は――お前の『呪い』を奪うこと」


「……呪い? ですか?」


 私は思い当たる節が無くて、思わず小首を傾げます。

 永遠の命を得たいとか、私の持つ財宝が欲しいとかならまだ理解できます。

 でも、『呪い』って……。


「すみません。ちょっと言ってる意味がわかりかねますね」


「まあ、俺が『呪い』マニアかなんかだと思ってくれればいいよ」


「呪いマニアって……。世の中にはけったいな方がいるものですね。でも、繰り返しになりますが、私は『呪い』など持っていませんよ?」


「まあ、詳しいことを話すつもりはないよ。そもそも俺とお前は敵同士だしな。それにあと数刻で世界が滅亡しちゃうんだろ? それはさすがに俺も困るんだ。俺にはやらなければならないことがあるからな」


 ……やらなければならないこと。


 その言葉に思わずハッとします。


 今まで私を小馬鹿にした言動を繰り返してきたハルトでしたが、その言葉を言う時だけは、とても真剣に見えたからです。

 同時に、ふと先ほどのビオラとの『未練』の話を思い出してしまいました。


「そうですか。貴方にも未練があるのですね」


 私は心を覗き込むように、真っすぐに彼のことを見つめます。


「お前みたいないかにも世間知らずって感じの引きこもり魔女に世界を滅ぼされるっていうのがそもそも未練だよ」


「…………」


「冗談だよ。でも、いきなり世界が終わるって言われたら未練の一つや二つはあるのが普通だろ? 逆にお前には未練はないのかよ?」


「私には未練はありません」


 私は即答します。

 その問いは先ほどのビオラとの会話で予習済みなのです。

 しかし、そんな私の返答を聞いたハルトはどうにも腑に落ちない顔をしていました。

 そのため、私は言葉を足します。


「世界を終焉させること。それが神より仰せつかりし私の使命なのです。それでいて未練などおこがましいにもほどがあります」


「お前は神に『世界を壊せ』と言われたから壊すのか?」


「ああ、よくある『神に死ねと言われたらお前は死ぬのか?』という問答ですね。残念ながらそんな問答では私は止められませんよ。私は神のしもべではありません。そのため、別に全てが神の意のままというわけではないのです。でも、先ほども申し上げたように私にはこの世界に留まる理由がありません。だから、私は神から使命を与えられ、私も納得した形でこの世界を壊すという決断をしているのです」


 そう言って私は若干勝ち誇った薄ら笑いを浮かべます。

 少々多弁になってしまいましたが、これで彼も納得するでしょう。


「いや、俺は問答をする気は更々ないけど……」


「あら、釣れないですね」


「でも、素朴な疑問として――お前は自分の壊す世界をちゃんと自分の目で見たことはあるのか?と思ってさ」


「え?」


「だから、お前はこの世界がどんな世界かをちゃんとわかった上で、それでも滅ぼした方がいいと決断したのかってことだ」


「……そ、それは」


 彼の予想もしていなかった言葉に、私は次の言葉が出てきませんでした。


 図星をつかれたと言えばそれまでですが、確かに私はここ数百年の間、この塔を出たのは数える限り。

 実のところ、壊すべき世界のことを何一つわかっていないのです。


「それに……」


 そんな私に畳みかけるように彼は言葉を紡ぎます。


 私は彼が次に繰り出すであろう言葉が怖くてたまりませんでした。

 今までの私の価値観を根底からひっくり返されそうな気がして……。

 耳を塞ぎたい気持ちで一杯でした。


 ただ、さっきまでと打って変わって真剣な眼差しをこちらに向ける彼。

 そんな彼から私は目を逸らすことができませんでした。

 状況的に聞かないことが最善だとわかっていても、私の本能がその答えを欲していたのです。


 私は覚悟を決めて、コクリと唾を飲み込みます。


「お前は未練なんかないって言ってたけど……本当は気付いているんだろ?」


「え、」


「なんだかお前……寂しそうだ」


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