§002 侵入者

(ドゴォォオオーーーン!)


 落盤でも起きたのかと思わせるほどの轟音が辺りに響きわたり、『蒼天の間』の床の一角が崩落しました。


「な、何事です!」


 私は粉塵が舞う一帯に目を向けます。


 すると、その穴から一人の男が這い出してきました。

 どうやら天井を貫通させてこの『蒼天の間』に到達したようです。


 私の部屋に風穴を開けるとはどういう了見をしているのでしょうか。


 私が彼に非難の視線を送ると、彼もこちらをじっと見つめてきました。

 おそらく警戒されているのでしょう。


「…………」

「…………」


 この300年で、最上階まで辿り着いた者は初めてです。

 そのため、私は挨拶をすべきか一瞬逡巡してしまいました。


 しかし、私の明晰な頭脳がすぐさま解を導き出します。


 最上階までこの者一人で登って来られるわけがありません。

 おそらく階下にまだ仲間がいるでしょう。

 そして、挨拶というのは全員揃ってからするのが礼儀。

 では、私はとりあえず待ちの姿勢を取りましょう。

 さて、何人の団体さんがお出ましでしょうか。


「…………」

「…………」


 見つめ合う私と男。

 しかし、待てども待てども、仲間など一向に現れません。


 そんな状況を見かねたビオラが私に耳打ちします。


「(ラフィーネ様、今回の侵入者はこの者一人でございます)」


「え、一人?」


 私は思わず感嘆の声を漏らしてしまいました。

 そして、改めて私は男に目を向けます。


 黒い髪に灰色の瞳。

 男にしては髪の毛は少し長めで中性的な顔をしています。

 背中には髪色と同色の漆黒の大剣。腰には背中の剣と比べるとシンプルな片手剣。

 身なりから剣士であることはわかります。

 剣が二本ということは双剣使いでしょうか。


 ただ……私にはとても彼が一人でこの塔を攻略できるような人間には見えませんでした。

 特に体格に恵まれているわけでもなく、纏っている風格も至って普通。

 剣を手にしていなければ、私は彼を敵とすら認識しなかったでしょう。

 それくらいどこにでもいるような普通の青年です。


 けれど、彼がこの最上階まで辿り着いたのは紛れもない事実。


 私は最大限の敬意を込めて、言葉を紡ぎます。


「随分と派手な登場ですね。ちゃんと『階段』というものが用意されているのですが、目に入らなかったでしょうか」


 おっと。

 人と話すのは久しぶりなのでどうも自制が効きませんね。

 ついつい思ったことを口に出してしまいました。

 次からは気を付けないといけません。


 しかし、対する男は私の嫌味など歯牙にもかけない様子で、表情一つ変えません。


 それはそれでつまらないですね、と思って彼のことを見ていると、男は何かに気付いたようにおもむろに胸ポケットをまさぐると、一枚の紙を取り出しました。


 ……?? 手紙でしょうか?


 紙をまじまじと見つめる男。

 紙をまじまじと見つめる男をまじまじと見つめる私。


 突如、男は驚いた様子で顔を上げます。


「まさかお前が『終焉の魔女』か?」


 ええ……今更ですか。

 貴方は一体私を誰だと思って熱い視線を向けていたのですか。


 そんな悪態が頭を過ぎりましたが、私はあくまで平静を装って答えます。


「いかにも。私こそが終焉の魔女・ラフィーネです」


「いや、それなら黙ってないで早くそう言ってくれよ」


「はい?」


「いやさ、部屋に入るなりジロジロ見つめてくるもんだから新種の魔物かなと思って警戒してたんだが、まさかと思って『手配書』を見たらまんまお前じゃん」


「へ、魔物っ……。(コホン)。先程は貴方が一人でこの塔を攻略してきたとは思えなかったので少々面食らってしまっただけです。それにしても巷では私の『手配書』なんてものが出回っているのですね。それは非常に興味深い」


 私の興味は男から手配書に移ります。


「以前にお前に会ったことがあるっていう奴が描いた似顔絵らしい。まあ、そいつもお前と会ったのは随分前だって話だし、てっきり実物はもっと婆さんだろうと思ってたんだが……想像よりも随分若いから少しびっくりしてる」


