第8話 純白のワンピース

 私は、バス停の近くで、本を読んで桜が来るのを待っていた。

 その日は晴れていて、みずみずしい青空が広がっていた。太陽の光を浴びた綿雲は、絵画のように美しかった。薄手のカーディガンを脱ぎたくなるほど、じめじめと暑い日だった。少し、汗が出ていた。もう、夏はすぐそこだと言わんばかりの日差しだった。

「千雪〜」

 と呼ぶ桜の声が聞こえて、私は本を閉じて顔を上げた。一瞬にして、目を奪われた。美しい桜の姿が、そこにはあった。

 純白のワンピースを身にまとい、ベージュのカバンを両手で持っていた。暖かい太陽の光に照らされて、純白のワンピースは美しく煌めいていた。一輪の白百合しらゆりが、可憐に咲き誇っているかのようだった。

「桜、服すごい似合ってる」

「千雪も。すごく可愛いよ」

「ありがと…照れるな」

 桜の言葉は、私が褒めたことに対するお世辞ではないことは、分かっていた。

 私は、前日から服を考えていた。あーでもないこーでもないと、色々試していたのだ。だから、服を褒められて私は心の底から嬉しかった。

「なんか、私服だと変な感じがするね」

「うん、私もなんか、違和感ある」

 美術館に行った時も制服だったため、お互いの私服を見るのはこの日が初めてだった。桜はバス停を指さして言った。

「じゃあ、並ぼっか」

「うん」

 前には五人くらいの人がいた。

「にしても、今日は暑いね」

 と、桜は手で顔をあおぎながら言った。

「ほんとに暑い…。バス停に屋根があってよかったよ」

「なかったら大変だったね」

 バス停の屋根でで並ぶところは日陰になっていて、涼しかった。六月の暑さに参りそうな私は、七月がもっと暑くなると思うと気が重かった。

 数分後、ららぽーと行きのバスがやってきた。バスに乗り込むと、涼しい空気が漂っていた。少し冷房が効いているようだった。私は席に座るなり

「ふぅ…涼しい…」

 と、私は声を漏らした。

「冷房効いてて良かったね」

 と言いながら、桜は私の隣に座った。

 私の右肩と、桜の左肩が密着した。涼しい空気の中で、桜の温もりが肩から伝わってきた。私の心臓は、騒ぎ出していた。桜に伝わってしまうのではないかと思うほど、強い鼓動だった。

 落ち着こうとするほど、心臓の鼓動は激しくなった。桜は、私を不思議そうに見つめていた。綺麗な瞳が、まっすぐ、私を見ていた。目と目があって、ぎこちない空気が、数秒続いた。

「…そういえば、お昼はなに食べるか決めた?」

 私は、慌てて話し出した。いつの間にかバスは走り出していた。

「んー、特に決めてないなぁ。フードコートで色々見てから決めようと思う」

「そっか。私はもうつけ麺に決めてるよ」

「あぁ、あそこのつけ麺屋さんおいしいんだっけ?」

「私もお父さんから聞いただけだけど、すごくおいしいらしいよ」

「へぇ…私もつけ麺にしようかな」

「ワンピース汚れないようにしないとね」

「あ、白だから気をつけないとだ…」

「こんな話してるとお腹すいてくるね」

「うん、すごくお腹がすいたよ…」

 バスに乗って五分ぐらい経つと、ららぽーとに到着した。ららぽーとに来るのは、久しぶりだった。周りの人が全員降りてから、私と桜は席を立った。私の前にいた桜は、ICカードをタッチしてバスから降りるとき

「ありがとうございました」

 と、運転手に向かってはっきりと言った。運転手は、驚きながらも、桜に微笑んだ。

 本当に、悲しいほど、桜はまっすぐだった。私はそんな桜を見る度に、自分がどれだけ曲がってしまったのかが分かってしまうのだった。

 私も、バスをおりる際に

「ありがとうございました」

 と言った。運転手は、微笑んでいた。成長するにつれて忘れてしまった何かを、思い出したような気がした。

 ららぽーとは冷房がしっかりと効いていて、少し寒いぐらいだった。まずは広い通路が前に伸びていた。たくさんの人で溢れていて、賑やかだった。広い通路を抜けると、道が左右に別れていた。

「フードコートってどっちだろう…」

 と、桜は呟いた。

「ちょっと待ってね…」

 と言って、私はネットで調べた。フードコートは、一階の中央にあった。

「右に曲がって、通路沿いに行けば大丈夫」

「分かった。よし、じゃあ行こう」

 と言って、桜は私の手を握って、歩き出した。

 呆気に取られながらも、私は手を引かれて桜の後を歩いた。繋いだ手は、桜の優しい温もりで包まれて、温かかった。桜の手は、色白で、綺麗で、指が細くて、美しかった。直接手が触れ合う感触が、幸せだった。心臓の位置が、はっきりと分かった。胸の高鳴りが、止まらなかった。

 少し歩けば、広いフードコートがあった。ちょうどお昼時ということもあり、人で埋め尽くされていた。

「席空いてるかなぁ…」

 と、その光景を見て私は言った。

「とりあえず、探そう」

 と言って、桜は私の手を引いてフードコートを回った。席はどこを見ても埋まっていたが、ぽつんと、二人席が空いていた。

「あ、あった」

 と、私は席を指さした。

「あ、ほんとだ」

 と言って、私達は足早にその席へと行った。繋がれた手を離して、桜は席に着いた。

 手が離れた瞬間、私は、心に大きな穴が空いたように感じるほど、さびしかった。

 

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