2-4 灰になった詞

 遅い夕食を食べ終わり、自室へと戻るシャント。セレナに歌を聞いているうちに浮かんだ詞を書き留めておこうと、本棚の奥からいつものノートを取り出した。ふんふん、と音量に気をつけつつ鼻歌を歌ってノートに言葉を綴っていく。これが一番シャントにとって楽しい時間で、それ故に彼は少し気が緩んでしまっていた。普段なら気づいていた足音に気づかず、シャントはノートに詞を綴り続ける。

 そしてついにかちゃり、と扉が開く音がしてシャントは驚いて振り返る。手元にあったノートをどこかに隠すこともせずに。もっとも、扉が開いてから隠したとしてもすぐに見つかってしまったに違いないが。


「え…?」

「やはり、か」


 扉を開けたのは、シャントが最もノートの存在を知られたくなかった存在…ディリトだった。状況に頭がついていかず、一瞬思考が止まってしまうシャント。その数秒で、シャンスが詞を書き続けた冬空色のノートはディリトに奪われてしまった。


「お前があんなに集中して演奏の練習に励むなど、おかしいと思ったのだ。セレナはお前の歌に寛容だからな。大方歌っていて時間を忘れたんだろう?」

「…っ」


 ノートに綴られた詞を読み、今日セレナとシャントが時間が経つのに気づかなかった理由を導き出したディリト。ほぼ当たっているその推測にシャントは思わず言葉を詰まらせる。


「図星か」

「……それを返してください、父さん」


 その様子を見て冷たい目で見つめてくるディリトに、シャントは返事ではなくそう返した。だが、ディリトは首を軽く横に振る。


「断る。こうやって歌に意識を割いていては演奏者になどなれぬからな」


 ディリトが口にした言葉にシャントは激昂した。積もり積もった不満が溢れ出したのだ。


「演奏者、演奏者って…いつも父さんはそればかり!僕は演奏じゃなくて歌が好きなんだ、歌手になりたいんだよ!!」


 激昂した勢いに任せて自らの本当の望みを叫ぶシャント。その叫びを聞いたディリトはさらに瞳を冷たい色に染め、シャントを一瞥して静かに彼に告げた。


「歌手になることが悪いとは言わない。だが、お前はムーシックの人間だ。…演奏者以外になるなど、許されない」


 どこか言い聞かせるようなその言葉は、シャントを絶望させるには十分だった。


「許されない…?ムーシックに生まれたから、それだけで僕は夢を奪われるの?」

「…認めることはできない」


 そう呟くと、ノートを持ったままディリトは立ち去ろうとした。それを止めようと、シャントはディリトの腕を掴む。


「待ってよ。僕はノートを返して、って言ったはずだ」

「断ると先程伝えた筈だが」


 しかし、簡単にその手は振り解かれディリトは背を向け彼の部屋を出る。


「…どこにそれを持っていくつもり」

「………」


 ディリトの背を睨みつけながら、シャントは問いかける。だがそれに答えが返ってくることはなく、すたすたとディリトは歩き去る。


「待ってよ…!」


 シャントは必死にディリトを追いかけるも、急いで歩く彼に追いつくことはできず。


「これがなくなれば、シャントも…」


 シャントが家の外にいるディリトを何とか見つけた時、彼が見たのは。


「いた…何をする気だ、止めて父さん!!」


 焼却炉にディリトがノートを放り込む姿だった。シャントが追いついた時にはもうノートは殆ど焼け焦げて、一部は灰になっていた。


「…ぁ」


 大好きだった冬空色は欠片も残っていない、それを見て。シャントは喉がきゅぅっと何かに締め付けられる感覚を覚えた。

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