「婆さんって……貴方、結構口が悪いですね」


 私は呆れ顔を見せつつも、コホンと咳払いをして気を取り直します。


「魔女というのは人間を超越した存在のことを言います。私はよわい十六の時に魔女になりました。ですから、私はその時から歳を取っていないのですよ」


「じゃあ仮に六十歳の時に魔女になったら婆さんの姿で一生過ごすことになるわけか」


「…………」


 理論上はそうなりますが、なぜか例え話がムカつくのは私だけでしょうか。


「とりあえずお前が手配書どおりの見た目でよかった。もし、手配書の絵と違ってたら今までの階層みたいにこの階層もスルーしちまうところだったぜ」


 そう言って男は手配書を私に向かって投げて渡してくれます。


 なるほど。今の言葉から察するに、この男はさっきみたいに天井を貫通させてこの階まで一直線に登ってきたわけですね。

 それなら各階層のトラップが全く発動しなかったのも頷けます。

 まあ、そのような芸当は普通の人間にできる所業じゃありませんけどね。

 この者は一体何者なのでしょう。


 私は風を軽く操って、投げられた手配書をパシリと受け取ります。


 そこには――『WANTED指名手配』――の文字。

 ふふ、こういうのを見ると年甲斐も無く、心が躍ってしまいますね。


 手配書の私の似顔絵はさぞかし……。


「ってどこも似てないじゃないですか!」


 手配書にはどう見ても私に似つかわしくない老婆の姿が描かれていました。

 私は思わず手配書を破り捨てます。


「そうか? 髪の色とかそっくりじゃないか」


「これは白髪しらがでしょ! 私の髪は綺麗な銀髪です! 一緒にしないでください!」


「いや、服も白と青で同じだし」


「たまたま似たような服を着てるだけでしょ! 別人ですよ別人!」


「それにここの小皺こじわとか」


「似てねーよ! しつこい!」


 ラフィーネ様、言葉が乱れておりますよというビオラの冷静な言葉に私はハッと我に返ります。


 コホン。

 私としたことが、またしても少々取り乱してしまったようです。


 それにしても何でしょう、この者は。

 私は曲がりなりにも『魔女』の称号を持つ者。

 世界を恐怖と混沌に陥れる厄災の象徴のはずです。

 私を前にした者は恐れ戦き、思わず失禁してしまうのが通過儀礼。


 それなのにこの者は私を前にしても全く臆することがない。

 それどころか私を小馬鹿にしている節すらある。


 今思えば、生身の人間と話すのは久方ぶりです。

 もしかしたら、私が隠居している間に人間側にも変化があったのかもしれません。

 若しくは、私の伝承が風化してきているのか。


 いずれにせよ、この身の程を弁えぬ者には、物事のことわりというものをしっかり叩き込んであげなければなりません。


 それが終焉の魔女たる私の責務。


「とりあえず、貴方の名前を聞きましょうか。私は貴方を最後の挑戦者と認めます」


「挑戦? 俺は相葉春斗あいばはるとだが」


 アイバ―ハルト?

 変わった名前ですね。異国の方でしょうか。


「アイバ―ハルト。よくぞここまで辿り着きました。まず、たった一人で私に挑んだ勇気を賞賛いたしましょう。この世界はあと数刻で終焉を迎えます。この世界の命が尽きるまで存分に殺し合おうじゃありませんか」


 そう言って私は全身に魔力を纏います。

 私の周りには目に見えて魔力が渦巻き、それは段々と広範囲に伝播していきます。

 空気の流れが変わり、私の銀色の髪がばさばさとはためきます。


「あの~」


 しかし、せっかく集中していた魔力が彼の一言によって霧散してしまいました。


「なんです? この期に及んで」


 せっかく最終決戦にふさわしい口上も決まったところですのに。


「盛り上がってるところ悪いんだが、ってどういうことだ?」


「へ?」


「もしかして、この世界、もうちょっとで終わっちゃう感じ?」


「は?」


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