決して死ねない最強の魔女、冒険者ギルドに登録する
葵すもも
第1章【運命の塔編】
§001 終焉の魔女
「……もうじきこの世界もなくなってしまうのですね」
ある荒野に佇む塔、その最上階の玉座にて。
私は天窓から臨む蒼天を見上げながら、ポツリとそう呟きました。
あと数時間でこの世界は終わります。
私がそういう魔法をかけたからです。
終極魔法――『
私の全魔力を注ぎ込んだ一世一代の大魔法です。
この魔法が発動した暁には、私がいるこの塔はおろか、王国、大陸、世界。
その全てが星屑へと変わります。
そんな過去に例を見ない大災害の瞬間が、今、刻一刻と迫りつつあるのです。
私は世界を終わらせようとしている張本人。
もちろん全てを受け入れた上でこの決断をしているわけですが、やはり世界の終焉ともなると、心は騒めいて仕方ありません。
私はそんな心の内を紛らわすように、傍らに控える少女に声をかけます。
「ビオラ、魔法の発動まであと何時間ですか?」
「はい、ラフィーネ様。残りちょうど1時間でございます」
メイド服を身に纏った少女・ビオラがかしづきながら答えます。
彼女は私の使い魔です。
いえ、『私の』というと語弊がありますね。
彼女は私が神より賜わりしこの『運命の塔』の管理人のようなものです。
黄金色に輝くショートカットの髪に、一点の曇りもないスカイブルーの瞳。
メイド服を着ているのは決して私の趣味ではありませんよ?
彼女との付き合いは、私がこの『運命の塔』に住むようになってからですので……かれこれ300年くらいでしょうか。
使い魔は魔力で生成された言わば人形のようなもの。
『命』という概念が無ければ、当然『死』という概念もありません。
語弊を恐れずに言えば、彼女の存在は『現象』なのです。
だからこのまま世界が終焉を迎えたとしても、彼女は死ぬわけではなく、あるべき形に戻るだけ。
そう。たった……それだけのはずなのですが……。
「…………」
私の感情はこの300年でだいぶ風化してしまい、心が大きく動くことはなくなりました。
魔女になる前の私は、それはそれは感情豊かな美少女だったのですが、今ではすっかり落ち着いてしまい、大変淑やかなクールビューティーになってしまいました。
そりゃこんな
そんな私ですが、さすがにビオラについては思うところがあります。
世俗とは隔絶したこの『運命の塔』で唯一私の話し相手になってくれた彼女。
感情を持ち合わせていない彼女からの返答はいかにも事務的と言えるものばかりでしたが、煩わしいことが苦手な私にとってはそれが心地よく、自分にはもったいない使い魔だったなと改めて思います。
私はそんな感謝の意をビオラに伝えます。
「ビオラ、今までありがとう。あなたがいてくれたから私は一人でも全然寂しくありませんでした」
「もったいないお言葉です。ラフィーネ様」
最後まで事務的だったビオラの言葉に、相変わらずね、と私は思わず笑みをこぼします。
「もう私に付き人は不要です。こんな直前になってから言われても困るでしょうけど、世界が終焉を迎えるその時まで。あなたは自分が思うがままの人生を過ごしてください。もう私に付き従う必要はありません」
しかし、ビオラはふるふると首を振ります。
「いいえ。わたくしは『運命の塔』の使い魔にございます。この世界が終焉を迎える最後の瞬間までラフィーネ様にお仕えさせていただきます。それがわたくしの偽りなき信念であり、願いでございます」
普段よりも多弁なビオラに私は思わず目を丸くしてしまいました。
同時に心がほんのりと温まるのを感じます。
「……そう」
私は短く口にしました。
そう言ってもらえて嬉しいよ、と返したかったのに、素っ気ない返事しかできない主君で本当に申し訳ない。
300年も引きこもっていると、思うように言葉が出てこないものなのです。
私はふぅと軽く息を吐いて、再びビオラに話しかけます。
「ビオラはこの世界を終わらせることには反対ですか?」
そう口にして。
私はどうしてこんなことを問うているのだろうと思いました。
もう魔法の発動は止められません。
確定している未来の是非を問うて一体何の意味があるのだろうと……。
しかし、ビオラは淡々と答えます。
「わたくしは全て御心のままに。世界を終焉に導くことこそ、『終焉の魔女』であるラフィーネ様の果たすべき義務であると理解しております」
「……そう……ですよね」
……終焉の魔女。
私はその言葉が意味することを思い出し、同時に自分の運命を悟ります。
私は――終焉の魔女・ラフィーネ――。
絶大の魔力を以て、世界を恐怖と混沌に陥れる厄災の象徴。
私が神より授かりし天命は、世界を無に還すこと。
そもそも私には未来をどうこうする選択肢など与えられていないのです。
「……ラフィーネ様はまだこの世界に未練でも?」
押し黙る私を見たビオラが小首を傾げながら尋ねます。
「未練ですか……」
そう言えるものがあれば運命に抗ってみようと思えたのかもしれません。
恋人、子供、仲間、家族。
けれど、私には特に思い当たるものがありませんでした。
