第7話 憂鬱の景色
図書館出会って以来、天川君とは、LINEでたまに話すようになった。おすすめの本を教えあったり、読んだ感想を言い合ったりした。程よい距離で話せる、いい友達だった。
※※※
図書館で天川君と会ってから何日かたったある日。私はいつものように、なんとなく授業を受けていた。
あの美術館の雨の日から、私の心はどこか宙をさまよっているかのようで、落ち着かなかった。授業中も、ぼんやりと、前にいる桜を眺めていた。先生の言ってることも、右から左に流れていき、全然頭に入らなかった。
桜がプリントを後ろに回す時、たまに目が合って、桜は、にこっと笑う。それを見て、私も笑う。そんなことを、繰り返していた。
休み時間になると、桜と天川君が話していた。風紀委員の仕事について、何か話しているようだった。あの二人は、日に日に仲良くなっていた。
しかし、私は体育祭の時ほど、胸はざわつかなかった。それでもやはり、僅かな胸のざわめきが、さざ波のように、私の心に広がった。話す二人を見る度に、そんな気持ちを抱く自分が、嫌だった。
次の授業、私は窓から校庭を眺めていた。曇天の空が、広がっていた。校庭は、大きな松の木に囲まれていた。深緑の葉が、生い茂っていた。その中で、楽しそうに体育をする生徒を、ぼんやりと見ていた。楽しそうな声が、時折、窓を通して聞こえてきた。
窓越しに、曇天の空を、見上げた。憂鬱な私の心は、いつ晴れるのだろうかと思った。気晴らしに何かしたかった。何をしようかと、考えていた。
「そういえば、見たい映画があるな」ということを、思い出した。四時間目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
昼休みになると、いつも私の前の席の人は食堂に行った。その席に桜が座って、二人で弁当を食べるのだった。私は、桜を映画に誘おうと思った。
学校では話すものの、まだ桜と二人で遊んだことがなかった私は、誘うのが怖かった。しかし、このときの私は、その恐怖よりも憂鬱を晴らしたい気持ちの方が強かった。
「ねぇ桜」
「なに?」
「今度の土曜か日曜に、映画見に行かない?」
「おぉ、いいね。行く行く。何見るの?」
「新海誠監督の、新しいやつ」
「あーあれか。私もちょうど見たかったところだよ」
「なら良かった。場所はどうする?ららぽーとでいいかな」
「うん。ららぽにしよ」
「ららぽーとで昼ご飯食べてから、映画って感じにしよう」
「うん。鶴瀬駅に集合して、そこから一緒にバスで行こ」
「分かった。桜は土曜と日曜どっちがいいとかある?」
「特にないよ」
「じゃあ土曜で」
「おっけー」
この頃から、私と桜が窓際の一番後ろのところでこんな風に会話していると、視線を感じるようになった。
廊下側の一番後ろで弁当を食べている男子四人の集団いる、天川君の視線だった。桜は、気づいていないようだった。いつも周りの目を気にしている私は、なんとなく、気づいていた。天川君は、何を見ているのか、分からなかった。
この日は水曜日で、部活は休みだったが、桜は委員会があるので私は一人で帰っていた。いつも桜と二人で歩く河川敷の道を一人で歩くと、私はとても淋しかった。
雲に埋めつくされた陰鬱な曇天の空が、私の心を曇らせた。そんな私とは違って、川に並ぶ桜並木は、そんな空の下でも、変わらず、いつも通り鮮やかだった。真っ白な空を背景に、緑の葉が美しかった。
砂利道の両脇に生えている雑草が、私の膝元ぐらいまで伸びていて、夏が近づいていることを物語っていた。
※※※
映画に行く前日の夜。私は、緊張と興奮で中々寝付けなかった。いつもなら気にならない掛け時計の、かち、かち、という秒針の音が、頭の中で響き、気になって仕方なかった。耳を塞ぎたくなるほど、大きく聞こえた。
私の掴みどころない不安が、だんだんと大きくなるのを感じた。眠いはずなのに、頭がどんどん冴えていった。
私は、一度布団から出てベッドから立ち上がり、自分の部屋からキッチンへと向かった。麦茶を一杯飲むと、少し心は落ち着いた。私はベッドに戻って布団に潜った。
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