§004 残り10分
「なんだかお前……寂しそうだ」
その言葉を聞いて、私は言いようのない感情に苛まれました。
またしても図星をつかれたような複雑な気持ち。
私には「寂しい」という感情はありません。
これは虚勢でも、見栄でも、言い訳でもなく、嘘偽りない本心です。
だから、彼の言っていることは的外れも甚だしいのです。
それなのに……。
それなのにどういうわけか彼の言葉に心は揺さぶられてしまうのです。
凝り固まっていた価値観が氷解していくような感覚とでも言えばいいのでしょうか。
彼の言葉を聞いていると、今まで意味を感じなかった光景が途端に別物のように見えてくるのです。
それはとても新鮮な感覚で、今までは靄がかかっていた視界が途端にクリアになったと錯覚するほどでした。
ただ同時に、今までの自分を否定されたかのような強い怒りも感じました。
確かに彼の言うことは事実としては正しいです。
私はこの世界のことをよく知らない。
それはその通りで、だからこそ私は先ほど心を乱されました。
しかしです。
だからなんだと言うのですか?
世界を知らなければ世界を壊してはいけない道理があるのですか?
私は終焉の魔女・ラフィーネ。
世界を終焉に導く存在です。
この300年間、私は毎日のように魔力を溜め、構成を編み、魔法の発動の下準備をしてきました。
人との関わりを避け、感情を封印し、ただひたすらにこの日のために……。
それなのに……どうして最後の最後でそういう無責任なことを言うんですか。
貴方に私の苦しみがわかりますか?
貴方に私の寂しさがわかりますか?
えぇ、今日会ったばかりの貴方に私の気持ちがわかるはずがありません。
えぇ、私の過去を知らない貴方に私の気持ちがわかるはずがありません。
そしてなによりも……。
私はゆっくりと目を開けると、魔女の威厳を以て言い放ちます。
「私は魔女。人間の貴方に私の気持ちなどわかるはずがありません」
この言葉を彼は決別と取ったのでしょう。
彼も対話の姿勢から、戦闘の姿勢へと移ります。
「それがお前の意思なら別に構わないさ。ただ、もしその決断が責務をまっとうする義務感から来るものなら、なんかかわいそうだなと思ってさ。この世界にも素晴らしいところはたくさんあるのに」
「…………」
「出過ぎたことを言ったな」
「……ええ、少し話過ぎましたね」
私は呼吸を整えるように静かにそう言うと、キッとした視線を彼に向けます。
「それではそろそろ始めましょうか。ここは『運命の塔』・蒼天の間。終焉の魔女・ラフィーネの盤上です。こんな幾ばくの時間も無い中での戦闘は私としても不本意ですが、終焉の魔女の名において、貴方をこの盤上から排除します」
そう言って私は膨大な魔力を解き放つとともに、腰の宝剣に手をかけます。
「お前、魔女なのに剣を使うのか? 普通そこは魔法をドカーンと撃ってくるところじゃないのか?」
「いちいちうるさい方ですね。どう戦おうと私の勝手でしょう」
でも、言われてみれば確かにそうですね。
私はなぜ剣で戦っているのでしょう。
これには何か深い理由があったような気もしますが……。
そんな疑問が一瞬頭を掠めましたが、それはすぐさま戦闘の緊張感へと置き換わります。
私は目に魔力を凝縮させ、無属性魔法・
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【ステータス】
名前:アイバ・ハルト レベル:23 職業:転生者
HP:530/530 MP:0/0
筋力:223 体力199 敏捷:218 魔力:0 知力:20 幸運:285
経験値:130/11500
装備:聖剣・クラウン・サラー(未完成・2/10) 鉄のバックソード キメラ製の服 黒ウルフの外套 革手袋 革靴 パンツ(赤)
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典型的な剣士タイプのステータス。
なるほど。確かに人間の中では最高クラスの実力者ですね。
けれど。
この程度じゃ私の敵にはなりませんね。
私は現在、終極魔法――『
そのため、おそらく本来の実力の1/100も出せないでしょう。
それでも私が彼に負けることは皆無です。
なぜなら私と彼では相性が悪すぎるのです。
なんですか、魔力0って。
魔女と戦うということがどういうことかわかっているのでしょうか。
私が魔法障壁を展開したら、魔力を帯びてない剣では私にダメージを与えることはできませんよ?
気になると言えば、『職業』の――転生者――でしょうか。
見慣れない職業です。
彼のようなタイプは『剣士』とか『騎士』を職業にしていることが多いですが、何か特別な効果のある職業なのでしょうか。
と言っても、魔力0問題を解決するには至らないでしょうね。
捨て置きましょう。
次に気になるのは、『装備』―― 聖剣・クラウン・サラー ――。
彼が所有している剣の一振りです。
漆黒の刀身を持ちながら聖剣を名乗る不思議な剣。
それに『(未完成・2/10)』という初めて見るステータスも表示されています。
もう片方のバックソードは普通の剣のようですが、こちらの剣は明らかに異質ですね。
それにこの剣……何となくどこかで見たことがあるような気がするのですが……。
うぅ~ん、思い出せません。
きっと名立たる業物の一つなのでしょう。
それをどこかの書物で見たか、過去にこの剣を所有している者と戦ったことがあるか。
まあ、いくら剣が最上級品だとしても、私と彼の実力差を覆せるほどの代物ではないでしょう。
こちらも捨て置いて問題なさそうですね。
そう結論付けて、私は余裕の笑みを浮かべます。
「ステータスはしっかり見させてもらいました。人間にしてはそこそこ頑張っている方ですが、残念ながら私の敵ではありませんね」
「お前、そんなものまで見えるのか」
そう言ってハルト反射的に胸元を隠します。
……いや、そんなところ見てませんから。
それに、普通は女の子がやるやつですからね、それ。
貴方がやっても何も美味しくないですからね。
本当に緊張感の欠片も無い人です。
私はそんな彼の振る舞いを見て見ぬふりして淡々と話します。
「見たところ貴方の魔力は0。こういう
「さっきから思ってたけど、お前、大人しそうな顔と喋り方のくせに、相当口が悪いよな」
「な、人と話すのが久しぶりなのですから仕方ないじゃないですか!」
私は彼の暴言に真っ赤になって反論しますが、ふと胸元の懐中時計に目を向けると、世界の終焉まで残り10分を切っているではありませんか。
「……(コホン)。世界の終焉まで残り10分を切ったようです。このままでは戦う前に世界が終わってしまいそうですので、さすがにそろそろ始めましょうか」
「お前がずっとしゃべってたんだろ。かまってちゃんかよ」
彼はそう言うと背中の剣帯に収められた聖剣・クラウン・サラーをゆっくり引き抜きます。
「口が悪いのはお互い様のようですね」
私もそれに合わせ、腰の宝剣を流れるように引き抜いて、塵を払うかの如く空を撫ぜます。
蒼天の間に魔力が満ち満ちと溢れ、緊張が高まります。
「一瞬で終わっても後悔するなよ」
「それは私の台詞ですね。
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