「この世界に未練などありませんよ。だって……」
「…………」
「大切なものは、私が魔女になった時に失ってしまいましたから」
私は何を柄にもなく感傷に浸っているのでしょう。
さすがの私でも世界を終わらせるとなるとセンチメンタルな気持ちになるみたいです。
私は落としていた双眸をスッとあげます。
すると、ビオラが複雑な表情を浮かべていることに気付きました。
普段は人形のように顔色一つ変えないビオラです。
そのため、その変化が少しだけ気になってしまいました。
「どうしたのですか?」
私は静かにビオラに問いかけます。
「いえ……」
しかし、ビオラは口に出すことを躊躇します。
「話してみてください。この300年間、寛大な私が怒ったことなど一度もなかったでしょう? ましてや今は最後の刻。我慢は身体に毒ですよ」
私のその言葉にビオラは尚も躊躇いつつも、静かに言葉を紡ぎます。
「ラフィーネ様はこの世界に未練がないとおっしゃいました。わたくしは使い魔。本来であれば主君であるラフィーネ様と同じ志であるべきです。……けれど、今しがたのラフィーネ様のお言葉を聞いて、わたくしには未練が生まれてしまいました」
その言葉に心臓がトクンと高鳴ります。
「ビオラ、あなたの未練を教えてくれますか」
一瞬、逡巡したビオラでしたが、意を決したように口を開きます。
「……ラフィーネ様の『大切なもの』のお話を、お聞きしたかったなと思いまして」
ビオラのお菓子をねだる少女のような表情に、私は思わず笑みをこぼしてしまいました。
「私に何かを望むなんてビオラも言うようになったじゃないですか」
私はくすくすと笑います。
「ラフィーネ様がおっしゃったのですよ。自分が思うがままの人生を過ごしてください……と」
「ふふっ、これは一本取られましたね。そうですね、もう少し時間があれば話してあげることもできたでしょうが……」
私は胸元から懐中時計を取り出して、残りの時間を確認します。
世界の終焉まであと30分を切ったようです。
「どうやらもう時間もないようですね。まったく300年も時間があったのに、私達は一体何をしていたのでしょうか」
私はそうおどけて、ビオラを抱きしめます。
我が子を愛でるように優しく、包み込むように。
「私とあなたはきっと来世でも巡り合えます。ですので、この話は次の楽しみにとっておきましょう。そして、その時が来たら夜通し語るのです。もうやめてくれって音を上げるまで何回も何回も私の武勇伝を聞かせて差し上げます。だから……」
「…………」
「たとえ世界が終わっても……また必ず会いましょうね、ビオラ」
「ラフィーネ様……」
まるで赤子のように一度瞑目したビオラ。
しかし、何かの気配を感じ取ったのか……身体をビクンとさせて、すぐさまパッと目を見開きます。
「ラフィーネ様」
「どうしました?」
「こんな時に申し訳ないのですが、どうやら侵入者のようです」
「そうですか」
私は淡々と答えます。
私がこの塔に住んでいることは周知の事実です。
どうやら巷では私を倒すことができれば、永遠の命が得られるとか、何でも願いが叶うとか、いう触れ込みになっているようで、以前から塔への侵入者は後を絶ちません。
まあ、今回は事が事だけに、世界の終焉を阻止するため、王国軍の精鋭が動いたとかそういうことだと思いますが。
けれど、ここは終焉の魔女が住まう――運命の塔の最上階・『蒼天の間』。
階層は全50階層にも及びます。
当然、各階層にはトラップがしかけてありますし、この300年間、ここまで辿り着けた者は一人もいません。
そのため、どうせ今回だってここまで辿り着けるわけがないのですが……。
私はしばしの逡巡の末、ビオラに告げます。
「敵は王国軍の精鋭部隊でしょう。彼らとて世界を終わらせまいと必死なのです。なので、ここは世界の終焉にふさわしい演出を用意して差し上げましょう」
そう言って私は玉座横に置かれた鏡台に自身の姿を映します。
そこに映るは、とても300年もの刻を生きているとは思えないほどに年若くあどけない少女。
腰丈まで流れた白銀の髪に、静かな湖畔を思わせる水色の瞳。
ローブは白と青を基調にした非常に清楚なもの。
人に会うのは何年振りでしょうか。
私は絹のような髪に手櫛を通し、誰も見ないだろうと油断しきっていた胸元の紐を引き締めます。
かつてのトレードマークである紋章が彫り込まれた髪留めをパチリと付け、魔女が持つには似つかわしくない宝剣を腰の鞘に収めます。
――よし。準備完了です。
「ビオラ、侵入者を全員この『蒼天の間』に転送してください。私が直々に相手をします」
しかし、いつもならすぐに返ってくるはずの「はい」という返事が、この時は返ってきませんでした。
「ビオラ?」
私は小首を傾げてビオラを促します。
すると、ビオラはいかにも言いづらそうに私を見ます。
「……そのことなのですがラフィーネ様」
「??」
「実は侵入者、もう真下の階層まで来ています」
「え、」
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